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SS置場6
学内恋愛 P


職員室で席を並べている同僚が "ヤバい、親にバレそうなんだけど"と青褪めているのを耳にしながら
今更だろうという思いにペンギンは片眉を上げた

バレて困るくらいなら最初から生徒に手なんか出さなければいいのだ。
何を好きこのんでまだまだ青臭い子供と恋愛なんて楽しむんだろうかと 密めた声で騒いでいる同僚を醒めた目で見る

(そのくらいのリスクは覚悟の上じゃないのか?)
おたおたと泣きそうな姿はとてもそんな風には見えない
どちらかといえばそのスリルを楽しんでいただけの、何の覚悟もない考えなしの遊びだったのだろう
世間に隠れての逢い引きや学校での自分達だけに通じる合図や目配せといった、くすぐったくなるような雰囲気を
楽しむだけの、軽い気持ちの"お付き合い"
本当にバレて社会的立場を失ってまで貫くつもりなんかない、単なる暇潰しでしか他ならない

自ら望んで道を踏み外したならうじうじと悩むのはやめろと思うのは間違いか?
こうして慌てて騒ぐのは後ろめたく思っている証拠じゃないかと脳内でくだを巻いてみても、所詮は他人事。
未だ騒いでいる同僚の声をあっさり聞き流してペンギンは席を立つ
ふぇ? と情けない顔で立ち上がったペンギンを見上げた同僚に「授業が始まる。ぐずぐずしてると遅れるぞ」
そう一言いい置いて、教材を抱えて一足先に職員室を出た



予鈴もとっくに鳴って、本鈴ももうすぐという時間になると流石に廊下に居る生徒の姿も少ない
あまり早くに教師が教室にいても嫌がられるものだと自分が生徒だった頃を思い出しながら教室に向かっていたペンギンは
ぱたぱたと廊下を走る足音の方向へと目と向けた

慌てた様子で駆けてくるのは これからペンギンが向かう教室の生徒だ
あまり遅刻のない生徒を珍しいなと思って見送る
これが他の、ノリの良い教師なら一緒に走り出して生徒と競争でもするところだ
体が大きい分負けるはずがないと思うところだが、存外、生徒の方が運動能力が高かったりするから侮れない
相手が運動部だったりするとあっさり負けてしまうだろうなと考えて、そういえば彼は何部だったかと考えを巡らせる
「センセー、おはよっ!」
笑顔で手を振ってペンギンの一足先に教室に駆け込んだ生徒が そういえばハンドボールだったかと思い出したところで、
丁度、授業開始を知らせる本鈴が鳴り響いた

慌てて席につく生徒に周囲から 「ギリギリじゃん、どうしたよ」 と声が上がっている
「ん、や、別に・・・」
言葉を濁しながら席に座ろうとした生徒の腹がもぞもぞと不自然に動くのが見え、なんだあれはとペンギンが
目を凝らした瞬間、

「にゃ〜〜」

場違いに暢気な可愛らしい声が響いて、がやがやと騒がしかった教室が静まり返った



「そんな先生!ちょっと待ってよ!」
溜息を吐いたペンギンが つかつかと彼の席へと近づく
当然のこと、彼は腹に隠した子猫を取り上げられると思っているのだろう、待って、ちょっと待ってと 意味もなく
闇雲に腕を振り回している
勿論そんな事でペンギンを止められるとは考えていないのだろうから 他にどうすることも出来ないと分かった上での
悪足掻きで周囲の生徒も笑って見ている
「分かっているだろうけど校内のペットの連れ込みは禁止だ、キャスケット」
「違うんだってば先生!こいつ学校に迷い込んでて、さっき溝にはまってたのを引き上げたところで・・・」
言われてみれば振り回している彼の手は爪の間が泥で汚れている
「見せてみろ」
首を竦めたキャスケットの服の間から顔を出したのはハンカチで拭いただけなのか まだ毛の湿った様子の小さな猫で、
どうやらこの生徒は自分の服の中に入れて暖めていたようだ
弱々しい程の小さな生き物が、にゃぁ、と澄んだ声を上げる
眉をハの字にして悲しそうに顔を歪めた生徒と、その子猫を見比べてペンギンは溜息を吐いた
「そのままじゃ風邪を引く。用務員室に預けてこい。あそこならドライヤーもあるし頼めば放課後まで面倒を
見てくれるだろうから」
「!!」
ペンギンの一言で、キャスケットが パァッと表情を変える
授業中だから早く戻って来いよと声を掛ける前に、これ以上ないくらい全開の笑顔で"先生ありがと!" という言葉を
残して彼は教室を飛び出していた
"廊下は走るな" という注意を追加するのは無粋かと言葉を切ってその後ろ姿を見送る
(まったく。 天真爛漫とは彼の為にあるような言葉だな)
考えるペンギンは知らずのうちに笑っている自分に気付いて教室に戻った
戻るまで待つことはないと教壇に着いて出席簿を開く
「出席をとる」
先にそう宣言して教室内の生徒の名前を全て呼び終える頃、ダッシュで戻ってきたらしいキャスケットが教室に駆け込んでくる
「早く席について。授業を始める」
はいっ!と小気味良いくらいの返事をしてガタガタと席につく生徒はまだ汚れた爪をしている
彼は正直に用務員室までの往復だけで戻ってきたらしい
鞄から教科書を取り出すキャスケットは 駆け込んで来た時には息を弾ませていたくせに既に普段と変わりなかった
心配能力が高いんだろう。部活で鍛えた成果か。ハンドボールは意外とハードな競技だからなと考えたところで頭が授業に
切り替わっていない事に気付いて僅かに眉根を寄せる
確かに彼はいつも朗らかで好感の持てる生徒だがだからといってペンギンは特定の生徒に目を掛けたりはしない主義だ
(・・・いや。 学校に猫なんか拾ってくるから気に留まっただけだ)
そう結論を出すと ペンギンは今度こそ授業内容に頭を切り換えた
「73頁を開いて。 次は実験の実習をするからこれから説明する実験内容を頭に入れておけよ」
ぱらぱらと教科書を捲る音をBGMに、黒板に向かって簡単な図解を書くべくチョークを握る頃には ペンギンは先程の疑問を
綺麗に忘れる事に成功していた




"先生、今日はありがとう"
キャスケットは帰る前に職員室に寄って挨拶をしていった
毛も乾き、ミルクでも貰ったのかキャスケットの腕の中に抱えられた子猫はすっかり安心しきった様子で眠っている
「野良猫だろう? 随分警戒心が薄いな。人に慣れてるのか・・・」
「えー・・・ 用務員さんは野良だって言ってたけどなぁ?怯えて、殆どずっと段ボールの隅っこに蹲ってたって聞いた」
それを聞いてペンギンはキャスケットの腕の中を覗き込んだ
だがやはり怯えて警戒しているはずの子猫は太平楽にすぴすぴと寝息を立ててお休み中だ
「緊張しすぎて疲れちゃったかな?」
ペンギンと一緒に子猫を見ていたキャスケットの声に視線を上げる
それと同時に 彼の方もペンギンの方へと顔を向けたらしい。
高校生にしても童顔な生徒の顔が目の前にあった

この生徒の顔が幼く見えるのは大きな目が原因かな、と頭のどこかで考えながら、ぼんやりと生徒の目を見つめる。
いつも物怖じせずに真っ直ぐに人の目を見つめるキャスケットは、あまりに近い距離に ぱちぱちと目を瞬かせた後、
うっすら目元を赤くして 戸惑ったように俯いた 
「・・・・。」
黙ってしまった生徒は 普段のおしゃべりな姿からは想像出来ない程 大人しく見える
「あ、の・・・ 早く連れて帰って家に馴染ませたいから・・・」
喉に引っ掛かったような声を押し出したような生徒の様子で ペンギンも見つめ過ぎた事に気付いて慌てて距離を取った
「猫も連れてることだし気をつけて帰れよ」
尤もらしく掛けたペンギンの言葉に頷いて職員室を出て行くキャスケットは やはり少し赤い顔で落ち着きがない
失礼します、と頭を下げて退室した生徒を席から見送っていたペンギンに、いけませんなぁと声が掛かる
振り向くと、声の主は中年の域に達しようという中堅の教師で、彼は何故か苦笑のようなものを浮かべている

「"セクハラ"は感心しませんな。 昨今、男子生徒といえど そういった締め付けは煩いですから」
「は!?」
何を言い出すのだ、この教師は。
だいたい、そんな風に考える方が心に疚しい事があるというものだ

流れるように頭に浮かんだ文句は相手が年上であるため口に出さずに飲み込んだ
というよりも、そんな穿った見方をされた事への驚きから 唖然としていたペンギンは文句の声も出なかったというのが
正しいかもしれない
何がセクハラだ。 さっきの行動のどこがそんな風に見える

「そんなわけないでしょう。何を考えているんですか」
至極真っ当なペンギンの反論(?)も 彼は別の意図に解釈したらしい
ほっほっほ、と妙に癇に触る笑い声を立てて、その教師は "照れない照れない。これ以上は何も言いませんよ" と
勝手に話を終わらせてしまう
だから違うというのに、と顔を顰めたペンギンは、もしかして先程キャスケットの態度が少しおかしかったのは
彼もそのように感じたのだろうかと心配が沸き起こる
あの素直な生徒に限ってまさかなと自分の考えを一蹴して、ペンギンも途中だった実験実習用のプリント作成作業に戻った






「猫の様子はどうだ?そろそろ家にも慣れたのか」
部活に向かう途中らしいキャスケットと方向が同じになったペンギンは数日前に彼が学校で拾った子猫を話題に出した
途端に その生徒は相好を崩して「もうすっかり親にも慣れて甘え倒してます!」と元気に報告してくれる
もともとキャスケットは物怖じしない性格だが あの日のペンギンの判断がいたく彼を感動させたらしく、他の教師よりも
ペンギンに懐いてくれたようだ
こうしてなんでも話してくるし、他の教師に対するよりも親しげな態度を見せる
今も、彼は センセー取り上げないでねと念押しして辺りを見回してからポケットに手を突っ込んだ
「ほら、見て」 とポケットから取り出したキャスケットの携帯画面は予想通り彼の新しい家族の写真で、がしがしと足に
噛み付いている子猫の後ろに写る鞄や何かからそこが彼の部屋だと推測される
「思ったより散らかってないんだな」
「ちょ、見るとこ違う!先生!」
つっこみつつ頬を膨らませるキャスケットはその頬が うっすら赤くなっている
ちょこちょこ寄ってきては色々話すのに、彼は時々 何かのツボに入った瞬間 こんな風に恥ずかしそうな風情に変わるのだ
それを可愛らしく思う自分は、それはもう "教師の視点" からの感想ではない
(・・・参った。 もしかすると、"迂闊で馬鹿な気の知れない奴等" の仲間入りをしてしまったかもしれない)
生徒を恋愛の対象にするなど気が知れないと思っていた自分が、どうしたわけか特定の生徒ばかりがやたらと
目について困るようになった
勿論遊びの輩も 許し難いことだが教師の中には居る
だが、そういう気持ちが理屈じゃないのだということが、遅まきながらペンギンにも分かってしまった
(教師だって人間だ。 自分の感情が全て理屈で割り切れるとは限らない)
ダメだと思っても制御できない感情はあるのだ
見るまいと思っても勝手に視界に飛び込んで、頭の中に息づいてしまう存在というものが、確かに世の中には
存在しているんだと、同じ立場になったペンギンも認めざるを得なかった

"自分で制御できないからこそ、それを恋と呼ぶ"

相手はまだガキじゃないかと考えていたペンギンだが、高校生だとて一個の人格。
きちんとした感情を持った、大人よりもずっと繊細な生き物だ
今まで教師という職に就いていながら これまでペンギンはその事を本当の意味で理解していなかったような気がして
最初こそショックを受けたペンギンだったが気付くのが遅れたが知らないままよりずっとマシだと開き直った
(それよりも・・・)
問題なのは、今まさに自分が気になって仕方のない相手が どうもペンギンの事を憎からず思っているような節がある事だ。
このまま接し続けていると、いつか自分が "生徒に手を出した教師" になる予感が強く、その時がくればどうしたものかと
目下ペンギンを悩ませている一番の懸念事項だった

(だが、そうなってみるのも悪くないと思う自分が居るのも事実)
学校のような人目を気にしないといけない場所以外で逢いたいと思うのだから、遠からず その日が来てしまうだろう

(そのかわりに、)
周囲からの目に、より傷付くのはあの子の方だろうから隠しはするが、もしバレた時は逃げも隠れもせずに責任を取る。
ひと一人の人生を背負うくらいのつもりで この恋に挑もう
(教師と生徒。さらには同じ性別を持つ身だ。普通よりも荊の道を選ばせるのだから当然の事だ)
彼の事を考えるだけで気分が上向きになってしまうペンギンは、生徒との恋愛が世間に露見しても みっともなく
慌てる輩にはならないだろう
『道を外れさせる分、それ以上に幸せにしてやる』
そう決意を固めているペンギンの横顔を 、渦中の生徒であるキャスケットが見惚れるように眺めて"かっこいいなぁ"と
こっそり感嘆の息を漏らしていた








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