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SS置場5
『W』 act.6

act.6


ファーストフードショップの前で キャスケットは(どうしてこんな事になったんだろう)と首を傾げながらローを待っていた
話のきっかけは覚えていないけど、たまに食べてみたくなるんだよねと言ったら じゃぁ食べに行こうぜと
外に出るはめになった
こういう店は狭いし店内も混み合ってるから車椅子生活になってからほとんど口にしていない。
だから 本当に懐かしくてぽろりと零れただけの言葉だったのに ローのフットワークの軽さには驚きを隠せない
("喰いにいくか?"じゃなくて "喰いに行こうぜ"なんだもの)
多分、行くか?と聞かれたらキャスケットは断ったと思う
ローの行動は今みたいに強引で、連れ回される事も多いが嫌だとか迷惑だと感じた事はなかった
(ローが強引なのは俺に対してだけじゃないから・・・かもしれない)
一度店内から戻ってきたローが手にしていたメニュー表を思い出して、くすくすと笑いが零れる
さも当然といった顔で「借りてくぜ」と言われて店員も驚いたことだろう
スタスタと店外へ出ていくローに面食らっているうちに外で待つキャスケットに気付いたのかもしれないのだが、
店から文句を言いに出てくる者はいなかった
この強引さがキャスケットだけを特別扱いしてのことだったら、やはり自分は負担を感じてしまっただろう。
勿論、彼の行動の根底にはキャスケットに対する気遣いがあるのだが、誰にでも遠慮のないローの振る舞いは
それを自分に感じさせない
(ローの性格もあるんだけど、器の違い・・・なんだろうな)
いろんな事を気にする自分と違って、大きな人だと思う。
「待たせたな。折角だし外で喰おう」
買い物を済ませて店から出てきたローの後について キャスケットも食べられるスペースを探し始めた



「あ。懐かしい!」
結局 近くの公園に落ち着いて膝の上に広げたハンバーガーを一口囓ったキャスケットが声を上げる
自分が昔食べていたものより味も良くなっている気がする
そう言ったら、ベンチに座るローは こんなもんだろ、と言いながら ぱくついていた
・・・こうして外で食べているからかもしれない
一人で行動する事が常のキャスケットは、例え何か出来合いのものを買ったとしても持ち帰って自宅で食べるのが
普通だから、考えてみれば誰かと屋外で食べるのも久しぶりだった
「そういや、この前 てめえの兄貴と会ったぜ」
「えっ、いつ?」
目を瞬かせるキャスケットに 摘んだポテトを揺らしながらローが説明する
「連れの家があの辺りだって話した事があったろ。おまえの兄貴、そいつと知り合いだった」
「シャチの、友達?」
家でそんな話しねぇのと聞かれて首を振る
仕事の時間が不規則で生活時間の違うシャチとは顔を合わせる時間が極端に少ない
(あ。だから、誰かと外で食べるのが久しぶりなんだ)
食べかけのバーガーを眺めて考えていると 冷めるぞとつっこまれてキャスケットは食べる動きを再開させた。
子供の頃を思い出しながら口いっぱいに頬張ってみる
頬にソースでも付いたのか苦笑しながらローが紙ナプキンを渡してくれた
「こうやって喰うの、旨いだろ。 "シャチ"とは出掛けたりしねぇの?」
「昼間は仕事だから」
もぐもぐと口を動かして、指に付いたソースを舐め取りながらキャスケットは兄の事を考える
言われてみれば、もう 随分と長い間シャチとは一緒に出歩いていない
「俺が出歩くのが好きじゃないせいも あるんだけど・・・」
それ以前に シャチの仕事が休みの時が少ない。
たまの休みの日も兄は出掛けてしまうから キャスケットは家でゆっくり休む姿すら見た覚えがなかった
「休みの日も、昼の自由な時間は普段片付けられない用事をするのに使うから」
でも、自分は時間があるんだ。シャチでなければ片付かない用件以外はキャスケットが済ませればいい。

ごくん、と最後の一口を飲み込んで キャスケットは顔を上げた
「俺、もっと 自分に出来る事を増やさなきゃ。シャチに 休暇中ゆっくりできる時間をあげたい」
いくら行動時間がずれているからといって、自宅で休むシャチを見た覚えが殆どないなんて兄は働きすぎだ
「大丈夫かな。シャチ、無理をしてるんじゃないかな」
倒れでもしたら、それこそ自分に出来る看病なんて限られている
「シャチ、元気だった?」
思わず 振り返って聞いた一言でローが噴き出した
「おまえ、それを俺に聞くか」
元気だったぜ、寧ろ俺の連れを振り回してるくらいで おまえよりよっぽど元気だと髪をくしゃくしゃにされて、
キャスケットは ほっと胸をなで下ろした




************




(今日は、少し 疲れたかもしれない)
久しぶりに病院に行った
いくつかの検査を受けて 家を目指しながら ここでローに会ったんだよなと坂道を眺める
道を塞いで立ち話に夢中のおばさん達に、「通して下さい」と声に出して言う事も出来た
(俺が頼りないから、シャチも安心して用事を任せる事が出来ないんだ)
ローと話すまでシャチに休みがない事を思いつきもしなかったのも、兄弟としてあまりにも情けなかった
一度シャチとゆっくり話したい――
そう思って 帰宅の遅くなる兄を起きて待っていようとキャスケットは何度も夜更かしをしていた。
なのに、シャチは午前様になってもまだ家に戻らない
いよいよ兄の身が心配になって 徹夜してでも待とうとしたのに、気付けばキャスケットはこたつに入ったまま眠っていて、
いつ戻ってきていつ出掛けたのか 目覚めたらシャチはもう仕事に出てしまっていた
このところの寝不足と病院への遠出で疲れていたキャスケットは 今日は遅くまで起きていられないかもしれないと考えて
仮眠を取る事に決める
いまのところ、シャチが0時を回る前に帰ってきた事がないから、それまで少し眠っておこう
一度仮眠を取っていれば今度こそ帰宅するシャチを起きて迎えられるかもしれない
(だって、おかしいよ。一緒に住んでる家族なのに、禄に顔も合わさないなんて、変だ。)

"俺のせいで、無理するのはやめて"
今日こそはシャチにそう話そうと思いながら キャスケットは眠りについた






玄関先の人の気配にペンギンは思い切りドアを開けた
「うぉっと!あっぶないな」
なんだ、出掛けるとこだったのか、と目を丸くする相手の腕を掴んで室内に引っ張り込む
「随分ご無沙汰だな、どうしてたんだ」
先日、ローと会って以来 姿を見せなかったシャチに そう切り出す
あの会話は何だったんだと問い詰めたいのに そういう時に限ってやって来ない相手を焦れったい思いで待っていたのだ
「なんだよ、俺が来なくて淋しかったのか?」
にやにやと笑うシャチの軽口に付き合う気はなかった
頼まなくてもいつも勝手にやってくるこの男とは、考えてみれば連絡先も知らないのだ
"弟"の家をローが知っているのだから、その気になれば連絡方法はあるとはいえ、ペンギンは直接には知らない
「何も言わずに姿を見せなくなれば心配するだろう。連絡先くらい言っていけ」
我を張るでもなくそう言いつけたペンギンに、ひゅぅ、と唇を鳴らしてシャチが笑う
「俺、携帯持ってねぇもん。自宅に掛けてきてもいいけど、昼間は弟しか居ないぜ? あぁ、あんまり夜遅くは掛けてくんな。
キャスケットが寝てる」
ペンギンの携帯をひょいと取り上げて、シャチは話しながらなにやら登録していく
「携帯・・・無いのか?」
眠る弟を起こすなと言うシャチが本当にキャスケットに甘いのだなと納得しながら質問する
「必要ねぇし」
今時携帯も持たない人間の方が珍しいのに シャチは必要ないと言う
それなら連絡なんかはどうしているのだろう
そう思って見ていると、へへん、と彼は笑った
「用のある時は俺が連絡する。俺の用が無いときは連絡なんか必要ないんだよ」
・・・一体 どんな理屈、いや、おまえは何様だ。
下手をすればローよりも始末が悪いじゃないかという傍若無人な言葉に呆れた顔をすれば、シャチは ぷはっ、と小さく噴き出した
「それとも、どうしても俺の声が聞きたかったワケ?」
そこまであんたの面倒みてらんねぇなぁと生意気を言う態度が本来のシャチだ
「ローと居る時は随分猫をかぶってたな」
「あぁ、なんだ。あんた それが気に入らないの? だぁってさ、キャスの友達だぜ、機嫌損ねるわけにはいかないデショ」
「・・・本当に、それだけか?」
暫くここに顔を出さなかったのも、ペンギンに追求されたくなかったからかもしれないと考えていたのだ
だが、よく考えてみれば 口の立つシャチならいくらでも誤魔化す事が出来そうだった
「ナニ深読みしてんの。俺が来なかったのは最近忙しかったからだよ。この時間に体が空かなかったんだから来れるわけないっての」
ここ暫くの寝不足でしんどい、と漏らしたシャチの顔は、確かに睡眠の足りていない様子に見えた
「無理して 来なくてもいいんだぞ」
ふぁっ・・・と、あくびをするシャチは勝手にソファに沈み込んで ひらひらと手を振った
「顔を見せろだの無理するなだの、あんた矛盾してるね」
どうやらペンギンに心配を掛けないように 疲れた体で足を運んだらしいと知って、少しはもてなしてやるかと飲み物を渡してやる
受け取ったシャチは、くすくすと笑い出した
「あんた、コレ飲まないんだろ。律儀に用意してたんだ? くくっ・・・、俺が来ない間、我慢して飲んでたの」
シャチが自分で持ち込んだものはとっくに期限が切れていて、それに気付いたペンギンは買い物のついでに新しいものを買っていた
捨てるのも勿体ないとシャチの不在中は仕方なく自分で飲んだりもしていて。
「こういうこともあるから暫く来ない時は先に言っておけ」
憮然として言った言葉に、珍しくシャチが謝った
「うん、ゴメンな。悪かった」
あまりに素直な言葉を不気味に感じて まじまじと見つめたペンギンを ソファに沈んだシャチが気怠げに見上げる
「今度さ、弟に 会ってやってよ。あんたのダチと一緒でいいから」
ローや、あんたみたいなのがキャスの傍に居てくれたら安心だからさ。

そう言ったシャチの真意をペンギンが聞き返す前に 突然の訪問者は すぅすぅと穏やかな寝息を立てて眠ってしまった



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