小説
破壊予告 written by 参食堂順
「本当に大丈夫ですね」
記者会見と同じことを尋ねてくる議長に辟易としながらも笑顔は崩さずに、N氏は数度目になる説明をした。
「メインコンピュータはデータの性質上、ネットに接続していなければなりませんが、バックアップ用の『記憶』が入っているコンピュータはスタンドアローン状態にして別室に置いています」
何も見ずに話すことができるのは、彼がこのプロジェクトの責任者で何度も説明を求められたからだ。
「何分、あまりに巨大であるため、建物の外に運び出すことはできませんでしたが、部屋の内と外に4人ずつ配置してあります」
「4人? あれを守るにはいささか心許ない数ではないですか?」
「今時、物理的に接触してくるような賊はいませんよ。4人というのも、コンピュータを管理するためのエンジニアです。記憶管理システムが確立して以来、殺人や強盗の株は下がり続けていますからね」
N氏は忙しなく光が点滅している巨大な機械へと目を向けた。
「メインコンピュータには電子障壁や攻性防壁、ダミープログラムなどを幾重にも張り巡らせています。そしてもしこれらを突破できるほどの魔術師級のハッカーがいたとしても、その先には1229桁の数字、漢字、ひらがな、モールス、その他ありとあらゆる記号を使ったパスコードが待ち構えています。これを突破するのはたとえ公安九課といえど不可能でしょう」
最後の言葉はN氏なりの冗談だったのだが、議長には伝わらなかった。
「ですがもし、もしもその、千何ケタのパスコードが解かれてしまったら、その時はどうするのですか」
「1229です。私の誕生日なんですよ。12月29日。絶対にありえないと思いますが、万が一、天文学的確率で、コンピュータが乗っ取られた場合は、即刻運転を停止します。全てのデータを一瞬で、コンピュータごと消去です。バックアップはとってありますからね」
「それはいつの『記憶』なのですか?」
「昨日です」
「昨日! それは100年前という意味ですか!?」
「100年後という意味かもしれませんね」
N氏が目を見つめると、議長はゆるりと首を振った。
「なるほど。どうやら大丈夫なようですね。では、私は予備の方を見に行くとしましょう。君たちは引き続き監視を頼むよ」
そう言うと議長は委員二人をその場に残し、サブコンピュータのある別室へと歩いていった。
残された二人はN氏の邪魔をしないよう、隅で雑談を始めた。
「しかし犯人の奴は何を考えているんだろうな。よりによってAS社を狙うだなんて。国家を敵に回すようなもんじゃないか」
「しかもご丁寧に予告状付きだろ? わざわざ警戒させてどうするんだよ。ただでさえ厳しいセキュリティだってのにな」
「おたくの所持するデータをすべて消滅させます、だっけ?」
「盗むならともかく、な」
二人の会話を聞きながら、しかしN氏は全く違う考えを持っていた。
事は彼らの想像以上に重大かもしれない。仮に消されるのが今日一日分の『記憶』だったとして、記憶の全てを他者に管理させている人々は、果たして己を認めることができるのだろうか。
まあ、うちのセキュリティを突破できない限り、つまりは絶対に、そんなことは起こり得ないのだが。
「おい、もうすぐ0時じゃないのか」
話している二人に、N氏は腕の時計を見ながら声をかけた。
「あ、すいません。今議長を呼んできます」
委員に連れられた議長に席を譲ると、N氏自身はその横に立ち、時計の針を見守った。
「どうせ狂言だろう」
「黙って。もうすぐです」
研究室にいる全員が時計を見つめていた。
「5……」
「4」
「3」
「2」
「1―」
カチッ
どこかでそんな音が鳴った、次の瞬間。建物全体が白い光に包まれる。
そして、まるで建物が木っ端微塵に崩壊したかのような轟音が夜の日本を揺り起こした。
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