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小説
予兆
「じゃあ、大人しくしてるんだよ。」

仕事の準備をしながら、龍吟は顔を向けるとお咲は笑って頷いた。
出会って13年、18歳になったお咲は見るからに大人びて、身長も伸びている。なのに龍吟は何一つ変わらない。…否、変わらせていないのだ。お咲と会うまでは姿を変えて生活していたが、姿を変えるとお咲が困惑してしまうので13年間はずっと姿を変えた事はなかった。

しかし、と龍吟は笑う。姿こそ成長し、変わったお咲だが、中身はやはりお咲のままだ。
例えばお菓子ならば金平糖が好きな所や、着物に赤を選ぶ事だ。

この間多く銭が入ったので、着物を新調しようと言った時も赤の着物が気になっていたところを龍吟が買ってやった。

赤く、金の鶴をあしらった着物。
少々値は張ったが、いつものお礼にと買ってやった着物をお咲は大層喜び、一生の宝にする、などとも言っていた。


今日はお咲が風邪を引いているので、龍吟一人で仕事をし、此の町に少し滞在する事となったのだ。

「具合が悪くなったら下にいる主人方を呼ぶんだよ。あんまり動き回ってはだめだからね。あとちゃんと薬は飲みな。それと…」
「もぅ分かったってば。」
笑いながらお咲は言う。そして「龍吟は本当にお節介焼きね。」という。

お節介。そんな事、初めて言われたと、龍吟は思った。思い返してみれば、お咲に会ってから随分と世話焼きになった気はする。
「私はもぅ大人よ?龍吟はずっと大人だけど…だから大丈夫だから。ね?ほら早く仕事に行きなよ。」
そう笑い、龍吟の背中を押した。

ふっと龍吟は笑い、頷いてから部屋を出た。そして、お咲の言葉を思い出す。
「龍吟はずっと大人だけど…」

――始めてお咲に自分の正体を明かした時。お咲がどんな反応をするか恐ろしかった。
嫌われるかもしれない。いや、もしかしたら直ぐにでもあたしを殺すんじゃ無かろうか?例えそうであっても、龍吟は全てを受け止める事を承知の上であった。

それなのにお咲は
「あぁ、やっぱりね。」と言い、いつものように笑いかけた。
余りに予想外の返答にポカンとしている龍吟に更にお咲は言った。
「だって、よく夜中に龍の姿に戻ってたでしょ。私、寝たふりしながらいっつも見てたんだよ?…私、龍吟の龍の姿も、大好きだなぁ。」

…全く、この娘ときたら。龍吟は小さく息を吐く。いつも予想外の反応をし、自分を驚かせる。不思議な娘だと…そう思う。
でも、だからこそ一緒に居れたのかもしれない。

「…土産に、金平糖買ってくるからな!」

外に出、二階の部屋にいるお咲に呼びかける。お咲は窓から顔を出し、笑いながら手を振った。

笑顔も変わらないな。そう思いつつ仕事の場所探しへ向かう。


―しかし、龍吟はこの笑顔を二度と見ることはない。そう、二度と…

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