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SS置場5
資格


与えられていた個室を片付けて、キャスケットはもう一度部屋の中を見渡した

半年前まで使っていたやたらと広くて装飾過多な部屋とは違う、質素な狭い部屋だったが
大部屋ではなく個室であるだけ待遇は良い方だろう
もともと 以前の1人で過ごすには広すぎる部屋に執着していたわけでもなかったキャスケットは
以前のように働けなくなった自分に個室が与えられた事に驚いたものだ
(たぶん、それまでの実績に対する報償を含んでいたのだろう)
あるいは此処での事故を訴えられる事を恐れての事だったのかもしれないが、どちらにしろ自分は
今日、この部屋から出て行く事を決めたのだからどちらでも構わない

『長い間、お世話になりました』

キャスケットの申し出た退職をあっさりと受け入れた職場の元締めは寧ろ厄介払いできたと
安堵したかもしれないのだ。
(ここを出て、新しい生活を始める)
先日会ったばかりの男の誘いに乗るのは早計だと友人達は言うだろう
でも キャスケットは自分にはそれが必要だと感じた
決意してしまえば迷う事はない
自分は 今日、この島を出る船に乗る
それが海賊船だというのは突飛過ぎる転職かもしれないが キャスケットは男を信用できると判断した
(男・・・なんて言っちゃいけないな。"船長"だ。俺ももうその船の一員になるんだから)
大きな感慨もなく一瞥して部屋に背を向ける
静かに扉を閉めたキャスケットは その建物の出口に向かって歩き出した

今日 此処を出る事は誰にも伝えていない
引き留める言葉も馬鹿なことをするなと説得されることも望んではいなかった
親しい者に何も告げずに出て行く事をすまなく思いながらもキャスケットはあの船に乗る事は必然だとしか
思えなくて、誰に責められても決意を翻すつもりはなかった
船長の言葉はキャスケットが気付かないくらい奥底に燻っていたものを刺激した
(少しでも、可能性があるのなら・・・)
安定した収入なんて必要ない
此処で働ける事もありがたいと思わなければいけないのだが 此処に居る限り望みはないも同然で、

キャスケットは馴染んだ生活の場を 陸でなく海へと替える事にしたのだった






「待てよ、キャスケット!」
同僚が辞めるという話を耳にしたのはほんの偶然からだった
いつだと聞けば既に彼が辞める事は承認されていて、今日にでも部屋を空けて出て行く事になっているという
そんな話は聞いちゃいない
慌てて廊下を走るペンギンが見たのは今 正に建物を出て行かんばかりの彼の姿で、呼び止める為に大声を上げた

「ペンギン?」
振り返ったキャスケットが 目を瞬かせてこちらを見る
その顔から判断するに 彼は自分に知らせずに出て行くつもりだったのだろう
たまたま 先刻その話を聞かなければ、明日の朝になって初めてペンギンは彼の不在を知るところだった
ふざけるな、と軽く舌打ちして呼び止めた彼の方へと詰め寄る
「おまえ、辞めるって聞いたぞ。まさか 嘘だろう?」
簡単な荷物ひとつで宿舎を出ようとする彼は 休みの日に街へ買い物に出るような身軽な装いだった
自分は担がれたのか? ――いや、その方がいい。黙って出て行くなんて許せるはずがない
「辞めるなんて、嘘だろう?」
息せき切って問いつめたペンギンに、キャスケットは曖昧な笑顔を浮かべる
その笑顔1つで言葉を奪った彼は ゆっくりとこちらに向き直って自らの身の振りを告げた

『俺、海に出るんだ。』

予想外の答えに目を瞠ったペンギンに、キャスケットは穏やかに続ける
行き先を教えなければ引き留められると考えたのだろう
実際 ペンギンは "他に産業の無いこの島で他に職を探すなんて無茶だ"と説得しようとしていた
だが彼は海に出るという
「誰かのお荷物になるより、少しでも俺が役に立つ、俺が必要だって言ってくれるところに、行く」
それだけを理由に告げ、綺麗に笑顔を浮かべて出ていく彼に何も言えないままその後ろ姿を見送った

"誰かのお荷物"という言葉に息を呑む
キャスケットは 彼がこの職場に身を置く事にペンギンが関与していたと気付いていたのかもしれない
(だが、当然だろう?)
事故の瞬間、自分もキャスケットのすぐ側に居たのだ
彼だけが後に残るほどの大怪我を負って 自分の身はそれまでと変わりない。
その事実をペンギンが気に病んでいる事にキャスケットは気付いていたのだろう
結果の違いは その時の偶然の立ち位置の結果かもしれない
それとも、ペンギンよりも優れた動体視力を持つ彼が事故の瞬間 何らかの行動を起こしたのかもしれない

誰にも その瞬間の出来事は分からなかった
事故の衝撃で意識の飛んだペンギンが覚えているのは病院のベッドの上で目覚めてからだ。
気が付いてすぐに彼の安否を尋ねたペンギンは キャスケットが重傷で再起は絶望的だと教えられた
それからだ
ペンギンが 五体満足の自分に罪の意識を持つようになったのは

それを知っていたのだろうキャスケットは、彼が海賊船を選んだもう一つの理由を告げる事なく去っていった。
我に返ったペンギンが彼をスカウトしたという船の船長を探し回ってやっと見つけた酒場で "キャスケットを
連れて行くのは諦めろ"と募った時に、初めてそこで知らされたのだ。
キャスケットは、その船の船長に自らの治療とリハビリを約束されていたという事を

聞いた瞬間、頭の中が真っ白になって全てが飛び呆然と立ち尽くす
――知らなかった
キャスケットが、以前のようには動かない自分の体をそんなに苦痛に感じていたなんて。
(馬鹿野郎!なのに、いつもいつも平気な顔で笑いやがって)
何が悔しいのか、顔を顰めながらも男に喰って掛かる
「キャスケットには海賊なんて無理だ。やめてくれ。あいつの腕じゃ二度と元のような技は使えないんだ」
たまたま、街でキャスケットと知り合ったらしい男は一般人とは思えない優れた身のこなしに目を付けた
一緒に来ないかと誘ったのは彼の戦闘能力を買っての事だろう
それはそうだ。
この島ではそれしかないという職業、剣闘士だったキャスケットは、その中でもトップクラスに位置していた。
闘技場くらいしか目玉のない島での花形職業に就き、頂点を争う程の腕を持つ彼は、不幸な事故に遭って
商売道具とも言える身体を負傷した
精度の落ちた剣の腕。
一度壊れた肉体が出せる力とスピードは以前とは比較にならず、負傷の残る彼の動きは精彩を欠いていて、
キャスケットは瞬く間にトップの座を転がり落ちた
彼のそれまでの経験と知識を生かして剣闘士団のコーチやセコンドといった仕事を担当できるようにと
頼んだのはペンギンで、給料を自分の稼ぎから引いてもいいとまで訴えた熱意に圧されての結果だったが
とにかくキャスケットが職と寝場所を失う事だけは避けることが出来た
――だが、その仕事では彼のリハビリにはならない
体を鍛える必要の無い仕事は彼の肉体が益々衰えていく事を意味している
(彼が、まだ身体を動かす事を諦めていなかったのに、気付けなかった)

目まぐるしく浮かぶ過去の出来事に唇を噛んでいたペンギンに、口元を歪めた男が言い放つ
「女じゃあるまいし。面倒見られて喜ぶ奴が居るか? 手元に置いておきたいのはおまえのエゴだ」
いい動きだ。目もいいし、咄嗟に自然と動く体は何か鍛えているのだろうと声を掛けたローに、
キャスケットは正直に事故の後遺症が残っているから貴方の役には立てないと話したという。
その場で連れて帰ると決め、船で改めて診察した結果、自分の持つ高い医療技術とリハビリ次第では
元のように動かせるようになるかもしれない、と判断して男はキャスケットにそう告げたらしい

「選んだのは奴だ。だが、努力した結果 望んだ通りにならなくても希望もなくただ生きるよりずっといいだろう?」
淡々と告げた男の言うことは悔しい程に正論で、ペンギンは奥歯をギリギリと噛むしかない
そうだ。 自分は、怪我で一流ではなくなった彼を見るのを苦く思いつつも、側から離れたくなかったのだ
彼にチャンスがあるのなら、この島に縛り付けるのは確かにペンギンのエゴでしかない

「別に、誰もおまえを責めてやいない。なぁ、あんたも闘技場あそこじゃ名が売れてるんだろ?
側に居たいのなら勧誘してやってもいいぜ」
どこまでも居丈高に言う男の言いぐさにカチンと来るものが無いとは言えないが、自分も船に招くと
言った相手の顔をまじまじと見つめる
どうする?と 薄ら笑いを浮かべている男の元へ行く決断を、自分は選んでしまうだろう
見知った人間は誰も居ないと思っていたキャスケットが船の上で自分を見つけて ぽかんとする姿までが目に浮かぶ。
その船の上に立って初めて、自分達は対等に、以前と同じように言葉を交わせるようになるだろう

「決まりだ、船長。 直ぐに辞めてくるから少しだけ待っててくれ」

そう言って立ち上がったペンギンが店を出ていくのを見送った男は、くすりと笑ってグラスの中身を飲み干した








 希望。それを持つ事が資格











船に乗る資格のことでーす。ロキャスになるかな、無理かなーって思いながら書いてたのにペンギン視点に
したからかなんとなくペン→キャスっぽくなったじゃないか!違うよ、まだ別に恋心は持ってないと思います。
でも船に乗ってからどうなるかは分からないですよね。ローがキャスを見初める(?)シーンを入れる隙間が
無かった!ケンカしてたとかじゃなくて、巻き込まれたか若しくは事故から誰か(或いは自分)を救ったとか
そんな所に居合わせたローが勧誘したんですよ。でもキャスの回想に入れる場所が無かったし、ペン目線じゃ
ローの回想は入れられないしで結局省きました。これ!ポメラのデータが飛んだんですよぉおー! 電池が
切れかけた時に保存したデータって真っ白になる事があるんですよね。酷い・・・!書き直したから最初に
書いてたのと言い回しとか言葉とか順番が違ってます。勢いも少し落ちたかなぁ。ポメラ酷ぇー!



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あきゅろす。
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