ワールドジャンピング。 中庭探索、来る! 「…暇だねぇ〜……」 「暇か? 暇なら、丁度お前にやってほしいもんがあるんだが?」 「書類は論外〜」 そう言いながら片手をソファ越しにヒラヒラと振ると、「プツン、」と何かが切れる音と「ゴッ」と硬い物が後頭部に激突する音が次の瞬間同時に聞こえて来た。……地味にいたい。 ソファの後ろに落ちたであろう投来物を探す為に後ろを振り向くと、そこには表紙に大きく『日伊・伊日辞典』と書かれた焦げ茶色の物が落ちていた。 「…蓚羅ぁ〜、いくらなんでも辞書は無いでしょ〜」 「どうせ死にやしねぇんだからいいだろ別に」 「いや、普通の人なら脳震盪起こしてたよ〜? 脳内出血だよ〜? 死んじゃうよ〜?」 事実だ。 そんな反省の色が全く見えやしない僕の様子を見て、デスクに座っていた蓚羅は深い溜め息をついた。いや、謝ってよ。結構痛いよ、これ。 「な、なんか…」 「すごいね…」 「ん〜? いや、そうでもないと思うよ?」 驚いているのかなんなのか、大きく目を見開いたツナと炎真から発せられた呟きを会話として受け取って、返事を返す。二人は今、僕のそれに向かい合っているソファに座っていた。 実際、僕なら小さくたんこぶ出来るぐらいだし。平気平気。 昨日の晩、ツナ達二人が世に言うトリップを果たしてこちら側にやって来た。そして、偶然にも飛ばされたのが僕らの所だった。 僕らは、世間一般に言う『裏社会人』って所だ。まぁつまりはマフィア。ツナ達の事はいつもアニメやマンガでも見てたし、知っていた。 だから、結構すんなりとツナ達の存在を受け入れる事が出来た。元々考えるのは苦手だし、嫌いだし、めんどくさいし。 戦闘が終わった後、ツナ達に僕らの事を話した。……まぁ、説明は全部蓚羅で僕は横でゴロゴロしてたけど。 その所為でもちろんその後蓚羅にしかられたのだが、まぁそこは別に関係ない。 あの後、返り血で汚れたナッツは僕が女湯で洗って、男共は男湯に入った。 そして、寝た。 ナッツがいたので、普通に寝れた。……まぁこの話はまた今度するとして。 「暇ぁ〜…」 再び呟く。 蓚羅のこめかみに思い切り青筋が浮かんでたけど、気にしない気にしない。 僕は僕を、貫き通すよ。 ……カッコ良く言ってるけど、本当はただ書類やりたくないだけだ。 どうしてもする事が亡くなった僕は(書類は論外)、中庭に出て散歩する事にした。 「よっこいしょ」、と爺くさい掛け声をかけながらソファから立ち上がる。 「蓚羅、ちょっと中庭で散歩して来るよ」 「おうおう行ってこい。お前がいても邪魔なだけだ」 「ほ〜い」 案の定、蓚羅から帰って来た返答は僕が出て行くのを促す物だった。 素直じゃないなぁ、もう。 さっきの僕と同じ様にソファに寝転がっているナッツに「一緒に来る?」と問いかける。すぐさま、「ガウ!」と元気の良い返事が帰って来た。 これは肯定として受け取っても、良いよね? ついでに、向かい側に腰掛けているツナ達にも声をかけた。 「行ってみる? 中庭」 「え? あ、えっと…」 「…行ってみよう、ツナくん」 「あ、炎間君……うん」 「決まりね?」 どうやら話がまとまったらしい二人に問いかけ、ナッツを抱き上げる。自分で歩かなくていい事が嬉しいのか、「ガゥ♪」と機嫌の良さそうな鳴き声を出した。……可愛いね、相変わらず。この可愛さを世に知らしめてやりたいよ。 そんな事を考えながらも、体はきちんと動かせている。 ナッツを両手で頭に乗せてバランスをちゃんと確認し、部屋のドアの方へと向かう。 ツナ達も、僕の動きに合わせてついて来た。 ガチャリ、と音を立てて、ドアを開く。 「んじゃ、蓚羅行って来るね」 「わーったから、早く行きやがれ」 「はいはい」 最後まで連れない蓚羅の態度に少し呆れながらも、部屋のドアを閉めた。 開けたとき同様、カチャ、と言う音がドアの金具がはまった事を知らせてくれる。 中から蓚羅の「ふぅ…」と言う溜め息が聞こえるのを合図にするかの様に、僕らは同時に中庭に向かって、廊下を左に曲がった。 ・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・*・ 「到着だよー」 「「うわぁ…!」」 中庭につながる観音開きの扉を開いた。後ろからツナと炎真の驚きの声が聞こえる。 ……まぁしょうがないよね。 うちの庭には、ちっさい草原ぐらいの広さはあるもん。 たくさんの木々、花、草。 庭の中心には、日本からこっちに取り寄せたサクラの木も植えてある。……まぁ今は秋だからみんな紅葉中だけどね。 言ってなかったかもしれないけど、ここはイタリア。 一応僕と蓚羅は日本人だ。 だけど、小さい頃ちょっとした事情でこちらに渡った。 ……そこらの辺の詳細はまた今度話すよ。 「…どう?」 「すごいね…!」 「みんな、ちゃんと手入れされてる…」 二人は未だに大きく目を見開き、感心している。 まぁ、結構自慢だったからね、これ。自慢する相手自体は、いないけど。 随分気に入ってくれた様子のツナと炎間に、再び声をかけた。 「今は秋だから花は咲いてないけど、庭の真ん中にサクラも植えてあるよ。見てみる?」 「桜?! うん、みるみる!」 まるで、無邪気な子供みたい。 大きな目を見開いて。 純粋無垢に輝かせて。 「炎間は、どうする?」 「…ぼくは良いよ。ツナくん、見ておいでよ」 「え、どうして? 桜嫌いなの、炎間君?」 「いや、そう言う訳じゃなくてね…」 首を傾げながら問いかけたツナに、炎間は少しだけ顔に影を落とした。 ……これは…。 「実は、何処かで聞いた話なんだけど……」 やっぱり、あれかな。 「桜の木の根元ってね………──────死体が埋まってるらしいんだ」 「え…?」 ほら、やっぱり。 ちょっと前に書かれた、日本の作家「梶井基次郎」の短編小説だ。 確かタイトルは、「櫻の木の下には」、だっけ。僕も、読んだ覚えがある。 小説の冒頭が「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる!」で始まった時は吹き出したっけ。やっぱり、文化が違うのかな。 炎間の話を聞いて、ツナは一瞬にしてサッと顔を青くした。「死体」って単語に過剰反応し過ぎだよ。 その炎間はと言うと、楽しそうに顔に微笑みを浮かべていた。……成る程、『わざと』か。 「…君も昨日、たくさん見たじゃないか」 「む、夢亜…?」 炎間に便乗して、ツナをからかう。 これは事実だ。 昨日の日常戦争でたくさんのマフィアの死体を見ただろうし、ツナ自身だって思い切り殺していた。 未来編が終わり、継承式編も終わった頃だよね、たぶん。 『殺す』のに、躊躇がなくなって来たのかな。……それはそれでいやだね。 まぁ、ハーパーモードだったからかも知れないけどね。 「知らないの? ツナくん。櫻があんなに綺麗なのは、死体の養分を吸って育ってるからなんだよ」 僕が考えている間にも、炎間は続けてツナに畳み掛ける。 負けじと、僕も知っている噂を吐き出した。 「そう言えば、桜の花弁がピンクなのって、死者の血の所為らしいよねぇ…」 「し、死者の、血…?」 とうとう顔も真っ青に青ざめ、さらにガクガクと小さく震えだしたツナ。遊び過ぎちゃったかな。 炎間の方を見ると、微笑んだまま目配せをして来た。どうやらそろそろ終わらせる気らしい。 確かに、そろそろネタばらししないとトラウマになっちゃいそうだしね。 炎間は目配せで、僕から言い出して、と言っているようだった。 ツナにバレない程度にうなずいて、そちらに向き直り、口を開いた。 「なーんて、嘘だy─────」 「ぎゃぁぁあああああああ!! も、もう良いですー!! もうやめてくださいぃいい!!」 僕が言い終わる前に、突然叫んで駆け出したツナ。その方角は、庭の外ではなく中心に向かっていた。 「あ、ツナくんちょっと待っ─────」 「いぃやぁぁああああ!!」 「─────て……」 炎間がツナを引き止める前に、ツナは走り去って行ってしまった。 全く、運動神経無いくせに逃げ足だけは早いよね。 ツナが走って行ってしまった事に放心している炎間の目の前に躍り出る。 僕が視界で動いた事が作用したのか、炎間は正気に戻ったようだった。 それを確認して、言葉を紡ぐ。 「ツナ、追いかけようか」 「……うん」 驚かせ過ぎたかな…、と少し落ち込んだ様子の炎間。 そんな様子を見て、思わずクスリと笑いが漏れた。 それに反応して、炎間が驚いた様に問いかけて来た。 「…な、何で笑ってるの…?」 「ん? あぁ、いやねぇ…」 炎間が声をかけて来た事によってそちらに向けていた視線を、再び前に戻す。 「僕も便乗して色々言っちゃったんだから、炎間と同罪。後で一緒に謝ろうね」 「…!」 驚いた様子の炎間を無視して、さらに言葉を続ける。 「それに、炎間だって悪気無かったんでしょ? ちょっとからかってみようと思っただけ。ていうか、冗談だってばらして笑ってほしかったんでしょ?」 「! ……うん」 僕には、全てお見通しなんだよ。 当然の事なのに、炎間の心を見透かせた事を何故か得意げに思いながら、僕は足を進める。 頭に乗せたナッツが、「早くおいで」とでも言う様に、炎間に向かって小さく「ガルル」と呼びかけた。 「さ、探しに行くよ」 「……うん」 来たばかりの時よりも心の扉を大きく開いている気がする炎間と並んで、中庭の中央の方角へと足を進めた。 (さて、と……ツナはどこまで行っちゃったかなぁ) (ツナくん、大丈夫かな……) (し、死体が桜の下に埋まってるの…ッ?!) (夢亜の奴、ツナの事いじり過ぎてねぇと良いんだが…) [NEXT→] [戻る] |