05 巨大な物体を破壊するには内側から、というのは定石だ。 特にイノセンスがこの現象を引き起こしているのなら、中心となっている筈の本体を破壊してしまえば何とかなる、と多種多様の文献を読んできたクライサは確信している。 そしてもちろん、躊躇いの欠片もなく、スーマンの身体が沈む穴の中に身を投じた。 チビ、と自身を呼ぶ声にいつも通り悪態をついた直後、水の中に飛び込んだ感覚に目を開ける。 身体は水中を漂う。 呼吸が出来る事を不思議に思う間もなく、頭を抱えて叫んだ。 「う、あ、ああああ!!」 頭が潰されるような情報量、スーマンの激しい感情が流れ込んでくる。 咎落ちとなった現実、アクマの攻撃による激痛、ホームに並んだ大量の棺、目の前で殺された仲間達の死体、指先で弄ばれる銀色の釦、黒いスーツ、歪んだ笑み、──涙する少女。 止めようと思って止められるものではない。 やめろと叫んでやめてもらえるものでもない。 唇を噛み締め、呻き声を耐える。 (『扉』の中に比べたら、この程度) あの『真理の扉』の莫大な情報量に比べれば、こんな痛みなどかわいいものだ。 振り切るようにカッと目を見開けば、その瞬間、ぱんと弾けるような音がして感情の奔流が遠のいていった。 水底に沈んでいく感覚に目を細める。 「……スーマン」 目の前で殺された仲間達。 指先で弄ばれる銀色の釦。 黒いスーツ。 『お前は何て名前?』 「やっぱり…アンタは」 『パパ…』 涙する少女。 スーマンのホーム“家族”。 適合者として教団に行く彼との別れを拒んだ、幼い娘。 『死にたくない』 「教団を裏切ったんだね」 敵に仲間の情報を売ってまで、命乞いをした。 死にたくない、助けてくれ、自分にできる事なら何でもするから、と。 もう生きて会えないと覚悟して別れた筈なのに、娘に、家族に会いたいと、帰りたいと恋い焦がれた。 イノセンスを裏切り、死ぬのを恐れて戦場から逃げ出した。 その結果、100人以上の仲間が死に、スーマンは咎落ちとなって神に裁かれる事となった。 「……ねぇ、イノセンス」 クライサが右腕を持ち上げると、氷釧が応えるように赤い輝きを放ち、周囲を一息に凍らせた。 直後、甲高い音と共にそれが砕かれ、眩い光が視界を満たす。 その中心に、スーマンの右腕と同化したイノセンスが浮かび上がった。 「ごめん、あたしはスーマンを助けたい」 ──ねぇ、アンタは生きたいんでしょ。ならあたしの声を聞いて、スーマン。 [*前へ][次へ#] |