[通常モード] [URL送信]

SS置場6
赤い糸〜前編 〔頂き物〕 E

それはふとした出来心からだった。


「なぁ、ミミズクって好きな人とかいないの?」


ありふれた、ごくごく普通の質問。
会社の昼休み、近場にある牛丼屋でオレは割り箸を割りながら、隣の席に座って牛丼を食っているミミズクに、何気なくそう尋ねてみた。
ミミズクは何時もの無表情で、食べる手を止めて言った。



「…オレは誰も好きにはなれない。」

「へぇ。」


予想はしていたけど、ここは喜ぶべきか否か。
複雑な気持ちになるなか、パキッと軽快な音を立てて割り箸が割れた。



「お前以外。」

「へ………………え?」



一瞬、聞き間違いかと思った。
視線が完全に自分の牛丼に移っていたオレは、再びミミズクを見た。
すると、ミミズクはそんなオレを一瞥してから、ゆっくりと箸を置きつつ言った。



「シャチ、お前が好きだ。」



淡々とした、低いバリトンの声。
騒がしい店内でも、はっきりとオレの耳に届いたその言葉。
これは夢だろうか。
あまりにもミミズクのことを思いすぎて幻聴まで聞こえるようになったのだろうか。
心の中は、諦め半分、この機会を逃したくないという気持ちが半分。
けれど、思考とは別にオレ達の間におりた沈黙に促されるかのように、オレは、



「オレもミミズクが好き。」


と、実に一年間の片思いに終止符を打ったのだった。





 赤い糸















カタカタ、とキーボードを打つ音がだだっ広い部屋に響く。
それは鳴り止むことはないのではないかというくらいに、やけに耳にこびりつくような音。
キーボードを打つ、その細い指の持ち主はオレを一瞥して言った。



「何か言うことはあるか、シャチ。」



いかにも、機嫌が悪そうな声に叱られる前から肩がビクっと跳ねた。
や、ヤバイ、めちゃ怒ってるよ…!
どうしよ、あまりの恐怖に涙が出そう…!


「も、も、もも申し訳ありませんでしたぁぁぁぁっ!!」


スライディング土下座で、上司であるトラファルガー・ローこと、キャプテンに全力で謝る。
体裁?プライド?
そんなものはとっくの昔にどこかに行った。


「これで何回目だ。お前がミスする度に職場全員に迷惑がかかる。それをわかってるのか、シャチ。」


床に頭をつけながら、オレは何も言えずに唇を噛み締めた。
オレは昔からドジで、簡単な仕事でもミスが多い。
タイピングミスは当たり前、フォルダーの編集ミス、コピーミスなど数えきれないミスを既に日常茶飯事となっている。
今回は本社に届けるはずの書類を間違って、違う会社に送ってしまった。
書類の送還ミスなど、会社に入ったばかりの奴がやるようなミスだ。
今回の書類はそう重要ではなかったから、良かったものの、これが極秘書類だったらと思うとまさに寿命が縮まる思いだ。
頭の中で、今頃職場の同僚達が必死でオレのミスをカバーしてくれていたのを思い浮かべ、オレはますます申し訳なくなる。
あぁ、どうしてオレはこうなんだろう。



「…もういい、シャチ。早く仕事場に戻れ。」

「…はい。」



オレの土下座姿を何回も目にしてきたキャプテンは、見苦しく思ったのだろう、結局はまともに顔を見なかった。
一度やってしまったことは、もう戻せない。
ここでオレがいくら謝ろうと、それはもう貴重な時間を無駄に消費するだけ。
自分のドジさが情けなくて、情けなくて仕方ない。
オレはゆっくりと立ち上がってキャプテンの部屋を出ようとした。
ドアノブに手をかけた時、キャプテンは言った。



「使い者にならない奴は、切り捨てる。」


オレは振り向いてキャプテンを見た。
キャプテンも、いつの間にかタイピングする手を止めてオレを見ていた。
部屋にあの音は聞こえない。



「お前も散々それを見てきたはずだ。」




息が詰まったような苦しさを感じた。
頭がグルグルする。
オレは言葉を返せず、硬直した体を必死に動かしてキャプテンに一礼して部屋を出た。
廊下には誰もいない。
ポツンと一人で立ち尽くす、オレ。



「…はぁ。」



溜め息の音が静かに響く。
もうオレはミスをすることを許されない。
もしすればそれは─。



「あ、いたいた!シャチ!」
 


ふいにオレを呼ぶ声がして、見れば、向こうからペンギンがバタバタと駆けてくる。
シワの目立つペンギンのスーツ。
きっと泊まりで仕事をしていたのだろう。
親友であるこいつは、仕事が出来るから羨ましい。
他はダメダメだけど、今はペンギンが羨ましくて仕方ない。
何故かペンギンに話しかけるのが戸惑われて、オレは黙ってペンギンが来るのを待った。



「…うわー、どんよりしてんなぁ。」

「るっせ。」



本当はオレのミスで更に仕事を増やしてしまったペンギンに、謝らなきゃいけないのだろうが、つい憎まれ口を言ってしまう。
そんな自分がオレは大嫌いだ。
オレが悪いのについ当たってしまう。
けれど、そんなオレに慣れているのかペンギンはいつも通りの調子だった。


「今のお前に何を言っても無駄だから、言わないけどよ。今度飲みに行った時にでも慰めてやる。」

「お願いする…。もうオレ消えたい。」



今はもうその上から目線をツッコミをいれる気力すらない。



「…予想以上のダメージだな。ま、とにかく早く仕事場に来いよ。」

「申し訳なさすぎて、入りたくない。」

「は?今更だろ。今まで何回ミスしてきたんだよ。」

「鬼っ!」


思わずそう言うと馬鹿かと言って叩かれた。
地味に痛い。


「お前が来なきゃ、誰があいつをどうにかするってんだよ。」

「あいつ…?」


叩かれた頭を抑えつつ、“あいつ”が誰かわからないオレはそう聞いた。
ペンギンはやれやれと首を降って、オレの腕を掴むとエレベーターの方へと歩き出した。


「ちょっ!」

「あいつってったら、お前の恋人しかいねぇだろうがっ!毎回毎回、出張から帰るたんびにくそ重苦しい空気を作りやがって!
空気に押しつぶされそうだよ、オレ達はっ!」



ガルル、と犬のように今にも唸りそうなペンギンに気圧されつつ、あぁ、とオレは理解する。
ミミズクが帰って来ているのだ。
ミミズクはオレの恋人で、もう一年も付き合っている。
ちなみに、オレ達が恋人であるのを知っているのはペンギンくらいだ。
オレより後に入社したものの、オレよりずっと能力のあるミミズクはキャプテンからの信頼も厚く、よく出張をしていてあまり会社にいない。
そんなミミズクが…!
トクン、と心臓が一際大きく鼓動し、嬉しくなるが、先ほどのキャプテンに叱られた事が思い出されると、ペンギンにミミズクの事を
聞けるような気にはならなかった。
エレベーター前に着くと、オレの腕をまるでゴミでも捨てるかのように乱暴に離し、エレベーターのボタンを押した。
エレベーターの上の壁にある、1から30まである数字には、5のランプだけが赤く光っていて、まだエレベーターが来そうにはない。


「ったく、毎度勘弁しろっての。あの無表情を見る度に、苛々するぜ…。」


ペンギンはミミズクが嫌いだ。
なんでかは知らないが、ペンギン曰わく、“仕事が出来る奴は敵。”なんだそうだ。
けれどそれだけでは無いのだろう。
ミミズクは無表情で無口だ。
あと、協調性もない。
そのせいでよく、陰口を叩かれている。
ミミズクのことをよく知らないくせにと、聞く度に苛々するが下手に喧嘩してかかるとややこしくなるので、ぐっと我慢している。
ミミズクもそれを知っている。
だから、一生懸命直そうとしているがまだまだ駄目なようだ。
ちなみに、ペンギンはミミズクをライバルとみなして嫌っているだけだからまだマシな方。



「お前がキャプテンに呼びだされて三秒もしないうちに、帰ってきたんだ。何か見計らったかのように、見頃なタイミングだったぞ。」

「…そう。」 
 

どうやら、ミミズクとすれ違ったようだ。
でも、そっちの方が良かった。
あんな死刑囚みたいな顔を見られなくて。
仕事が出来ないオレとしちゃ、ミミズクだけには弱気なところを見せたくない。
でなきゃ、ミミズクにますます釣り合わなくなる。
そう思うと自然に手をキツく握りしめていた。
ミミズクに会ったらいつものように笑顔で出迎えよう。
大丈夫、きっとミミズクの前でなら笑えるさ。


「お、来た来た。」


チン、と軽い音がし、エレベーターのドアが開いた。


「お。」

「あ。」

「…。」



エレベーターの中には、ミミズクだけが乗っていた。
実に一週間ぶりの再会。
ミミズクは相変わらず、無表情だけど。
急いでいたのかな、まだ出張用のコートを羽織っていて、その銀色の髪は少し乱れている。
そんなことを思いつつ、久しぶりに会ったミミズクへの愛しさがこみ上げてきてオレは無理やり口角を上げた。



「おかえり、ミミズク。」

「お前、なんで今頃来てんだよ。オレが行けって言っても行かなかったくせに。」



ミミズクは何も言わずにエレベーターをおりた。
慌ててペンギンはドアが閉まらないうちにエレベーターに入りこみ、一瞬オレを見て何かを悟ったのか、そのまま静かに
ドアが閉まるままになった。
エレベーターの前にはオレとミミズクの二人きり。
どうしよう、会えて凄い嬉しいのに、ミミズクに抱きつきたいのに、なんでかな。



「シャチ。」


なんだか、辛い。
あれだけ会いたかった人なのに。
オレの名を呼ぶその声には、まるで愛しさを全てこめたような響きにさえ、オレの心は悲鳴を上げる。
ミミズクがそんなオレに、一歩近づいて、すっと手を伸ばしてオレの右の頬を小さく撫でた。
オレの頬をすっぽり包んでしまう大きな手から伝わる温もりは、まるでオレの心を慰めるようで、


「お前はそれで笑っているつもりか。」

「!」


つい、無理やりあげていた口角が下がる。
恥ずかしいなぁ。
やっぱり、無理に笑ってたの解ったんだ。
弁解の言葉のかわりに、涙がポロリと目から零れた。
ポロリ、ポロリと次々と涙がこみ上げては頬に流れる。
勿論、ミミズクの手にも涙が伝う。


「ご、ごめ、ミミズク…!なんで、オレ泣い…!」

「…。」
 

うまく言葉が出てこない。
言葉が喉につっかえて出てこないよ。


「シャチ。」


また、オレの名を呼んで片手でオレの腰を掴んで引き寄せてオレの肩に顔をうずめた。
右頬にはまだ手が添えられたままだ。
耳元で呟くように、突然の抱擁に戸惑うオレに言った。



「弁当食べた。いつの間にか入ってたから驚いた。」

「…まずかったっしょ?」


ミミズクの服から香る匂いと、服越しに伝わるミミズクの温もりに体がリラックスするのを感じながら、鼻声でそう言うと、首を降られた。
はは、ですよねー。
オレ、初めて料理の本買って、初めて見よう見まねでお弁当を作ってみたけど、あれはひどかった。
徹夜したけどなかなか完成しなくて、でも食べて欲しかったから味見もしないで、こっそりミミズクの鞄に入れたけど。
後で、残ったやつ食べたら、いつもミミズクに作って貰ってる料理にはかけ離れた味だったし。
けど、なんでそんな話を…。



「あと、キットカットがあった。」

「メッセージ読んだ?」

「その場にいた他の同僚に読まれた。」

「なにそれ、恥ずかしっ!」



かぁ、と顔に熱が集まるのを感じながら、それを隠すようにミミズクの胸元に額を当てて俯いた。
あのキットカットは開けると蓋の所にメッセージを書けるチョコレート菓子で、試しに書いてみたのだ。
確か、凄い恥ずかしいことを書いたような…。



「…ごめん。」

「構わない。」



ミミズクはそう言うが、あれを他人に読まれて恥ずかしくないわけがない。
オレだったら、あまりの恥ずかしさに死ねる。


「ただ、」

「ただ?」

「どうせなら、お前の口から聞きたかった。携帯にメールか電話をしようとしたら、つながらなかった。家の電話もそうだった。」


少し咎めるような口調。
だが、それ以上にミミズクがこれだけ長い言葉を話したことが驚きだった。
あ、でも今はそれどころじゃない。


「…実は支払い済ませてません…。」

「…また金欠か。」

「う、ごめん、ごめんなさい。今月はオレが電話代を支払う番なのに。」


オレ達は同棲していて、1ヶ月ごとに交代制で生活費を払っている。
もちろん、携帯とかそういう私物なんかは自分で払っている。
金欠なのは、実はミミズクには少しでも良い物を食べて欲しくて、弁当には高い食材を使ったのだ。
玉ねぎ一玉、200円とか…。
口が裂けてもそんな事は言えない。
言えば、ミミズクはきっとオレに謝るだろうから。
オレは別にそんな謝罪の言葉を聞きたかったわけじゃない。
ただ、ミミズクに喜んで欲しいだけなんだ。



「無理ばっかりするな、シャチ。」



ミミズクは沈黙を何か勘違いしたみたいだ。 



「無理…?それってやっぱ、オレがミミズクに釣り合わないってこと?」



思わずこぼしてしまった。
一瞬遅れて、しまったと思った。
けれど、もうミミズクの耳に届いてしまった。
肩からミミズクの重みが去り、オレが顔を見上げるとミミズクと視線がばっちりとあった。
ミミズクの顔には無表情なんか無い。
代わりにあるのは、



「いま、…今なんて言った…?」



今にも泣きそうな、辛そうな顔。
初めてだった。
ミミズクの表情が変わるのを見たのは。
ミミズクは表情が変わっているのに気づいていない。
だから、それだけ自分が馬鹿な発言をしたのかと思うと、体から急に血の気が去ったような、温かみを失ったような気がした。
後悔した。
今のは言ってはいけない言葉だったんだ。



「違う、違うんだ!ミミズク、オレはっ!」



オレはぎゅっとミミズクの体を抱きしめた。
これで少しでもミミズクに誤解だと解って欲しかった、伝わって欲しかった。
けれど、オレの背にあの優しい手は回っては来なかった。



「オレ、いつもドジしてばっかで…さっきもそれで、キャプテンに次したらクビだって言われたし…!頑張っても、頑張っても
ミミズクみたいに上手くいかなくて…!」



声が震える。
掠れてる。
どんどん小さくなる。
また涙が溢れてくる。


「お願いだよ、ミミズク。こんなオレを……嫌いにならないで…。」



これは祈りにも似た言葉。
女みたいな言葉。
未練がましい言葉。
そんなこと知ってる。
けれど、今まで言えなかった言葉だ。
なんの取り柄もなく、ミスばかりするオレを、いつかミミズクが呆れて別れてくれって言われるのが嫌だったから。
少しでも、オレがデキる所を見せたかった。
弱音も吐きたくなくて、無理して笑った。
ミミズクもオレが無理をしているのを知知っている。
けれど、まさかそんな事だとは思ってはいなかっただけだ。
そう、きっとそう。
だから、抱きしめ返してくれないだけ…




「シャチ、お前…。」


戸惑ったような声に、ビクリと肩が跳ねた。
どうしよう、完全に引かれたかな?
聞きたくない、怖い。
ますますミミズクを抱きしめる力を強くすると、ポン、と頭に手を置かれた。



「オレは無口だ。動かしたくとも、顔の表情は変わらない。“鉄仮面”とあだ名がついたくらいだ。あと、人見知りだ。
ろくに趣味も無い。だから、お前は退屈だろうと、いつも不安だった。お前が落ち込んだりしていても、周りのように
上手く慰められない。お前が無理をしていると気づいた時、どうしたらいいか解らなくなった。自分をどうこうする代わりに、
真っ先に浮かんだ考えは……どうしたら、お前がオレの側にいてくれるかだった。」



卑怯だろ、とミミズクは呟いた。
卑怯なんて思うわけがない。
オレは違うと首を振るが、ミミズクは続けて言った。


「自分でも、何でこんなに嫌な奴なんだろうといつも思う。だが、これだけは知っていてくれ。」


ミミズクがオレを抱きしめて、囁いた。


「愛してる。」








 

PIXIVユーザーのユー様より、初お気に入りユーザー記念のリクエスト作品をいただきました!ありがとうございます!
リクエスト内容は 連載中のオリキャラとシャチで社会人パロ。リーマンパロでお願いしました! その際に、
連載ではくっついていないので出来上がってる設定がいいと我が侭を言ったのですが快く承知下さいました。
オリキャラxシャチです。前後編(後編は後日UPします) 後編の前に補足です。ドレホとキッド←ロー設定
(シャチはホーキンスを女だと勘違いしています) 他にドフィ・ヴェルゴとローの間に親子関係がありますので
地雷の方はご注意下さい。後編はPIXIV公開済ですので気になる方は先にそちらでご覧下さい^^  2012.11.27


[*前へ]

100/100ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!