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小説
オフィスらぶ 第二話
「九課の新星に、乾杯!」

 課長の音頭にあわせてグラスを掲げ、近くの同僚が持つジョッキに軽く当てる。

 初出勤をした週の金曜日、我々新入社員の歓迎会が会社近くの焼肉屋で開かれていた。

 肉の焼ける音と匂いが、食欲を刺激する。
 こんな時にビールを飲むと、さぞうまいに違いない。
 
 ……が。

「何だ、星野は酒に弱いのか」

 こちらのグラスの中身、オレンジジュースを見て、課長は少し残念そうな顔をした。

「すいません。アルコールはだめなんです」

「いやいや、謝ることはない。しかし、そうか。飲ミニケーションでもとろうかと思ったのだが」

 そのとき、課長の携帯が、着信音を鳴らした。
 
 彼女はその発信者を見ると、うれしそうな顔で、

「すまない、少し外させてもらう。君は引き続き楽しみたまえ」
 
 と言い、いそいそと店の外に出て行った。

 ちらりと見えた発信者の名前が、マリア、だったのだが。まさか、愛人?

 伏見さんの言っていたことは本当だったのだろうか。

 何だかもやっとした気分を抱えていると、噂をすればなんとやら。今度は伏見さんがやってきた。

「あぁ? あんだぁ、おめえ酒飲めねえのかよ」

「センパイ」
 伏見さんは、すでに出来上がっているようで、真っ赤になってジョッキを振り回す。
 
 そして中身を一気に飲み干すと、かぁ〜、と大きな息を吐いた。

「キンッキンに冷えたビール。悪魔的! ほら、お前も飲めよ。我慢は体によくない」

 そう言って、ビールの入ったジョッキを押し付けてくる。

 お前は鼻のとがったギャンブラーか。

「すいません。自分、酒はちょっと」

「ああん? 俺の酒が飲めねえってかい」

……酔っ払い、まじうぜぇ。

「おい、伏見。無理強いはよくないぞ。向こうで飲んでこい」

 見かねた同僚の言葉に、しぶしぶ伏見さんは立ち去ろうとする。

「わかりましたよ。ったく、酒がだめだなんて、ガキだな、お前」

 ……我慢、我慢。

「玉なし胸なし根性なしの、三なしってな」

 はーい、星野さんぷっつんきましたよー。

「すいません、先輩。今なんて言いました?」

「聞こえなかったのか? 三なしの腰抜けだって言ったんだよ」

「言ってくれるじゃあねえですか。……覚悟できてんだろうな、ヴぉおい!」

「ひっ。あ、ああ、できてる、ぜ?」

 星野がキレた、と他の先輩方がざわつき始める。

「勝負です、センパイ。あなたの好きな、このビールで」

「よっしゃあ! 先に倒れたほうが負けだかんな!」

 ジョッキをしっかり握る。大丈夫だ。がんばれば、飲めないこともないだろう。

「それじゃ、いくぞ」

「ええ」

「おい、止めたほうがいいんじゃないか」

「誰か、課長を呼んで来い!」

 周りの先輩がジョッキを奪おうと手を伸ばしてくるが、もう遅い。
 もう、止まれない。

『せーの!』

 中身を一気に呷る。

「っぷはぁ、うめぇ! おい星野、ビールの味はどうだ?」

 先輩の言葉を受けて、空になった己のジョッキを見つめる。

「なんだ、飲めるじゃない、か?」

「星野!」

 瞬間、視界が反転する。
 いや、反転どころか、二回、三回と、回り続ける。


 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる。


 そして、暗転。

 せかいが、まっくらになった。


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あきゅろす。
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