小説
ぱずけん 答
翌朝、結果が気になっていたこともあり、少し早めに登校した僕を待ち構えていたのは、
しょんぼりと肩を落としブラシでネームプレートを擦っているまいすさんの背中だった。
僕は、何も言わずに隣に立ち、彼女の手からブラシを取り上げると力を込めて擦り始めた。
「あ、宗くん……。いいよ、そんなことしなくて。私一人で出来るから」
「大丈夫です。もう終わりました」
笑顔でそう言って、ブラシを再びまいすさんに返す。
やばい、力ずくでやったせいか、とても肩がダルくなってしまった。
腕をぶんぶん回していると、まいすさんは少しはにかみながら、それを受け取った。
「こんなに早く落ちるなんて、私が頑張ったおかげだね。なのに宗くん良いとこ取りして、ずるい」
「よく言うじゃないですか。主人公は遅れてやってくる、って」
「むー。私が主人公だよ」
そんな他愛のない話をしながら、ブラシを返しに用務員室へ向かう。
途中、食堂備え付けの冷蔵室の前を通りかかった時に、まいすさんに袖を引っ張られた。
「ねえ、後で一緒にご飯食べない?」
その言葉の意味するところが、あの紙の話だということは、いかに僕でも分かる。
きっとまいすさんは、次の活動が始まるまでに、今回の件にケリを付けたいのだろう。
そして、この人の性格は。
「いいですよ。ただし、まいすさんのおごりですからね」
「えぇ、こーゆーときは男の子がおごるべきなんじゃないかな」
「いやいや、先輩が後輩におごるものでしょう」
「ふう、仕方ないね。おごってくれたら、またホームズのコスプレをしようと思っていたんだけど―」
「やだなぁ、まいすさん。僕がおごるに決まっているじゃないですか。紳士たるもの、レディーに払わせるわけにはいきませんよ」
「相変わらずの変わり身の早さだね。自分で言ったけど、着替えたくなくなるレベルだよ……」
まいすさんが軽く引いているが、そんなことは関係ない。
美少女のコスプレを見られるのなら、ご飯を一回や二回おごるくらい何ともないのだ。
その後、ブラシを返し、生活指導室で一緒にお小言を食らい、それぞれの教室に向かうために校門前でまいすさんと別れた。
彼女が自分の教室へ向かうのを見送った後、しかし僕は教室へは向かわず、パズル研究会の部室へと足を運ぶ。
そこで例の紙を確保し、解読の過程で使ったメモ用紙なども一緒に持って、教室へと向かった。
「すいません、まいすさん。遅れてしまいました」
「もう、遅いよ宗くん! 私お腹ぺこぺこなんだから!」
「申し訳ないです。お詫びと言っては何ですが、コスプレして下さい」
「何でそうなるのかなっ。むしろ私の罰ゲームになってるじゃん!」
「冗談です。まあ、立ち話もあれなんで、食べながら話しませんか」
「食べながら話すなんておぎょーぎ悪いんだから! って、あれ、何持ってるの?」
「ああ、これですか。昨日の暗号です」
「……そう。でも、どうして今更?」
「いや、昨日出来なかったことをやっておきたかったんです」
「昨日できなかったことって?」
「ほら、文字の変換や、英単語での解読、反転なんかの時間がかかる解き方です」
「ええ、凄いね! もしかして、朝からずっとやってたの?」
「はい。少し頑張ってしまいました」
「そ、それで、結果はどうだったの、かな」
「それが、残念ながら規則性等は発見できませんでした」
「そう、なんだ。……やっぱり、これは暗号じゃなかったんだよ! だって、この私にすら解けなかったんだからね!
だから宗くんが解けなくても気にすることないんじゃないかな!」
「いいえ、まいすさん。これは暗号です。そして僕たちパズル部への挑戦状ですよ」
「……っ。どうして、そう言えるの?」
「うーん、探偵としての勘、でしょうか?」
「あはははは! 何それ、全然頼りないねっ」
「ええ。やはり、僕には探偵役は荷が重いようです。万年助手がお似合いですね」
「そうだね。そして、探偵には私のように華がある美少女が相応しいよねっ」
「自分で美少女って言ってしまいましたね。コスプレして下さい」
「宗くんはコスプレのことしか頭にないのかな!? でもいいよっ、今日は特別大サービス!」
「よっしゃあああああぁぁぁぁ! やっとここまで辿り着いたぜ! それじゃあまいすさん、始めましょうか」
「うんっ。全力で楽しんじゃうよ!」
「さて、始めると言っても、何から手をつければ良いのでしょうか」
「そうだね。宗くんの話だと、大抵の解読法は試したんだよね」
「はい。と言っても、メジャーどころだけですが」
「うーん、それでも解けなかったということは、何かオリジナルの解読ルールがあるのかもしれないね」
「それなんですが……。あの、一ついいですか?」
「うん、何?」
「この暗号って、何のためにあるのでしょうか」
「あ」
「最初に見た時から、ずっと気になってはいたんですが、中々言い出せなくて」
「そういえば、それって真っ先に考えるべきことだね。というか、考えるまでもなく提示されているべきもの、なのかも」
「そして、それが無かったからこそ、パズル研究会への挑戦状かもしれないと思ってしまったんですよね」
「うーん、考えれば考える程、謎が深まる気がするよ」
「全く、誰がこんなもの考えたんでしょうね」
「このカエル君じゃない? げこげーこ。ふふっ」
「このカエルの色が青いのも、謎ですよね」
「確かにね〜。青いね。げこげーこ」
「青いカエルなんて、気持ち悪いですね」
「気持ち悪いだなんて、カエルさんに失礼だよっ。青いカエルだって、居たっていいじゃ、な、い……?」
「どうかしましたか?」
「青いカエル、げこげーこ、青いカエル、げこげーこ」
「まいすさん、どうされましたか? 少し怖いですよ」
「青いカエル青いカエルあおいカエルあをいかえる?」
「あの、もしかして、体調でも―」
「わかったああああああああぁぁぁぁぁ!」
「え、ええ! 本当ですか、まいすさん!」
「青いカエルだよ! 青いカエルだったんだよ!」
「どういうことですか?」
「そのままだよ! 『あ』を『い』に『変える』の!」
「っ! そういうことですか!」
「そうと解れば、宗くん、走ろ!」
「イスを持って行けば良いんですよね!」
「うん! 冷蔵室まで、全力疾走だよっ」
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