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SS置場12
故郷03
風邪と血祭りでダウンしてました、すいません―!







キッドがようやく馬を止めたのは領地の境になる峠の手前だった。
緑豊かな領地が足元に一望できるこの峠にキッドが足を運ぶのは珍しい事でもない。
おかげで、狭い自分の居た土地しか知らずに生きてきたシャチも今ではすっかり地理に詳しくなっていた。

外で農作業をする人々の姿やこの地の独特の色合いで染めて干した布がたくさん風にはためいているのが見える。
豊かな暮らしぶりのこの土地の風景を眺めるのがシャチは好きだ。
自分が住む土地とは違うその景色は、ここでの暮らしに馴染んだシャチにとって第二の故郷と呼べる風景に等しかった。

「長閑だよなァ」

同じように眼下を眺めていたキッドが呟く。
だけど、その目は遥か遠くまで見通すように四方へと配られていた。

最近、小競り合いが続いている。今日の遠駆けも退屈しのぎの遊びに見えて、その実 様子を見に来たのだろう。
貧しい土地には貧しい土地の悩みがあり、持てる地にもまたそれなりの悩みがあった。

「・・・焦れってぇな」
オレなら二度と妙な気なぞ起こさないように徹底的に叩くのに、と歯痒そうな呟きがキッドの口から漏れた。
「争いの引き金になりかねませんよ」
窘めるように言ってはみたものの、跡目を継いで若の代になれば実力行使に出そうだなとシャチの口元に苦笑が浮かぶ。
シャチの幼馴染があれほど懸念した此処での生活は、思っていた以上に恵まれていた。
(ペンギンも、此処に居たらいいのにな・・・)
しっかり者の幼馴染ならシャチよりもこの仕事に向いていることだろう。
勿論、シャチとて自分の出来る限り役目を果たしているのだが、若様の補佐に自分の他に彼が居れはどれだけ心強いか。

一緒に働けたらいいのにと生活が落ち着いたこの頃何かにつけて思い出す。
けっして、寂しい訳じゃなかった。
シャチの主人であるキッドは大人しく屋敷でじっとしているような人物ではなかったから。
ただ、ここには同郷の人間は居ないせいで"信頼できる人物"としてシャチから推薦できる相手がいないのが口惜しいだけだ。

(今は父君がご顕在だけど。若様が跡目を継いだら年の近い側近が必要になる)

その頃になれば、キッドなら温厚派の人間も説き伏せてしまうかもしれない。
若様の周りに腕のたつ側近が欲しいと考えるのは先走っているだろうか。
今はまだ こうして気ままに飛び出した遠駆けの際に小競り合いを見つけて割って入るくらいしか出来ないけれど。
でも、そうばれば大規模な争いになる。
それが是とでるか非とでるかはシャチには判断が付かないが若様の判断に従おう。

(俺なんかよりも。 頭の良いペンギンだったら、もっと的確な助言が言えるのに)

ここの人達は真面目で善良な人間だ。良い人ばかりだが戦には向かない。
キッドが大人しく父親の意見を受け入れているのもそれが分かっているからだろう。
――それもそうか。平和な土地じゃ、誰だって剣の腕を磨くより田畑を耕す方を選ぶに決まってる。
飢えに悩まされない代わりのこの問題は住人が善良なだけにシャチも放っておけない案件だと思っていた。

(もっと問題なのはキッド以外に危機的状況だと考えている人間が少ないこと。)

若い世代にはキッドに賛同する者もいる。だが、その多くは無法者だとか乱暴者だとかいう目で見られている。
要するに、周りから浮いてる者達なのだ。
キッドの望むような自衛力のある土地にするには意識改革から始めないといけない。
ただ、そういう働きかけをするにはキッドの性格じゃ不向きだ。
シャチやペンギンの方が上手くやれる、と思う。
("俺が懐に入り込んで、そこから理屈で畳み掛けるのはペンギンがやる"のが一番・・・なんだけどな)
眼下の景色を眺めながら 故郷の親友へと思いを馳せていると、横から伸びてきた逞しい腕が、ぐいっと
シャチの痩身を引き寄せた。

「うわっ!?」

バランスを崩して倒れこんだ先はキッドの腕の中だ。
「ちょ、危な・・・!」
落ちるじゃないですかと文句を言う頃にはキッドの馬の上に居た。
「ははっ!ぼけっとしてんじゃねぇよ」
なに考えてたと笑ったキッドがふざけてシャチを背後から抱き竦める。
いや、力任せの腕による締め付けは寧ろ"締め上げる"と表現するのが一番正確だ。
「〜〜キッドの、馬鹿力・・・っ」
離せ、実が飛び出すとジバタバ蜿いて漸く少し腕が緩む。
「てめえの故郷でも思い出してたか」
笑いを含む声で言われて、ぎくりと目を瞠る。
普段は鈍いくせに、こういう部分だけは何故か鋭いんだ、若様は。
「俺の居た町とは全然違いますよ」
あそこは本当に痩せた貧しい土地だからと苦笑するシャチの首に、ぺたっとキッドの大きな手が触れた。

「結局残っちまったな、傷跡」

シャチの首には、大きく引き攣れたような傷があった。
まだまともに馬に乗れない頃にキッドの遠乗りについて行こうとして落馬した時のものだ。

「自分の腕くらい分かってただろうに」
「しょうがないでしょ。ここに来るまで馬に触った事もなかったんだから」
「だからだろ!」
そんな奴が着いてこれるわけがねぇだろと苦々しくぼやいくキッドは、怪我が治って動けるようになったシャチに
徹底的に馬術を仕込んだ。
幾分スパルタではあったが何事も大雑把な若様にしてはかなり丁寧に練習に付き合ってくれていた。
初級者が無茶して後を追ってきては迷惑なんだと言っていたが、シャチの怪我に責任を感じていたのだろう。
「女じゃないんだから傷くらいあっても構わないでしょう」
「そりゃそうだけどよ」
着物で隠れず微妙に目に付く位置にあるから気になるんだと顔を顰める。
箔が付いて丁度良いと言えば "ひょろひょろのくせして何言ってやがる"と返ってくるのが目に見ているので
シャチは黙ってキッドの手が傷跡を撫でるに任せた。
こうして後ろに立つとそうするのがキッドの癖で、どうも 目に入る痕に触れずにはいられないらしい。
変なとこ、繊細なんだからと密かに笑うシャチに目敏く気付いたキッドがパシッと後ろから頭を叩いた。
「痛っ!」
だから馬鹿力なんだから!加減してても痛いんですよ、若様の手だと!
怒るシャチをさっさと白馬へと放り出し、笑って手綱を引くキッドの後を再び追い掛けるシャチの姿に、此処へ
やってきた当初のようなガリガリに痩せた面影はどこにもない。
栄養の足る食事と若様に付き合っての運動は、体格は育たないまでも若者らしい十分な筋肉をもたらしていた。






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