[通常モード] [URL送信]

SS置場10
逃亡の後 P
案の定、千堂はローを避けてペンキャスに逃げた。お題ったーで短文です。








キャスケット!待て・・・っ


背後で友人の声が自分を呼ぶ。
聞こえているその声を振り切るように速度を上げ、キャスケットはただその場を逃げ出す事に集中する。

"もう終わりだ"

その場に踏み留まっていればどうにか誤魔化す事も出来たかもしれないのに、堪えきれずに逃げ出してしまった。
これでは もう言い逃れ出来ない。
(バレた。 俺が、ペンギンのことを好きだって、バレてしまった)
知られたくなかったのに。
親友に。 それも、同性の友人に、こんな疚しい想いを抱いているなんて、絶対に知られてはいけなかったのに。

せめてあのまま留まり 何か言い訳をして取り繕うくらいはすべきだった。
そうすれば、そつないペンギンのことだから気付かない振りくらいしてくれたはずだ。
(だけど、それは どうしたって "ふり" でしかない)
逃げ出してしまったのは 耐えられなかったからだ。

気付いていないふり
気付かれていない、ふり

見逃されているのを良いことに お目こぼしを期待して物欲しそうにペンギンの隣に居る自分も、いい加減嫌だったのだ。

(限界だったんだ。本当は・・・)
親友の立場を利用して誰よりも近い位置を占領し、僅かな接触に心を躍らせながらもなんともない顔を装う愚かな自分を
隠し通すのは、もう 本当に苦しくなっていたから。

逃げてどうするという考えがあったわけじゃない。
だけど一旦走り出した足を止めたところでどうすればいいかなんて思い付かなくて、瀕死の恋心を抱えてひたすら逃げる。

(ああ、そうだ。捕まったら 終わってしまうんだ。)
流石に こんな状況になってしまったらいくらペンギンと自分が白を切ろうとしても もう無理な相談だろう。
これまでずっと隠してきた恋心に、キャスケットは最終通告を突き付けられる。
(逃げている今だけが 想っていられる最後の時間・・・)
未練がましくも まだ手放したくない想いを抱えて、キャスケットは体力の限界までひたすら走る。
捕まってしまったら命がないかのような勢いで。

海の上の限られた空間を 力の限り逃げ続ける間だけが残された猶予。
――逃げなければよかった?
自問しても、明確な答えは出ない

駆け続ける間、考えていたのはペンギンの事だけだ。
優しい彼は何と言ってキャスケットの恋心を終わらせてくれるのだろう。
(困らせる、だけなのに)
好きになってしまった。
分かっていてもどうしようもないこの想いに自らでは終止符を打てなくて、ペンギンにその役割を課してしまうのか。

諦めなくちゃいけないのに。
自分はこんなことでも友人の手を煩わせる。

自嘲の思いがキャスケットの足を鈍らせた。
あ、と思った時には足音はすぐ後ろまで迫っていて、次の瞬間 キャスケットは肩を掴まれていた。

咄嗟に 振り払おうと思い切り腕を回していた。
その手首が 今度こそがっちりと力強い手に掴まれて、キャスケットは本当に逃げ道を失った。
これで、おしまいだという思いが頭を駆け巡る。
痛いくらいの力で握られている手はキャスケットの力ではどう足掻いても解けそうにない。

「イヤだ、放して!」

まだ好きでいさせてと思った途端、言葉にする前にぼろぼろと涙が零れ落ちた。

「ぅ、・・・っく、・・・っ」
大粒の涙を零して泣きだしたキャスケットにさすがのペンギンもギョッとしたようだった。
せめて泣き顔を見られまいと伏せた頭の上で慌てる気配を感じるが 溢れ出してしまった涙は昂ぶる感情と一緒で
急には止められない
――最悪。
こんなぐちゃぐちゃの頭で事態を収める方法なんて思い付けるはずもない。
子供のようにしゃくり上げるキャスケットは碌に言葉も出せなくて、放してよ、と腕を引こうとしたら 不意に身体ごと拘束された。


蜿いて逃げ出そうとするキャスケットにこれじゃ話も出来ないと痺れを切らしたのだろうか。
次々と零れる涙で濡れた頬が ぎゅっとペンギンの胸に押しつけられている。
腕を取られていたはずのキャスケットは いつの間にか腕ではなく肩を押さえ込まれ、逃げようもないほど完璧な拘束で
捕らえられた先はペンギンの腕の中だ。
向かい合わせのその体勢は、捕獲の体勢とは言い難い。
これじゃ、まるで 抱き留められているみたいで、そんなの今の俺には辛いだけだと新たな涙が込み上げる。
「放・・・して」
ペンギンの真っ白なつなぎに押しつけられて、キャスケットの文句はほとんど声にならなかった。
それでも 意図した事は通じたのだろう。
却って強くなったペンギンの力は どうやったって逃がしてくれないのだと物語っていた。

ああ。 ここでトドメを刺されるんだ。

手放さなくてはならない恋心への別れを惜しむキャスケットは 先程までの勢いを無くして静かにはらはらと涙を零す。
泣き止まない相棒を持て余すペンギンの手が 躊躇いがちに持ち上がり、諫めるようにそっとキャスケットの背中をさすり始めた。
背中から、肩。
駆けるうちにどこかに落とした帽子は もうキャスケットを隠してくれない。
露わになった髪をくしゃりと掻き混ぜ首筋を撫でるペンギンは普段の彼とは違ってたどたどしく不器用な手つきだった。

「泣くな、キャス」
弱り切った声が自分の名前を呼ぶ。
ペンギンのこんなに困ったところは珍しいのだが、持て余す感情で手一杯のキャスケットはそれに気付くどころじゃなかった。
「俺の話を聞いてくれ。頼むから、早合点して泣かないでくれ」
逃げずにちゃんと話を聞けと言う声は これから何を言うつもりなのだろうか。
パニクって逃げ出したキャスケットは 泣いたことでますます混乱を来した頭が働かなくなっていて、だけど ペンギンの声が含む
真剣な響きは聞き分けていた。
"これ以上は逃げられない"
本能がそう理解して のろのろと濡れた顔を上げたキャスケットの目を覗き込むようにして ペンギンが何かを告げるべく口を開いた。








 逃亡の後

告げられた言葉は 数拍遅れてキャスケットの頭に届いた









お題ったーでした。【ペンキャスへのお題は「不器用に」「首筋を撫でる」。キーワードは「瀕死」です。】


[*前へ][次へ#]

21/100ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!