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◆絢爛伏魔の聚楽

秀次+佐紀+α

秀次事件のうんぬんかんぬん

※謎の多い事件なのに凄まじくファンタジーな顛末にしてしまった

前々から台詞に登場させていましたが、如何せん学習不足が目立ちます。




「‥先頃は上人を招いて歌会を催されたとか。藤原星窩殿に学問の教えを請い、領国の治世の評判も芳しいと聞き及んでおります。斯様な優れたる御方なれば、豊家も安泰でしょう」

空に近い大坂城天守の一部屋。

前田利家は律儀に頭を下げた。

その先で彼に背を向けたまま、眼下の景観を望み佇む男は、しばし黙っていたが、不意に肩を震わせて笑い出した。

「はは、お前は本当に真面目だな。昔馴染みの又左にそんな口を利かれると背が痒くなる」

「されど、太閤殿下」

「今ここには佐紀の他に余人はおらん。この場まで肩肘を張らないでくれ。秀吉と利家として腹蔵なく話したいじゃないか」

「はあ‥」

顔を上げた利家に歩み寄ると、秀吉はにっと笑った。

そして、脇に端座したままじっと秀吉を注視していた佐紀を振り向いた。

突然の主君の視線に小さな肩がぴくんと大袈裟に跳ねた。

「よし、じゃあ佐紀。「これよりの事は秀吉の私事。他言無用にすべし」‥良いな?」

「あ‥はい」

こくりと頷いた佐紀に満足そうに笑うと、秀吉はさて、と利家に向き直る。

「これで良いだろ?又左」

「‥秀吉には敵わんな」

諦めたように利家は苦笑した。

「‥で、何が話したいんだ?」

利家の問いに、秀吉は笑いながら頭を掻いた。

秀吉と利家は織田信長に仕えていた頃からの旧友である。

利家は豊臣家が天下を取ってなお面と向かって秀吉に話の出来る、今や数少ない存在であった。

「あー、そのな、褒めちぎられた直後で悪いんだが」

「ん?」

「秀次の噂を聞いたんでな。何やら放埒が目立つと。その真偽、お前はどう見る?」

胡座をかくなり腕を組み、秀吉は怪訝な顔をした。

「放埒など、まさか」

利家は瞠目して答えた。

「数寄を好む風流の方ではあるが、何も悪趣味ではない。おそらくは噂が伝わるうちに曲解されたのだろ。まあ、少し色を好むきらいはあるが‥お前ほどではない」

「言ってくれるなぁ、又左」

だが、秀吉は困ったような安堵したような、よく分からない顔をした。

「何もないならそれで良い。あいつは昔から一度何かにのめり込むと周りが見えなくなるところがあるからな、おかしな趣味でも見つけたのかと思ったんだが」

「その心配はいらないだろ」

利家の答えに、秀吉はそうかそうか、と繰り返して笑った。

「ああ、そういえば」

不意に利家が声を上げた。

顎に手をやって思い出したように口を開く。

「この間お会いした時は妖物語を好んで読まれていたな。何でも宣教師より聞く南蛮の縁起にも興味を示されていたらしい」

悪趣味とは言わないが珍しいことだ、と利家は付け加えたが、秀吉は変わらない表情でそうか、と再び繰り返した。




そのあとも暫く他愛ない談話を交わすと、利家は上機嫌に部屋を後にした。

見送りから戻ってきた佐紀は、残った秀吉の考え込む唸り声に気が付く。

「殿下‥」

「‥つけ込む隙も無いか‥さすが優れたる御方だ」

「太閤殿下‥?」

やや張り上げた二度目の声に秀吉は思い出したように佐紀に顔を向けた。

「ん?ああ、どうした佐紀」

「関白様に御懸念でもあるんですか?」

「いやいや。至らんところも多いが、姉上の子だしなぁ‥悪くは言えん」

苦笑いしてそう誤魔化した秀吉に、佐紀は食い下がるように加えて尋ねた。

「しかし、近頃の殿下は聚楽とも疎遠になられているように見受けられます。元来太閤とは関白と意を密にして政を為す役職なのに」

「意を密にしている者は他にいるだろう」

ぴしり、と秀吉は自らの膝を叩いた。

そのあっさりした声音に佐紀は驚き、思わず無防備な声を漏らした。

「え‥?」

「秀次は近頃徳川、伊達、細川辺りの有力大名達と懇意にしているらしい。手の者によれば余人を交えぬ茶会を催しては長々と談義に耽っているとな」

「ですが‥それだけでは決して疑わしいことでは」

「甘いぞ佐紀。俺自身、外聞の目眩ましに茶室を謀議の場に使う。己に置き換えればあり得る手であろう‥それくらい疑っても罰は当たらないだろ、普段悪く言わぬ分な」

にやにやと皮肉に口角を釣り上げた秀吉の仕草は、戦陣で敵布陣でも批評する響きに似ていた。

佐紀は無意識のその錯覚に目を瞬かせる。

「拾が生まれたというのに、自分の落ち度ながら悩ましいもんだ‥まぁ秀次もその辺は十分分かった上で、あの所行に及んでいるのだろうが‥」

「‥‥あっ」

何かに至った佐紀は思わずこぼした声に口を押さえた。

「ん?どした佐紀」

秀吉に問われて慌てて首を振る。

「い、いえ‥」

佐紀は逃げるように頭を下げ、咄嗟に口上を告げた。

「間もなく玄朔先生がお見えになりますので、佐紀は‥これで‥」

「そうか、今日は玄朔の‥佐紀は早々に隠れないとならんな」

秀吉は悪戯っぽく笑いながら別の従者を呼んだ。


秀吉の侍医を務める曲直瀬玄朔は、医聖の名も高く薬学の知識も深い人物である。

その人格も知性も尊敬に値するし認めてこそいるのだが、佐紀は玄朔を苦手にしていた。

本草の調薬―玉藻曰く、獣の骨肉を薬に用い、その本道は方術に源流を持つという―に日々触れている辺りがその理由なのだろうか。

彼女自身に隔意はないはずが、部屋に居合わせるだけで腰が抜けて蒼白になってしまう。

本人曰く、「戦場のぐちゃぐちゃになった首級を膝の上に載せられているような」吐き気に襲われるらしい。


ともかく、退室しようとした佐紀だったが、入れ替わるように現れた従者の姿にはっと足を止めた。



「‥にいな?」


「はい、お久しぶりです。治部少輔様」


現れたのは小柄ながら気の強そうな少女。

えんじ色の髪を二つに結い上げた容貌で見覚えがあるのは、顔見知りの多い佐紀にも一人しかいない。

「殿下の従者って、にいなだったんですか?」

「先日左衛門佐に任じてな、いい機会だから側に置くことにしたのだ‥ほら、真田の秘蔵っ子だけに武略に関しては申し分ないからな」

「とんだ僥倖です」

そう言って、にいなと呼ばれた少女は肩を竦めた。

少女は信州上田の大名真田昌幸の娘で、将としての名は幸村という。

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あきゅろす。
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