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SS置場1
拍手ログ お祭り



「え?これから?船へ?・・でも、この後一緒に祭りに行くんだろ?」
表通りを一人 ぶらぶらしていた若い船員(明らかにここの住人でもなく旅行者風でもなかったので
そう見当を付けたのだが、見事当たったらしい)に声をかけ、ベストスポットを案内してやるよ、と
今夜の祭りへ一緒に出かけようという約束を取り付けた男は、それまでの時間つぶしに、と
あちこち島を案内して歩き、元々警戒心の薄かった船員とすっかり仲良くなった矢先に、自船へと
誘いを受けて戸惑った
「このまま祭りに繰り出すんじゃなかったのかい?」
「うん、行くよ!夜が楽しみだね」
にこにこと自分を見上げる船員には何の邪気もない
なのに、何故船に寄るというのだろう
「何か忘れ物でもしたのか?」
まさか船に連れ込まれた途端身ぐるみ剥がれたりしないだろうな
でも、こんな素直そうな男がそんな汚い事をするとは思えない
ならば一体何の為に船に戻るのか?
いくら考えても思いつかず、首を傾げる男を連れて、その若い船員は港へと向かっている
「だって――俺、お昼もご馳走になっちゃったじゃん?うちじゃそうやってお世話になった相手は
船に連れてきておもてなしする事になってんだ」
夜まで時間があるから、うちのコックの作るケーキでゆっくりお茶でもしてようよ、とにっこり笑う
そんな決まり事がある船なんて聞いた事が無かったが、せっかく引っかけた相手をみすみす
逃す手はないか、と男は素直に船まで連れられて行く事にした
(どうも、この船員はナンパされたという実感はないみたいだが。)
それでもこのゆるさからして、夜の祭りにさえ連れ出せば あとは押せばどうにでも流されて
くれそうだ、とこの後の事を思って男はにやにやと相好を崩した

「あれが、俺の船だよ」
指さされた先には大きな船―――いや、あれは。もしかすると海賊船ではないだろうか。
「・・・・あれが?」
あんた、海賊なの? と尋ねかけた男は、その船からどうにもこうにも居心地の悪い視線を
感じたような気がして口をつぐんだ
いや、自分の・・・気のせいか?
「ほら、早く!」
考えにふけるあまり足の速度が緩んだ男の手を、その船員が掴んでひっぱる
途端、ぞくりとする程のキツイ視線を複数浴びて、男は肩を竦ませた
キャスケットと名乗ったこの船員は、その視線には全く気づいていない
(あの船には、足を踏み入れない方がいい気がする)
なぜだか悪い予感に背筋が凍るような気持ちで男は船に行くのを躊躇った
だが、嬉しそうに手を引くキャスケットにはどうにも逆らい難い
結局――その5分後には、男はその船のラウンジで、さらに居心地の悪い思いをしながら
お茶とケーキをなんとか喉へと流し込む事になる


「あれ・・・甘いもの、苦手だった?」
キャスケットから声を掛けられた男は、そんなことないよ!と慌てて目の前に出されたケーキを頬ぼり、
その強烈な味付けに目を白黒させて喉を詰まらせた
「ぶ、ぶほっ」
(なんだ、この歯茎が痙攣するほどの甘さは!)
おそらく、男に饗されたケーキは通常のレシピの10倍は砂糖が入っているのではないだろうか。
「大丈夫っ?」
背中をさすってくれるキャスケットの行動に、背中に突き刺さる視線が更に鋭くなったのは
気のせいなんかじゃない、絶対気のせいじゃない!
「だ、大丈夫・・・だから!」
その手を断って、飲み物で流し込もうと、男はカップに注がれ先ほどから良い芳香を放っている
紅茶をぐびりと呷った。
途端、口に含んだソレを噴き出しそうになったのを根性で胃に収める
たぶん完全に涙目になっているとは思うが、それでも目の前で心配そうに覗き込むキャスケットの顔に
口中のたっぷりと塩の入った紅茶と極甘ケーキを噴きかけるよりはマシだと思えた
そんな事をしたら自分はもう生きてこの島の土を踏めないのではないだろうか
「あの、ほんとに、大丈夫?」
苦手だったら無理せず残してくれていいから、と気遣う目の前の船員は本当に人が良いのだろう、とは思う。
その分を補って余りあるほど周りの船員が性格が悪そうだが。
このまま言葉通り残して、具合が悪くなったから、と船を下りたら見逃してもらえるだろうか
だが、背といわず頭と言わず、全身に突き刺さる視線が "目の前のソレを全部飲み下せ" と
無言の圧力を加えているように思えるのは気のせいか。
(これを全部食したら、仮病を装わなくてもいいようになっているんじゃないだろうか)
たらたらと、冷や汗を流しながら、男は一刻も早くここを五体満足な体で出たい、と心の底から願った

「喉に詰めたんじゃないのか。・・・水を、どうぞ?」
奥からなみなみと水の入ったコップを持って、愛想笑いを浮かべてやってくるドレッドヘアの船員。
だが、キャスケットに背を向けた彼の眼光は鋭く、にこりともしていない。
恐る恐るコップを受け取った途端、その目がにやりと笑うのを見て、
これも何か恐ろしいシロモノなんだろうと背筋が凍った
中の液体が零れそうなくらいに自分の手が震えている
「なんだ、震えているな。どこか具合でも悪いのか」
とさらに現れた人物の言葉に縋り付こうとした男は、その人物を見上げて声も出ないほどの
恐怖を感じて真っ青な顔を横に振るしか無かった
「船長」
キャスケットが船長と呼んだその人物からの、先ほどのドレッドの船員と比較にならない程の冷たい目線と威圧感。
それはそう簡単にはここから帰さない、と宣告している
「平気か?」 と言葉でだけ尋ねて、この船の船長は同じテーブルに腰を下ろしてしまった
それで、今日はどこへ行ったんだ、と表面上にこやかにキャスケットに話を振っている
表面上だけでも穏やかな空気に 少しほっと肩の力を抜いた男は、にこにこと楽しそうに答えた
キャスケットの返事に凍り付いた
「この島の見所も行ったけど、隠れた名所だとか、いろいろ連れてってもらいましたよ。流石に地の人らしくて
すっごく雰囲気いい所ばかり知ってて!俺が女の子だったら絶対流されちゃってましたよ〜」
席に着いた船長の前に珈琲を給しに来た背の高い男も、珈琲を置いたまま船長の後ろに控えている。
帽子の奥に隠れた目が底光りしているように思えてなるべく視界に入れないようにと目を逸らせた
急激に部屋の温度が下がった気がして男はぶるりと身を震わせる。
「・・・よかったな」
その珈琲に口をつけて、低い声でそう答えて笑顔を浮かべた船長らしき男の目がちっとも笑っていない事が
さらに恐ろしさを煽る
(なんで、なんでこの部屋の異様な空気に気付かないんだ、この男は!)
助けてくれ、と目で訴えようにも、キャスケットの顔を見るだけで刺さる視線の温度が低くなるのだ
も、もうダメだ・・・
進退窮まった男は、覚悟を決めると ぎゅっと目を閉じて目の前のコップに入った水を飲み干した




即効性の下剤を仕込んだ水を飲み干した男は、5分もたたないうちに這々の体で船から逃げ出した
あの怯えようでは船が島を出るまでは家に籠もって一歩も出ない事だろう
やれやれ、とカップや皿を片付けながら、ペンギンは
大丈夫かなぁと去っていった男を心配するキャスケットの頭の上に ぽん、と手を置いた
「大丈夫じゃないようなら船長が特別に調合した薬を届ける」
何気なく放たれた言葉は深読みできるような意味ありげな含みを持っている
「残念だったな。 祭は船のみんなで行こう」
キャスケットに声を掛けるローも今度は本当ににこやかな笑みを浮かべている
自分達が過保護だからキャスケットが緩いのか、それとも両方の相乗効果なのか――
何度同じ事が繰り返されてもキャスケットは裏で行われている細かな嫌がらせには全く気付かない
だからこそ、ああいうのに引っ掛かりやすいのかもしれないが
少しはそっちの意味での警戒心というものを持つまでは目が離せない

島につくたびに、目を光らせる船員達は、キャスケットがどんなに見込みのあるヤツを連れてきても
けして認めないだろう自分たちを薄々自覚しながらも、これからも自分達が護ってやらなければ、と
新たに決意を固めるのだった









とりあえずめちゃくちゃ緩いキャスケットとそれをやきもき見守る船員達を書きたかっただけ。 ホントはもっとナンパ男を
いじめたかった← ・・・が、まぁ、ナンパしただけであんまり厳しいお仕置き(?)も変だよね、と自重。!


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あきゅろす。
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