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SS置場5
子犬 L

「船長ー!待って下さいよ、船長っ」
甲板の向こうで元気な声がローを呼んでいる
あぁ、キャスケットのヤツ またキャプテンの尻を追っかけてるのか、とペンギンは くすりと笑みを漏らした
(あまり追っかけて回るのも逆効果なのに)
昨日も "煩い" と冷たくあしらわれて凹んでいたくせに、一晩経てばもうけろっとして意中の相手に纏わり付いている。
自分の感情に素直でストレートに好意を表すのは結構だが、いい加減ローも辟易しているようだがなと苦笑して眺めていると、
やはり昨日と同じ目にあったのだろう。 しょんぼりと肩を落としたキャスケットが すごすごと戻っていくのが目に入った

ローも機嫌の良い時は絡んでくるキャスケットを後ろにひっつけて歩き適当にからかって遊んでいるのだが、四六時中機嫌の
良い時の方が珍しいのだ
何度そっけなく扱われても懲りないのだから本人も気にしていないのだろうけども、いつも元気なキャスケットの、しょげて
元気の無い様は見ていて痛々しい
邪魔なときは冷たく振り払うローにしても、あれだけ露骨に慕われて悪い気はしていないはずで、しっぽを振って
駆けてくる子犬もどきの部下をある程度は可愛く思っているに違いない。
その証拠に、本気で疎ましく思ったローならもっときっぱりと拒絶する。その場合、キャスケットが2度と近寄れない程、
完膚無きまでに突き放し打ちのめす
冷たいようでいて、邪魔にならないときは好きにさせているのだから寧ろキャスケットは気に入られているのだ

戻っていくキャスケットを置き去りにスタスタと歩いていたローが ふと、何を思ったのか立ち止まる
気が変わったのだろうか、振り返り、後ろに向かって何かを言ったようだ
とぼとぼと歩いていたキャスケットの背が ぴっ!と伸び、満面の笑顔でローの方へ戻っていく
勢いづきすぎて飛びつくようにキャプテンの腕にしがみつき、はしゃぎすぎだと舌打ちしたローがキャスケットの帽子を掴んで
ぐい、と鼻先まで下ろしている
視界を奪われてますます腕に縋りながら、片手で帽子をずり上げたキャスケットは くつくつと喉の奥で笑うキャプテンを見て
にかりと嬉しそうに笑った

「相変わらずの"キャプテン大好き"っぷりだな、キャスケットは」
今日の洗濯当番に当たっているらしいバンが洗い上がりの濡れた衣類を山盛り積んだ桶を抱えて通り掛かる
どうやらペンギンの見ている先を辿った彼も微笑ましい光景を眺めて自分と同じような感想を持ったようだ
「あれでもうすぐ19になろうって男だっつーんだから、うちの船は平和だな」
天真爛漫と呼ぶしても幾分ガキっぽ過ぎるクルーがそのままでいられるのだから海賊船にしては暢気な部類だろう
目を細めて笑うバンもそれを悪い事だとは感じていない
「キャプテンも可愛がってることだし、いいんじゃないか」
「・・・まぁなぁ」
口に出さずにいるが、入れ込みすぎたキャスケットが傷付かないかという懸念が互いの頭にあった
この船のリーダーは人を惹きつけるカリスマ性と同時に、酷く冷酷な部分を持っている。 どれだけ可愛いがっている相手でも、
切り捨てる時には一切容赦がない
果たしてその事態に直面した時に キャスケットが現実を受け止められるだろうか
周りで見ている自分達でも彼等の関係がどういった種類のものか 今ひとつ計りかねている状態では助言のしようもなく、
機会を見てキャスケットから話を聞こうとペンギンも考えていた
心配する事態にならないのであればそれに越したことはない
(キャプテンの、悪い癖がでなければいいのだが・・・)
この光景が続けばいいなと思いながら眺めていた2人は、キャスケットを連れたローが視界から消えたのを切っ掛けに
それぞれの仕事に戻った






ガシャン、と何かが割れる音がして 近くに居たペンギンは眉を顰めた
部屋の中ではローの何か喚く声がしている
このところ こういう場面を目撃する事が増えていた
中の様子を覗って不味いようなら割って入った方がいいかもしれない
そう思って 部屋に足を向けたところで、バタンと音を立てて開いた扉からキャスケットが出てくる
どうやら本人の意思ではなく 中に居る人物が追い出したようで、慌てて戻ろうとしたキャスケットの鼻先で扉は閉められた

「キャスケット?」
知らぬ振りで通り過ぎるような芸当も出来ず、泣いてやしないかと掛けた声で彼が顔を上げる
キャスケットの頬は割れた破片で切ったらしい傷跡が一筋、まだ新しい血を流していた
「あ・・・ペンギン。」
我に返ったように頬を拭おうとするキャスケットの手を掴んで止める
「むやみに擦るな。」
血を拭って終わりにせずにきちんと手当てしようというペンギンの申し出をキャスケットは断った
「大丈夫。消毒なら部屋にもあるから自分でやるよ。」
ごめんね、驚かせてと騒がしくした事を詫びるキャスケットは普段の彼よりも大人びて見えた
予想と違う反応に戸惑いながらも なんとなく予てから話そうと思っていた事を聞くには今がいいと思えて口を開く。
もっと キャプテンに追い出されて凹んでいると思っていたのに キャスケットは自分達の思っていた程 ローに
心酔していないのだろうか。・・・あんなに、懐いているのに?
「思ったより落ち込んでないな。 このところケンカ続きなんだろう?」
ペンギンの口からそんな事を言われると思っていなかったのだろう
キャスケットは一度 ぱちりと目を瞬かせると、真っ直ぐにペンギンの目を見返してきた
「どうしてそんな事聞くの? ・・・確かに、最近船長の機嫌は良くないんだけど。」
聞き返されてペンギンの方が答えに詰まった
いや・・・と言葉を濁すように口篭りながらどう話そうかと考える
なのに真っ直ぐに見つめる仲間の視線の前では誤魔化すような事も言いにくかった
「本当言うと、おまえが酷く凹んでいるかと思ってたんだ。おまえの頭はキャプテンの事で一杯だろう?」
そうだけど、と頷く事でキャスケットが続きを促す
言ってもいいものだろうかと若干の迷いもあったが結局ペンギンは予てからの懸念事項を白状してしまった
「心配していたんだ。キャプテンに切り捨てられておまえが傷付くのを。それとも、おまえは俺達が考えているほど
ローに溺れてはいないんだろうか」
まぁ、おまえとキャプテンがどんな関係なのか俺達もよく分かってないんだけどと添えて言葉を終える。
言い終えたペンギンをまじまじと見つめたキャスケットは そうでもないよと答えてペンギンを驚かせた

「あぁ、そうでもないってのは、否定じゃなくて」
自分の説明の拙さに困ったように眉を傾けたキャスケットが改めて口を開く
「俺は確かに船長しか見てないし お前の言う通り船長に溺れてるよ。だけど、船長に捨てられても傷付いたりしない。」
驚きで黙ったままのペンギンを見上げて、今度こそキャスケットはその顔に苦笑を浮かべた
「いやだなぁ、俺だって知ってる。 船長の冷酷さは折り紙付きだ。俺が どれだけ船長の事見てきたと思ってるんだよ。
それくらい百も承知だって、子供じゃないんだから。」
では、無邪気にキャプテンを慕うキャスケットは 全部ひっくるめてキャプテンを好きだと言うのだろうか
まだまだガキっぽいと思っていた仲間の目はペンギンが考えていたよりもずっと多くの物事を捉えていたらしい
「それと、もうひとつ。 ペンギンは間違ってる。」
何が、と尋ねる前にキャスケットは立てた人差し指を とん、とペンギンの胸に当てる
「俺を切り捨てて傷付くのは俺じゃなくて船長だ」
今度こそ 予想外の言葉にペンギンは大きく目を見開いた
「――それは、」
「だから。もし、そんな事になったら ちゃんと船長を支えてくれなきゃ困る。俺を心配するくらいなら船長を心配して。」
付き合い長いんでしょう、それぐらい分かってないと駄目じゃないか
ペンギンを見上げておまえの守る相手はこの船のリーダーだろうと話すキャスケットの目はそう言っていた
まさかそんな と戸惑うペンギンに "じゃぁね"と手を振って戻る彼を見送り立ち尽くす
(彼は自分の思っているよりもずっと大人なのか?)
首を傾げるペンギンの疑問に答えられるものはクルーの中には無さそうだった






「俺、行ってくるから!」
峠を越えた隣街まで行ってくるから帰りが遅れたら少し出航を待って欲しいとだけ言いに寄ったらしいキャスケットを見送っていると
カタンと音がして背後の扉が開いた
振り返ってみればローが中から出てきたところで無言で辺りを見回した彼はその場にいたペンギンに向かって
"あのうるさいのはどこだ"と聞いた
ローの言う『うるさいの』とはキャスケットに他ならず、もしかしたら先程のペンギンと話す声を耳にしていたのかもしれない。
うるさいのとは言えて妙で、彼が朝から出掛けていて今日のローはさぞかし静かな時間を過ごせていたことだろう

「さっき一度戻って来たのですが、買い物に出ていきました。なんでも、隣街でキャプテンの欲しがっていた薬剤が手に入るとかで、
これから峠越えだそうです」
医療を扱うこの船の乗組員である彼もそれなりの知識は身に付けている
街に薬屋があれば自然と足を踏み入れるのが習慣になっていたキャスケットはそこでまた店主と色々話し込んだのだろう。
誰とでもすぐに打ち解けられる彼は、どうやらその店で以前から手に入らないかと考えていた薬剤の情報を得たらしい。 紹介状まで
書いて貰ったキャスケットは息を弾ませて港まで戻ってきた
『船長を喜ばせたい』
それだけを念頭に置いたキャスケットが ひとっ走り行ってくると駆け出したところを見ると彼等の仲(くどいようだがどこまでの仲なのかは
ペンギンも正確には知らない)はまだ壊れてはいないようだ
「ほら、あの小さい点がそうですよ、見えますか? あれは相当急いで走っているな」
ふぅん、と鼻を鳴らしたキャプテンはさほど興味がなさそうにペンギンの指さした方に顔を向けた
そのまま、縁に肘を掛けると この後 数時間で出発する島を眺める姿勢を取る
最初から目で追っていた自分と違って姿を捉えられなかっただろうかと何気なくローの方を窺ったペンギンは 意外なものを目にして
気付かない振りで視線を島に戻した

ペンギンの隣で同じく ぼぅっと島を眺めるローは 置いていかれた子供のような風情だったのだ
・・・まるで、母親の姿が見えなくて不安な幼子のように。
(後をついて回るキャスケットを鬱陶しがっているのかもしれないと思っていたけど、もしかして、違うのか?)
時には邪魔だと追い払いつつも側に居る事を許していたのは、自分の考えていた以上にローは彼に好意を持っているのだろうか
甘え上手な正直者と気紛れで天の邪鬼な支配者――
(この前の夜、キャスケットの言っていた話は当たっているのかもしれない)
案外彼等は似合っているのかもしれないなと印象を改めたペンギンは、あやうく漏らしかけた"早く帰ってきたらいいですね"という
逆鱗に触れそうな言葉を飲み込んで キャプテンに並んでキャスケットの去った方を眺めた









 離れない理由 

それは貴方が望んだから
私の居る場所は常に貴方の傍









戻ってきたキャスケットはローとペンギンが雁首並べて自分を見てて一瞬びっくりするんだろうな。次いで見つけた薬剤を
満面の笑みで船長に差し出すんだ。あれ?入れる予定なかったのに途中ツイッターでYさんと話してた話題が混ざった!
本誌の「一人だ」の台詞から「ローは大事なものも切り捨てる事が出来る人」っていう話題をしてたんですね。捨てられるの
知っててついていける人がキャスだったらいいなって、ついついキャスに夢を見てしまいました。うわ、恥ずかしいな、コレw
一気に書く時間が取れなくてブツ切りで書いてたのでちゃんと纏まっているか不安です。 あと、唐突におじさんキャスに
ハマりかけてます。意外と美味しかったんですよ、年の差設定! 「若い頃は無茶も出来たんだが」とか美味し
すぎる台詞ww 年食ってても例え顎が割れててもイケると自分の雑食加減を思い知った瞬間でした(



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