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SS置場7
白い部屋 P

年の瀬だからかジャンル内が停滞中ですね、淋しい。そんな中、最近続けていただける拍手が励みになってます、
更新のない日にまでありがとうございます^^ そろそろロキャスが書きたいなぁ… メインカプ!









何も無い白い部屋の中、ペンギンは ポツリと1人、立ち尽くしていた

"この部屋は 酷く寒い"

どうして 自分がこの部屋に居るのか思い出せない。
いつから、ペンギンはここに立っていたのだろうか

どうして部屋に誰もいない?

"みんなは、どこに行ったんだ"
脳内に落ちてきた疑問に眉を顰める

―― "みんな" というのは誰の事だ
自分は誰かと一緒にこの部屋に居たのだったか。

"いや。 1人では、なかったはず、だ"
周りに居た、隣に居た誰かを思い出そうと記憶を探る
「・・・っ、」
その途端に ズキリと頭に走った鈍い痛みがペンギンの思考を切断する
ずきずきと、徐々に大きくなっていく頭痛に拡散していく意識が真っ黒な闇に飲み込まれていくのを
為す術もなく、ペンギンは目覚めたばかりの意識を手放す

(・・・ペンギン? まだ、眠っているの?)

ペンギンの思考が完全に消えゆく直前、柔らかく響く声に 自分の名を呼ばれたような、気が、した






"分からない。 どうして俺は1人なんだ。他の奴等はどこへ行った?"
次に目覚めた時もペンギンは1人だった。・・・いや、次に限らず、何度目覚めても一人きりだったのだが。
誰の姿も見えないし、どこへ行ったのかも分からない

おまけに、いくら探してみても ペンギンの居る四角い部屋には どこにも扉や窓がない

"どこなんだ。 この、白い部屋は"
やけにねっとりとした空気が纏い付く四角い部屋の中にはペンギン以外に人の気配は感じられない。
重い空気のせいなのか、ギシギシと軋む体で壁に沿って調べて廻っても そこは完全に閉鎖された空間だった
"参ったな。 探しに行こうにも外への出口がどこにもない"
途方に暮れるペンギンの耳に、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえてくる

(ペンギン。 ・・・早く・・・)

遠くから、微かに届く声に顔を上げて辺りを見回しても、声の主は見当たらない
掠れて途切れがちの言葉は ここではなく部屋の外からの呼び掛けだからかもしれなかった
だが姿を見せないその声には、応えてはいけないとペンギンは知っている
初めて声をはっきりと認識した時に 助けを呼ぼうとペンギンは声を出そうとしたのだ

"あれは、2度と経験したくないな"
声が呼ぶのが自分の名前だった事で油断した。
口を開き、大きく声を出そうとしてペンギンが喉を奮わせた瞬間、その異変は起こった

不自然に痙攣を始めた舌に気を取られて息を呑む
「・・・ぁ゛・・・?」
どうなったのかと手で確認しようとするのに腕自体も重く痺れていた
目を落としたペンギンは 細かく震える自分の手から、重力に耐えきれずに どろりと肉が落ちていくのを見て
驚愕に目を見開く

ぽとり、と
その手の平の上に白い何か落ちた

それが 閉じる事も出来ずに開いた自分の口から落ちた歯だと認識するかどうかのうちに、ずるりと何かが
抜け落ちる感覚を感じると同時に視界が暗転する
ぐずぐずと崩れていく自分の身を自覚したペンギンは 早い内に眼球が取れてくれた事を良かったと思いながら
体を支えるべき膝を失って床へと崩れ落ちた


不思議なのは 次に目を覚ました時に溶け落ちたはずの肉体がなんともなかったことだ
"夢・・・だったのか?"
自分の身に起こった事が理解出来ない
だが、その出来事は 声の呼び掛けに応える事は どこか暗い底知れない闇に引き摺り落とされる事を
意味するのだとペンギンに確信を与えた
"あの声は どれだけ耳に心地良い言葉を吐いても信用してはいけない"
声を掛け励まし合う相手のいないこの状態で、どこまでこの声の誘惑に抵抗出来るだろうか
それ以前に、ペンギンはこの部屋から抜け出す方法すら見つけられずにいるのに、だ。
"好む好まないに関わらず、どうにかして自力で脱出手段を見つけるしかないな"
そう、決めつつも いつものような自信が湧いてこない。
状況が分からない事がこんなに気を弱くさせるのかと考えて溜息を吐く
当分の間 1人で戦うしかないと覚悟を決めるのに、ペンギンにしては普段より少しばかり余分に時間を要した





(ペンギン。今日はいい天気だよ。外に出て日光浴でもしたくならない?)
だから ねぇ 早くと声が楽しそうに自分を誘う

だが、出てこいと呼び掛けられたところでペンギンには外に出る方法が分からないのだ
逆に言えば そのお陰でペンギンは助かっているとも言える。
外に出る方法を知っていれば、声に誘われて飛び出していたかもしれない
そのくらい、ペンギンに呼び掛ける声は楽しげに親しげに話し掛け、時にはひとりきりの状況に疲れたペンギンに
向かって優しく囁くのだ

"人間を堕とす時の悪魔の囁きとは こんな声かもしれないな"
そんな、埒もない事を考えてでもいなければ その声に応えてしまいそうだった
繰り返される呼び掛けは いつしかそれが懐かしいものだとペンギンを錯覚させるようになっていた。
自分は、この声に馴染んでいたのではないか・・・?

この部屋に来る前の記憶も曖昧なペンギンが そう考えてしまうのも不思議じゃないくらい、呼び掛ける声は
愛しそうに自分の名を呼ぶ

ひとりきりの部屋。
自分に唯一交信のある声の優しい囁きが無ければ気も狂いそうな程の孤独なのだ
声に名を呼ばれ、自分を思い遣る言葉を聞く度に、ペンギンは最初に経験した自らの体が溶けて崩れていくという
身の毛もよだつ体験を忘れてしまいそうになる

外に出ればこの声の主が自分を待っているのだろうか
それとも、外に出るやいなや自分の身はあの時のように消えて無くなるのだろうか

迷いが生じているのは、とある仮説を思いついたからだ

『声に応えて自分の体が崩れ去る事が この部屋から解放されるには必要な事象じゃないのか』
あの恐怖をもう1度体験してでも その仮説を確かめてみたい衝動が突き上げてくる
声の誘惑に負ける事が自分にとって悪い事なのか、すでにペンギンは客観的に判断できなくなっていた。
判断できずにいる事で辛うじて誘惑に打ち勝っている

ペンギンが いつまでも応えずにいるせいで 悪魔の囁きは誘惑の方針を変えたのか、その日、聞こえてきた声は
今まで聞いた事もないような悲しげな沈んだ音色だった

(ペンギン・・・ 俺の声、聞こえてる・・・よね?)
それまで、気候の事、ペンギンの体調の心配など常に明るく語っていた声が、打って変わって元気を失った
力のないものに変わっている
(聞こえてる、よね。 信じてるよ、ペンギン。誰が諦めたって 俺だけは絶対に諦めない)
語られる内容が理解の外ではあったが、声はひたすらペンギンを信じると訴えた
(だから、ね。 動けないなら、睫を震わせてくれるだけでもいいんだ。俺の声が聞こえてたら 何か合図を
送ってよ、ペンギン)
必死の響きを滲ませて、声はペンギンに応えて欲しいと懇願する
(みんな、"可哀想だが覚悟しろ" なんて言うんだ。意地悪だろ?)
こんなにペンギンは頑張ってるのに・・・と、力なく、本当に悲しげに声が呟く

ふ・・・っ、と ペンギンの手が温かくなった気がした
手の平に、他人の体温を感じるような、そんな温かさが伝わってくる

(誰が何と言っても諦めないよ。 ペンギン、何があっても・・・愛してる)
声の主はペンギンに聞こえていなくても構わないようだった
ただ、その声には涙が滲んでいるような、一種悲壮な音色でペンギンの耳に響いた

"この言葉は、こんな悲しい声では聞きたくない"

咄嗟に思ったのは もっともっと暖かい幸せそうな声のはずだという思いだった
その声を、自分は確かに知っている。
彼にはこんな悲しい声は似合わない。 いつも、いつでも明るい声で笑っていて欲しい

誰だ? 確かに、自分の側にはそういう人がいたはずだ
その思いに突き動かされて、ペンギンは痺れる舌で ただ1つの音を紡いでいた






「・・・きゃ、す、・・・っ、と・・・」

掠れた声で 押し出すように絞り出された音はキャスケットの名を呼んだ

弾かれたように顔を上げたキャスケットはそれまでぴくりとも動かなかったペンギンの唇が微かに動くのを見た
同時に、握り締めていた手が 微かに指先を震わせるのを感じる

「ペンギンっ!!」
キャスケットの声を聞き付けたクルーが船長と一緒に部屋に駆け込んでくる

「どうした、何か変化があったか?!」

「ペンギンが、名前を・・・っ」

そこから先は嗚咽に呑まれて声にならなかった
事故に巻き込まれたペンギンが意識不明の重体で隔離されたのは二週間も前の事だ
外傷はどうとでもなる。問題は強く打ち付けた頭の怪我で、一週間を過ぎても意識が戻らないのは
非常に危険な状態だと 医療に携わるキャスケットも知識として知っていた
――それが、既に二週間。
これ以上意識が戻らないのは危険だと誰もが分かっていて、それでも船長ならどうにかとキャスケットは
望みを捨てきれずに毎日ペンギンの傍に詰めていたのだ

「脳圧が下がってきてる。こいつは、言葉を発したんだな?」
船長の問い掛けに、涙で声にならないキャスケットは何度も頷いて肯定を告げる
「大丈夫だ。意識さえ戻れば心配する事はない。きっちり、元通りに治してやるから安心しろ」
船長の言う力強い言葉に、どっと安堵が押し寄せる
「・・・っ、ペンギン、・・・ペンギンっ、」
意味ある言葉なんて紡ぎ出せない、馬鹿みたいに名前ばかりを泣きながら繰り返すキャスケットの声に応えるように
それまでずっと閉じていたペンギンの瞼が ゆっくりと持ち上がった







 白い部屋




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