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SS置場10
ちびペン(エピローグ)

「あーあ、やっぱチビがいないと淋しいなあ」
ラウンジを通り掛かったシャチはクルーの声を聞いて苦笑を浮かべた。
てめえら言うほどチビと過ごしてなかっただろうと胸中で笑って ペットロスならぬチビペンロスに溜息を吐く連中の横を通り抜ける。
ここで捕まったら "人一倍懐かれていたシャチはもっと淋しいだろう"と同情されるのが目に見えている。
そう言ってくれる気持ちは嬉しいが、実のところシャチは彼等が思うほど嘆いてはいなかった。
(みんな、アレが育った成れの果てが"ペンギン"だって忘れてんだろ)
別に人ひとり消失したわけでもないのに、大袈裟だろ。
そりゃあ、チビは素直で可愛かったけど。
あの表情豊かで人懐こいチビは今もペンギンの中にあるのに。

料理長に頼まれた食材の箱を抱えて甲板に出たシャチは 丁度外に居た話題の主の姿を認めた。
見張り台の上、海の状態を見るペンギンは、まだ外に出て来たシャチに気付かない。
子供の頃と違って滅多に崩れない表情のまま、海面に視線を走らせていた。

「しかもさ、チビだった時の記憶がねーんだろ?つまんねぇよなあ」
背後ではまだペンギンの話題が続いている。
その割に事態がこんなに早く収束したのは小さくなっていた時の事を覚えていないペンギンをからかったところで何にもならないと
クルーが皆興味を失ったからだ。
元に戻った翌朝、食堂に現れたペンギンはあまりにも普段通りの様子で、からかってやろうと手ぐすね引いて待っていた連中は
拍子抜けして気を削がれた。
それもそのはず、ペンギンは子供になっていた間の記憶が残っていなかった。
遅れて食堂に来たシャチを見つけたペンギンは、開口一番 "世話を掛けたそうだな。悪かった" と、迷惑を被ったであろうシャチに
謝り、ありがとうと礼を言ってきた。
気まずそうにするでもなく、照れたり恥ずかしがったりする様子もない。
試しとばかりに 近くに居たクルーが "ペンギン?もしかして覚えてねーのか?"と聞いてみても、クソまじめな顔で "ああ。
起きたら机につっぷしていた"と返答を寄越すだけ。
そこには つい先日までの愛嬌の欠片も見当たらず、船長の補佐を務める口喧しい船員のペンギンが居た。
礼を言うシャチに対しても愛想笑いの一つも浮かべず終いで、チビだった頃のように親しい口を利いてもあの懐こい笑顔は
返ってこないとその場に居合わせたクルーは確信したのだ。
「そっけねぇの。…ありゃ、本当に全然覚えてねーんだな」
慰めるように肩を叩かれて、ああ、うん、まぁなと適当に頷く。
こっそり周りを見回してみれば、皆一様にシャチに同情の目を向けていた。

――あれ?誰も気付いてねぇの?

いくら元々が無愛想だからといって、ペンギンは礼儀に欠ける事をする奴じゃない。
それに 先日までの子供の頃との差が目眩ましになっていて誰も気付いていないようだけど さっきのペンギンの態度は
素っ気なさ過ぎだ。
それとも シャチが小さなペンギンとべったり過ごしていたせいで感情の見分けがつくようになっただけだろうか。
どちらにしろ あの5日間はシャチにも変化を及ぼしていた。
今までなら 連中と一緒になって・・・というか率先して面白い事は全力で楽しむ方だったのだけど、今のシャチはペンギンの
加勢に回る側だ。
そもそも誰も気が付かないのだから敢えて真実を教えてやる必要もないだろうと黙秘を決め込む事に決めた。
多分、誰かが気が付くとすれば観察眼の鋭い船長くらいのもんだが、子供は苦手だと避けていたから 案外見落とすかもしれない。
(バレちまったら いい玩具にされんぞ、あれは)
ペンギンの鉄面皮がどこまで通用するかなというシャチの懸念を余所に、今のところ誰も真相に辿り着いちゃいない。
このまま暫く経てばクルーの興味も他に移るだろうから、連中には早い事 何か別の娯楽を見つけてやんなきゃなと空を見上げたら、
丁度 観測を終えたペンギンが甲板へと目を向けたところだった。


シャチに気付いたらしいペンギンの肩が ぎょっとしたように跳ねる。
(・・・莫迦だなぁ。そんなとこ、船長に見つかったら一発でバレんぞ)
くつくつと喉の奥で笑いを噛み殺す。
慌てて姿勢を正して取り繕うペンギンの、その目深に被った帽子の奥では顔を赤くしているに違いない。
意地になったように顔に張り付けた無表情も ただの照れ隠しなのだ。あの、実は感情の振れ幅も大きく表情豊かなペンギンは。
本人も自覚しているのだろう。だからこそ彼はああして頑なに仏頂面で埋め尽くして本当の表情を隠している。
思うに、あれはどう見たってチビだった時のことは思い出してるだろ。
(まじぃんだよなぁ・・・)
チビの面倒をみていた後遺症で、どうかするとあの愛想のない仏頂面が可愛く見えてくるんだから、マスイ。
だけどそれは苦々しいものではなくて、ヤバイんだけどと思いつつも 自然とシャチの顔は笑っていた。
こうしてここで狼狽するペンギンを眺めているのも悪くない。だけど、彼を窮地に陥れるのは本意じゃなかった。
いつまでも自分が居座っていればペンギンも落ち着けないだろうと軽く笑みを浮かべるに留めて、シャチは厨房への配達に戻った。



*****


この日も空は快晴だった。
シャチに連れられて登った時も同じような天候だったと何気なく考えてから首を振る。
あの5日間がそんなに楽しかったのか、気付けばこうして記憶を反芻しているのだから肝が冷える。
自分は、何も覚えていないことになっているのだ。
こんな風ではいつか襤褸を出してしまいそうで、早く忘却の海に沈めてしまわなければならないというのに子供目線の記憶は
溜息が零れるほど鮮明だった。

あの朝以来、ペンギンは何も知らない、記憶にないの一点張りで押し通した。
そうとでも思わなければ、まともにシャチと顔を合わせる事ができなかった。
普段 お調子者なだけのクルーだと侮っていた相手があんなに大人の一面を持っていると知らなかったのだ。
子供のペンギンにはシャチがとても頼りになる存在で、彼が居れば夜も恐くな――
「・・・・っ!」
ぶるぶると頭を振って思考を追い払う。
今、あやうく思い出してはいけない記憶に触れるところだった。
それでなくても毎朝起きる度に手が何かを探してしまう妙な癖が出来てしまったというのに!
不味いな、と溜息を吐く。
動揺を表に出すまいとすれば必要以上に態度が素っ気なくなるのだ。
幸い クルーの誰にも気付かれない程度の違いで済んでいるようで、妙に勘ぐられることはないのだが、当人はそうもいかないだろう。
数日一緒に過ごした彼の行動を思い返しても、シャチはペンギンが思っていた以上に目端が利いて鋭かった。
(気付かれていないはずは、ないだろうな・・・)
だがシャチは表面上は何も変わりなく振る舞っている。そのおかげもあって 他のクルーも不審に思う者が居ないのだろう。
ほんの少し、不自然なペンギンの態度をシャチがフォローしていると嫌でも分かる。
それが分からないほど自分は鈍くない。
(子供の時は仕方ない。シャチの庇護下にあっても余儀ないだろう)
だが元の体に戻った今も庇われているのはどうなんだ?
それも、余計なお世話だと腹を立ててもおかしくないのに さほど突っぱねる気にもならないのは、多分子供の自分の後遺症だ。
小さなペンギンはシャチに対して素直だったから、その名残が今の自分の中から消えていない。だからこそシャチのフォローに
反発心が沸かないのだろう。
本当は全てひっくるめて真面目に礼をしなければいけないのだろうけど・・・と、考えながら下を見下ろす。
何気なく見た甲板には、件の相手のシャチがいて、じっとこちらを見上げていた。

「!?」

なんだ、シャチ? いつから、見てた?
素のところを見られていたと思った途端、顔に血が集まってくる。
このくらいで狼狽えてどうするんだと頭では思うのに、シャチの視線を妙に意識してしまう。
・・・駄目なのだ。構えていない無防備なところを シャチには何度も見られている。
ともすれば元に戻った今でも素の顔を曝けそうで、こんなことじゃ情けないと姿勢を正して気を引き締める。
ゆっくりと深く呼吸をしながら下を窺う。
どうやらシャチは何かを運んでいる途中だったらしい。木箱を抱え直す姿が目に入り、ああ、仕事に戻るのだなと
思ったペンギンの方を、去り際にシャチが見上げた。


「あ・・・まずい」

ぽろりと零れた声は海鳥くらいしか拾えなかっただろう。
だが どのみちペンギンには関係なかった。
先程、シャチの浮かべた微笑に囚われ、身動きすらままならない。
(あれは、反則だろう。なんで今更あの笑顔だ)
子供の自分に見せていたような、しょうがないなと言って、それでも決して拒絶なんかじゃないと分かる笑みだ。
全て分かって受け入れられているような、見る者をそんな気持ちにさせる微笑。
長じた今はそんな庇護者は要らないはずなのに、あの笑顔が隣にあればとこいねがうだなんて"困る"以外の何物でもないのに。

厄介な事態に足を踏み入れてしまった予感がする。
だけど、それは今のペンギンには間違いなくプラスに働くことだろう。

「知らないぞ。"子供の俺"をたぶらかしたのは、おまえだ。シャチ」

自分の微笑が起こした作用を知らないシャチに文句を零す。
いつか、面と向かって言う機会も そう遠くはない未来にできるだろう。
開き直って現実を受け入れたペンギンは、ようやく赤みの引いた顔で眼下の海を見渡すと、もう一度シャチと一緒に眺めるのも
いいなと笑ってタラップに足を掛けた







 5日の休暇とその後の作用


腐的に見ればシャチペンの始まりです。普通に見ればペンシャチがコンビになる少し前のお話です。どっちでもいいな、これ。
そして!!今日はいいことあったー! ウィシュカさんに挿絵を頂きました、チビペンvvv かわいい〜〜vv なんてご褒美!
中編か後編の挿絵にした方がはまったかもしれませんが今からだと見逃す人が出そうなのでエピローグに入れさせて
いただきました。おねだり受けて下さって本当にありがとうございますv こんなペンギンが!船にいたら!そりゃあクルーも
大きいペンギンさんが戻ってきてもチビがいないって寂しがりますよね>< シャチだって"あいつ可愛い"って思っちゃいますよ。
でもこのシャチさんは大きいペンギンさんの可愛いとこも見つけちゃってますから^^


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あきゅろす。
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