戦国BASARA
【佐政】暖色と寒色と
(戦国)
「ねぇ、竜の旦那?」
「Ah-han?」
奥州筆頭の伊達政宗の前で、こうもくつろげるのは彼ぐらいだろう。
本来ならば、武田(現在は真田というべきか)の忍びである彼が、ここにいることなど到底有り得ないのだ。
けれど竜の威光の前に臆することもなく、佐助は毎晩のように政宗に会いに奥州を訪れていた。
また政宗も、佐助に首をとられるなどとは考えもしていないだろう。
それほどまでの、国を越えた奇妙な信頼関係が二人の間にはあったのである。
「・・・俺様、アンタのこと嫌いだって前に言ったよね?」
佐助が伊達領の縁側で、空に浮かぶ月を眺めながらそう呟く。
政宗は自室の布団の中で上体だけを起こし、襖ごしの彼の言葉に頷いて見せた。
それを察したのかは知らないが、佐助は歌うようにこう続けた。
「あれさ、忘れてくんない?」
「No」
明るく言い放った佐助とは対象に、政宗からはひどく不機嫌な声音でそう答えられる。
そんなつれない態度の政宗に動じることもなく、佐助は笑いながら次の言葉を告げた。
「お願いだって、一生のお願い」
「・・・・・・随分とcheapなんだな、お前の一生は」
「当たり前でしょ、俺様はただの忍びなんだからさ」
襖ごしにも関わらず、ひどく哀愁の漂った空気が政宗まで届いた。
確かに彼はただの忍び、自分は一国を担う主に他ならない。
ただいつも余裕面の彼には見られない、そんな一面に少しだけ困惑を覚えてしまっただけ。
一方佐助は、自嘲じみた笑みを浮かべて丸い月を眺めていた。
本当に、薄いながらも障子紙が自分たちを遮っていて助かった。
こんな情けない顔は、あの竜に見せられるわけにはいかないから。
「・・・・・・なぁ、言いたいことがある」
「・・・奇遇だね、俺様もあるよ?独眼竜」
「OK、だが忍びの戯言は後回しにしな」
「いいよ、俺様の言葉で全部終わらせてあげる」
軽い音をたてて、二人を隔てていた襖が開かれる。
それでも、二人を引き裂く障壁はけしてなくなりはしない。
寝巻き姿の政宗が、縁側に座り込む佐助の隣にゆっくりと腰掛けた。
政宗の瞳が、月光の眩しさに緩く閉じられる。
佐助はただ、神秘的とも言える竜の瞳を見つめていた。
そこには焦燥と後悔と、漠然とした恐怖が満ち満ちていて、佐助の心は否応なしに締めつける。
そもそも忍びに心なんていらないし、必要とされなかったのだ。
なのにこの人外の美貌の前じゃ、俺様の理性ももたないんだよね。
若いって怖いね、独眼竜。
過去に思いを馳せている内に、政宗の綺麗な形をした唇が静かに息を吸いこんだ。
それは長いようで短く、あるようでない時間。
「・・・来世で、もし会えたらさ」
政宗の声が柄にもなく震えていて、佐助の心は激しく揺さぶられた。
こんなの俺様じゃないし、こんなの嫌なのにおかしいなぁ。
見てはいけない、と思いながらも竜をちらりと見た佐助はついに言葉を失ってしまう。
「今度は、愛してくれるよな・・・?」
月光に照らされながら、涙で濡れた瞳で一心に己を見つめる美しい蒼穹の竜。
嗚咽が溢れそうになるのを必死でこらえ、政宗は初めて佐助に優しい笑顔を見せた。
これが最後なんだと、理解しているから、ただただつらい。
政宗の心をただ一つ、恋情だけが締めつけ血が流れた。
佐助の口元から、小さな吐息が漏れ出る。
「・・・・・・嫌いじゃなくて、アンタなんか大嫌いなんだよ」
「Ha・・・よく、分かってる」
自嘲じみた笑みを浮かべる政宗を、佐助は直視することができない。
どうしてこの竜は、何時もこんなにも己の心を掻き回す?
忍びであり、佐助である己に心なんていらないはずなのに。
そう何度言ったら分かるの、この男は。
佐助はこの先の自分の末路を改めて思い直し、そっと今まで固執していた何かを諦めた。
「ほんと、アンタは何なんだ?」
上っ面だけの減らず口で、鱗のない竜の傷を抉る。
政宗の身体は佐助の言葉一つで、今にも壊されてしまいそうだった。
だけど今佐助にあったのは、この竜を愛しいと感じる心のみ。
佐助は不器用な己に苦笑しながら、微笑んで竜の傷に触れる。
「来世でも、アンタだけには会いたくないね」
「・・・っ、そうかよ」
一瞬にして傷ついた表情を見せた政宗に、すぐに笑みが戻る。
こんなしおらしい彼も、全くもって珍しいと思えるほどに自虐的な笑顔だった。
そんな彼に、佐助は佐助としての戯言を伝える。
それは初めて彼が使う、佐助としての慕情。
「・・・これ以上、アンタに心を掻き回されんのは御免だ」
政宗の隻眼から、涙の粒が止めどなくこぼれ落ちる。
竜の瞳はきっと清廉な泉なんだね、政宗。
その麗しい月の雫を、佐助は赤い舌先で舐めとった。
「泣くなよ・・・俺様をこれ以上、虜にしてどうすんのさ?」
「・・・・・・お前、は・・・俺のこと、大嫌いなんだろ・・・?!」
切なげに呟いた佐助の言葉が、政宗の憤りに火をつける。
何故己が、これほどまでにこんな男に翻弄されねばならないのか。
政宗にとってこれは、耐え難い苦痛で悲痛で辱しめである。
それなのに、どうしてまだ自分は彼を恋しくて愛しくて仕方がないのだろうか。
ぐちゃぐちゃの頭で、崩れた顔で、支離滅裂な思考回路で言葉を吐き出す。
「優しくすんじゃねェッ、ふざけんなこのバカ猿・・・っ!!」
溢れかえる愛しさと、強い強い憎しみ。
激しい感情を抑えきれずにいる政宗を、佐助の腕が緩やかに抱きとめた。
それは二人の傷を一度に癒すような、優しくて柔らかく、そして儚すぎる抱擁だった。
「うん、俺は猿飛佐助だよ・・・政宗」
政宗の瞳から、今日一番大きな光の粒が頬を伝う。
真珠のようなその雫が、そっと竜の心の源泉に還る。
政宗が緩く頭をふって、そっと頭上の佐助の顔を見上げる。
期待してもいいのか、すがってもいいのか。
その懇願するような視線に気づいた佐助は、いつもみたいにヘラリと笑った。
「アンタだって、伊達政宗なんだろ?」
恐ろしいほど、裏のないその言葉。
そう、彼は猿飛佐助で、自分は伊達政宗で。
忍びや領主、猿や竜などはただの肩書きにすぎない。
来世とか過去とかじゃなくて、今、彼が好きだからつらいのだ。
佐助の影の部分が、政宗の光によってかき消されるように。
政宗もまた、佐助の光によって救われるのも運命。
竜でも忍びでもお前でもアンタでもなくて、彼によって引きずりあげられた魂。
政宗の瞳にも、いつものように鋭い眼光が戻る。
「Ha・・・相変わらずcrazyな野郎だぜ」
「まーひどい、そんな俺様が好きなクセに」
「Shit!黙りやがれ、佐助」
初めて彼が俺を見てくれた日。
それを知るのは、今まさに沈むお月様だけ。
そうして二人を照らす陽は、来世でなく今世に昇る。
二つの御魂の前に、もう種族の壁は存在しない。
優しいお月様が、何も言わずに微笑んでいた。
お粗末様でした。
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