SS置場3 大好きな君に〔頂き物〕 P ※Merry christmas! ※現パロペンキャス かじかむ両手の中の携帯電話は依然として沈黙したままだった。 開いたまま閉じられず、黒く塗りつぶされたディスプレイ。 そこに落ちて一瞬でじわりと溶けていった雪を親指で拭っても、待ち望むメールも電話も来る気配がない。 赤くなった指先が何度も繰り返した操作を再びなぞりだす。 メールフォルダ、受信ボックス。かちかちとカーソルが動いていく。 慣れた手つきで探し出したのは、今朝届いたその一通。その、最後の一文。 『24日の午後6時に、駅のツリーの前で』 「…………寒いなぁ」 午後8時を鳴らした鐘の音をぼんやりと聞きながら、キャスケットは何度目かの苦笑を洩らしたのだった。 嬉しかったのだ。 クリスマスの予定を、ペンの方から作ってくれたことが。 そんなことを言うと可愛いってまたペンはからかうのだろうから本人には絶対言えないのだけど。 付き合いだして初めてのクリスマス。 鞄の中に忍ばせたプレゼントは内緒で用意したものだ。 カシミアのマフラーは偶然行ったお店で一目ぼれしたものだが、こいつを買うために今月のバイトのシフトはやや過酷だったという情けないエピソードは内緒だ。 …いや、お揃いにしたくて2本買わなければおそらくそこまでシフトを詰めなくても良かったんだろうけど。 ファーまで真っ白なダウンジャケットに、白いマフラーとイヤーマフ。 ちょっと白すぎただろうかとは思ったが、出がけに出会ったキラーに悪くないと言ってもらったからきっと大丈夫なんだろう。 降水確率は80%。 夕方から降り出した雪はホワイトクリスマスと呼ぶにふさわしい牡丹雪だった。 ふわりふわりと羽根が舞い散る様に降り積もる雪はあまりにもドラマチックすぎて逆に変な気分さえしてくるほどだ。 家にはクリスマスケーキもしっかり用意してある。 …といってもあまり高価なものは買えないだろうと分かっていたのでただの手作りのクリスマスケーキだ。 チョコレートのブッシュドノエルなんて本格的に作ったのは初めてだったけれど楽しかった。 クリスマスイブ1日の為に気合が入り過ぎだといわれてしまうかもしれないが、きっとおあいこだ。 というか、俺よりペンの方が絶対気合入ってるし。 今夜ペンから夕飯に誘ってもらったレストランは結構有名な所らしい。 クリスマスのディナータイムは半年以上前から予約が埋まるような店だとローさんに聞いた時は本当に驚いた。 今朝になってようやくメールでくれた約束の割に準備が念入り過ぎてなんだか気恥かしくなってしまう。 どれだけ前からペンがこの日を待ち望んでいたのか、なんとなく伝わってくるみたいで。 二人とも内緒でクリスマスのために準備していたのが嬉しかった。 だから、余計に今寒いのだろうか。 時計の鐘が9時を告げた。 寒いのか冷たいのか、もう良く分からない。 寒いというのが自分の内的感覚を言葉にしたもので、冷たいが逆なのかもしれないが、そんな線引きも意味ないほどに何もかもが冷たいのだ。 駅前は多くの人が通る。 ケーキの箱を持って早足に帰る男性も、サンタ服のバイトの青年も、楽しそうにはしゃぐ学生も、みんなどんどん俺の前を過ぎ去っていく。 もちろん待ち合わせをする恋人達も珍しくない。 綺麗に着飾った女性も、あったかそうなコートの男性もみんなお相手を見つけて去っていく。 此処は外だから、待ち続けるにはあまりにも寒いのだ。 携帯を閉じて、する事もなくぼんやりと立ったままツリーを眺め続ける。 赤い林檎。天使の飾り。小さな星。金色のモール。赤い実。カラフルなオーナメントの数々。 そんなキラキラした飾りに降り積もる、本物の綿雪。 溶けることなく静かに降り積もっていく白。 嘘みたいに綺麗で、本当のように冷たかった。 立ち尽くして、息を吐いた。 目の前が水蒸気で白くなる。 感覚の無くなった指先を翳して、もう一度息を吐きかけた。 手袋がないとやっぱり厳しかったかなぁと考えつつ、目を閉じた。 人の声とクリスマスソングに包まれて立ち尽くす。 頭に降り積もった雪が溶けて冷たい思いをしたのはもう大分前の話だ。 払っても払っても積もってしまう雪を払わなくなったのはいつだっただろう。 なんとなく冷たい影が心に差し始めたのはいつだっただろう。 こわいのかもしれない。 俺だけが取り残されたみたいで。 ペンに合えないことが、どうしようもなく怖いのかもしれない。 「………」 見つめても手の中の携帯は沈黙している。 電話もメールもない。 今日は金曜日だから、仕事が長引いてるのかもしれない。 携帯だって充電し忘れているだけなのかもしれない。 きっときてくれるという気持ちと、怖いという気持ちがせめぎ合う。 「……女々しいなぁ」 ポツリと呟いた言葉は、楽しそうなクリスマスソングの波に消えていった。 午後、10時。 震えた携帯電話に、ぼんやりとしていた意識がようやく戻ってきた。 …待つだけっていうのがやるせなくて意識飛んでたのかもしれない。 どうしよう、怪しい人間だったかも。と思いつつ携帯電話のフリップを跳ね上げた。 メール一件。 ドキッとしたのは確かだけど、そうでない予感もしたのも確かだった。 動かない指を無理矢理動かしてメールを開いた。 送り主は、やっぱりペンギンじゃなかった。 「………」 落胆は、しなかった。 なんとなく諦める気持ちがついていたからかもしれない。 寒いなぁと何十、何百回目の事を思いつつメールを開いた。 送り主:ロー 件名 : 本文 : なぁ、ディナーどうだった? ノロケ以外で応えろよ。 「…………ディナー、かぁ…」 ローさんからのメールに苦笑して、それからぼんやりと思い至った。 予約してたの勿体無かったなぁとか、そういえばお腹すいたなぁとか、そんなくだらない事ばかりだったけれど。 思考を辞めていた頭が動き出す。 冷蔵庫のブッシュドノエルも本来ならそろそろ食べられていたはずだとか。 プレゼントのマフラーもペンギンの首にあったはずなのにとか。 二人でツリーを見上げていたはずなのに、とか。 俺、捨てられたのかなぁ、とか。 「…………っ、」 そんなくだらない事ばかり思い浮かぶ。 じわりと目の前が揺らいで、頬を温かいものが伝っていく。 こんなに体が冷えているのに涙ってあったかいのか、と頭の片隅で考えながら、ただ俯いていた。 何もかも冷たくて、寒くて、痛くて、じんじんと痺れてくる。 「……っ、女々しい、なぁ…」 零れた言葉に自嘲しても、誰の賛同も得られない。 一人きり。 こんなに世界には人がいて、いろんな人が通り過ぎるのに、俺は一人きり。 酷く寂しくて驚いた。 俺の一生今まで感じていた寂しいを全部凝縮したみたいな気持ち。 こんなに寂しいなんて思ったこと、なかった。 そして、気付いた。 いらなかったんだ。 何もいらなかったんだ。 プレゼントも、ケーキも、サンタクロースも、約束も何もいらなかった。 ただ欲しかった。 この冷たさを抱きしめてくれるたった一人の熱が欲しくて、苦しくなった。 なぁ、ペンギン。 寒いよ。此処はとっても寒いんだ。 涙を拭いたくても何時間も外気に晒された指が動いてくれないんだ。 この言葉を伝えたくても、唇もうまく動いてくれそうにないんだ。 悔しくて苦しくて、待たせたお返しに笑って一発殴ってあげられれば良かったんだけど手があがらないんだ。 蹴りつけてやりたいけど足が動かないんだ。 だから。 口汚く罵るのも、殴るのも蹴るのも出来ない今の俺だから。 だから早く抱きしめて欲しい。 クリスマスソングと幸せに満ちた世界で凍えるのは、あまりにも馬鹿らしいって笑って、抱きしめて欲しい。 走ってこなくてもいいから。 プレゼントなんかなくてもいいから。 ディナーなんて気にしなくてもいいから。 待たせた事謝らなくていいから。 はやく、早く。 抱きしめてよ。 早く、会いに行こう 息を切らせたその温かい腕の中で、俺が言った「今来たとこ」という言葉はちゃんとペンギンに届いただろうか。 end Re:ラフメイカーさまよりクリスマスフリー文をいただいてきました♪ありがとうございます! クリスマス当日も雪が降るほど寒かったのですが年末の今現在も非常に寒く、外でひとりペンギンを待つ キャスケットの寒さを想像しています。うん、千堂もお泊まりに行った先で相手が帰ってこなくてものすごく 寒い中、外(マンションの前←オートロック)で凍えて待ってた事あるよ!遠距離で新幹線ももうないし 凍えて待つしかないっていうw最終的に会えましたが結局その後うまくいかなくなってしまったんです けどね(苦笑) いや、その当日じゃなくてですが。あれ?当日だったかなぁ? だからこのキャスの心情が よく分かります、リアルにw このお話、敢えてペンギン視点を全く無しにしてあるとの事ですが、その方が 好きです!ない方が好きv そしてもうバレバレの嘘を言う子がかわいいですね。たっぷり待たせた分、 凍えた体も心もたっぷり温めてあげて下さい^^ 抱きしめてあげるだけでいい。言葉なんかなくても通じたら いいなぁ、この子の気持ち。 素敵フリー文ありがとうございました! 2010.12.31 [*前へ][次へ#] [戻る] |