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ワールドジャンピング。
脳内音声、来る。
「はぁ……」

 息が切れて、その場にしゃがみ込む。
 屋敷の中田と言うのに吹いてくる風が、火照った顔に心地よかった。

「うぅぅ……」

 目尻にうっすらと浮かんだ涙を、小さくうなりながら拭き取った。
 こっちに来てから、驚かされたり、怖がったりしてばかりだ。

 こっち───夢亜達の世界に飛ばされ、戦闘に巻き込まれ、桜の木の下の死体の話を聞かされ震え上がった。
 今俺は、どこにいるのだろう。
 うつむかせていた顔を上げ、目の前の景色を一望する。

 瞬間。
 俺は、自分の額が冷たくなって行くのを感じた。

「さ、桜……!」

 目の前が、薄桃色に染まった。



・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・




「はぁっ……」
「あり? どうしたのさ溜め息なんてついて。もしかして疲れた?」
「う、うん……」
「そっか……じゃあちょっと休もう」

 僕の提案に、炎間は素直にうなずいた。……ふふっ、いいね素直な子って、蓚羅より遥かに扱いやすいよ。
 僕ら二人は、その場の草原に座り込んだ。僕の膝の上には、ナッツが座っている。

「櫻の木の下には」と言う日本の小説のネタを元にツナをからかって見たら、案の定怖がって震え上がっていた。
 そろそろ潮時かとネタばらし───櫻の木の下に死体なんて埋まっていないと教えようとした瞬間、彼は。

 ツナは、逃げ出した。

「あちゃー、やり過ぎたかー」と思った時にはちょっと遅かった。
 He was already out of earshot、もう僕達の声が聞こえないほど遠ざかっていた。
 ふふっ、何でだろうね。運動神経なんて全くないくせに、逃げ足や戦闘時だけはすばしっこい。良く分からないよ。

 考えるのも面倒くさくなり、僕の隣に座って息を切らしている炎間に、話を振った、

「炎間ってさ。何が一番大事なの」
「え……?」

 やっぱり。
 突然こんな事聞いても、良く分かんないよね。

「答えたくなかったら、別に答えなくてもいいよ?」
「え、あ、いや。そう言う事じゃなくて……」
「じゃあ、どう言う事?」

 妖しく微笑みながら、二つ目の質問を投げかけた。
 最初の質問と二つ目の質問のどちらを答えればいいのか分からず、「あ、え、あ……え……?」とうろたえ始める炎間。
 相変わらず可愛いなぁ、もう。

「ねぇ、炎真?」
「えっ?」

 ずいっ、と彼の顔に自分のを近づけた。後数センチで、額が触れるぐらいの位置だ。
 ほぼ零距離に近いその距離の所為か、余計にうろたえ始めた炎間。
 あぁ、本当に……───。

「可愛い……」
「え……?」

 思い切り炎間の首に手を回し、抱きしめた。
 そのタイミングを見計らったかの様に、ふわりと風が周りの木の葉を舞い上がらせる。

 その状態のまま数十秒が経過した。
 僕は、炎間を抱きしめたまま。
 炎間は、完全に固まったまま。
 草花が風に揺れる音だけが、周りに響いていた。
 ナッツは、僕らの様子をただただ静かに見守っていた。

「ッ……?!」
「お、やっと正気に戻ったね?」

 炎間が突然息を呑んで大きく震えたので、それは安易に見定められた。
 彼から少しだけ離れると、その少しだけ赤く染まった顔が目に入った。まるで、さくらんぼみたいだ。
 ……ふふっ。

「チェリー……」
「あぇ?!」
「ふふっ、変な声出たよ?」
「あっ……!」

 慌てて口を塞いだ炎間の様子は、とても初だった。
 僕は、口癖にも近い「ふふっ」と言う笑い声を漏らし、立ち上がった。
 頭に、小さくて軽いナッツを乗せる。

「さて……そろそろ行く?」
「あ、うん……」

 未だうろたえながら、何とか立ち上がる炎間。
 手を貸そうと炎間に向かって右手を伸ばすと、彼はうつむいて「大丈夫だよ」と呟き、自分で立ち上がった。
 ……あれ、どうしたんだろう。

「体力は満タン?」
「うーん……七十五パーセントぐらい」
「ふふっ、何それ」
「はは……」

 照れた様に髪をかきながら、僕の隣に並んで歩き出した炎間。
 歩幅を調節して、身長の低い僕に合わせてくれている。
 ……なるほど、それで必要以上に疲れてたのか。
 いつもの歩幅を押さえる事は、足の筋肉に無駄な負担をかけるからね。

「いいよ? 炎真、僕に合わせなくても。早めに歩くからさ」
「いいよ、大丈夫だから」
「……そう」

 こっちを向いて笑いかけて来たもんだから、言い返せなくなってしまった。



 そんなに優しくされたら、戻れなくなっちゃうじゃないか。



・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・




「んー……」

 凝り固まった方の筋肉をほぐすため、思い切り伸びをした。
 周りには、他の人間の声どころか、気配すら感じない。
 ……やっぱりいいな、一人って。

「はぁ……」

 上に向かって伸ばしていた両手を、目の前のデスクの上に下ろす。
 書類の整理は一段落ついた。あと二十分の三ほどだろうか。
 全く持って、書類に目を通すのは地道で面倒な作業だ。隠し弾曰く、一瞬でそれを終わらせるらしいディーノの気が知れないな。

「夢亜の奴……」




 ツナや炎間の事、からかい過ぎてねぇだろうな……。

 左肘をデスクにつけ、頬杖をする。
 何故だろうか。
 静かなのはいい事な筈なのに、何処か……何かが足りない。

 静かなのが、五月蝿すぎるのだろうか。

 誰もいない、俺だけの空間。
 しんしんと鳴り響く、無音の音。
 まさか、俺は……───。


「……ははっ……」



 そばにいてくれる人物を、求めているのか。

 自分に対しての問いかけが、脳内を巡った。

 けじめはつけた、はずなのに。
 きょうふはすてた、はずなのに。

「どうして、俺は……───」



 ───こんなにも、もろい……?



・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・




「……あ、れ……?」

 いつの間にか閉じていた瞼を開いた。
 目の前に広がったのは、桜色の世界。

「ここ、どこ……?」

 怠い頭を左右に動かし、周りの風景を確認する。
 どこもかしこも、薄桃色だった。俺が今立っている地面も、空も、四方も。全部が。
 何も無かった。太陽も、雲も、草も。ただただ、桜色の空間が広がっているだけ。

 次の瞬間。
 俺の頭の中に、誰かの声が鳴り響いた。

〔いらっしゃい……〕
「……ッ?!」

 女の人の様な、だけど少し低すぎる様な。
 大人びてかすれた様な、だけど何処か子供の様な。
 どんな人の物なのか、全く判別がつかない様な、不気味な声だった。

 そして俺は、その声に聞き覚えがあった。

「だ、誰っ……?!」
〔ふふっ、混乱してるねぇ……〕

 語尾を伸ばしたその喋り方は何処か得体の知れない様な物で、背筋を凍らせ、肌を粟立たせた。

〔僕は、そうだねぇ……『亜夢』とでも言うべきかなぁ〕
「あ、む……?」

『亜夢』。
 ただ言われただけなのに、何故かそのつづりまでが分かった。まるでそれが、直接脳内に送り込まれたかのようだった。

〔ふふっ、本当はもっと話したいんだけど……〕
「へ……?」
〔っと……そろそろ時間、みたいだね〕

 名を名乗られたばかりで、突然分かれの時間を告げられる。
 事の展開が早過ぎて、頭がついて行かなかった。

〔残念だなぁ、もっと話していたかったのに〕
「ま、待って!」
〔お?〕

 亜夢の顔が見えた筈ではないが、声音だけで何故か亜夢が振り向いたかの様に思えた。もしかしたらまた、脳内に映像が送り込まれたのかも知れない。

「また……また、会える?」
〔……!〕

 何故か、「また会えたら」。そう、思ってしまった。
 何故だか分からない。自分でも良く分からない。

 ただただ、そんな気分だった。

 そんな俺の様子を見て、『亜夢』は一瞬驚いたようだったけれど、すぐにふっ、と笑いを零した。

〔当然さ。君が望みさえすれば、いつでも……どこでも〕
「……そっか」

 安心して、瞼を閉じる。
 遠くで「じゃあまたね……綱吉」と言う亜夢の声が聞こえた気がして。

 俺は、再び意識を手放した。







(ツナ、大丈夫かな)
(ツナくん、どこだろう……)
(夢亜……亜夢……?)
(ふふっ、さぁさぁ迷いなさい……)


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