その他二次創作の部屋
キョン「戯言だけどな」3
「……分かったら下がりなさい、私の敵。貴方を見ていると歯痒くて歯牙に掛けるのすら躊躇いますわ」

言われるまでもない。なんっつーか毒気を抜かれちまった感じだ。いや、盗まれたんだろうな。すり足で後ろに下がりながら俺は言う。

「ああ。ならアンタ相手に歯が立ちそうなヤツとタッチ交代だ」

引き下がるっつーか、逃げ帰るっつーか。そういう情けない単語が頭の上を回っている、そんな俺であっても隣合った戯言遣いは「お疲れさま」と声を掛けた。

「そもそも、ぼくたちの出る幕じゃあないさ」

「……そうかい」

「待たせたね、真心。準備は良いかい?」

「は! 誰に向けて言ってやがるよ、いーちゃん。待たされまくって俺様、ゲージ百パー溜まってるぜ?」

指を鳴らしながら真打登場。橙の髪を煌びやかに振り乱しながら戦場へと躍り出る想影真心はどこか芸術作品みたいな、完成された美をその立ち居振る舞いに滲ませていた。
なるほど、人類最終かい。そりゃ完成していて当然だ。

「そんなら戦(ヤ)ろうぜ、小唄。俺様、最初っから超必ぶっ放してくからそのつもりでやれよ? 開始三秒で終わってたら文字通り話になんねーかんな! げらげらげらげら!」

「……ふう、全く迷惑な子供ですわ。どこで育て方を間違えたのでしょう? 十全ではありません」

そうは言いながらも、その頬に薄く浮かんだのは笑み。そうだよな。迷惑ってのは自分から背負い込んでいくもんだ。
好きで飛び込んでいくモンなんだ。
俺がそんな事を納得して頷くよりも早く、戦闘は始まった。
あっと口から出た時には既に想影真心は大泥棒の懐へと入り込んでいた。瞬間移動でもしたように忽然と消え突然に現れる。これまで短距離最速の生き物はチーターだとずっと思っていたのだが、どうやら今夜は常識ってヤツを脳みそからまるっとゴミ箱にドラッグしなきゃならんようだ。

「開始から飛び込むのは無策も良い所だと教えたでしょう、真心?」

「策なんか練るのは弱虫だからだぜ! げらげらげら!」

叫んで人類最終の右腕が消える。いや、消えたように見えるだけか!? 速過ぎて!? オイオイ、赤髪オデットの時でさえ「見えない」なんて事は無かったぜ? 人類の限界なんてあっさり突破してやがんのかよ……それとも、限界だと思い込んでただけってかい?

「一喰い(イーティングワン)!!」

空気が金切り声を挙げる。自然と耳を覆い隠さざるを得ない爆裂音。おい、何が起こってやがる! 人間にこんな爆音出せる機能は付いちゃいねえぞ!?

「一喰い。匂宮の伝家の宝刀だ。腕を振動させながら振って、その軌道上にあるものを分解する技だよ」

いーさんが解説するも、さっぱり訳が分からん。大体、破壊じゃなくて分解ってなんだよ、そりゃあ。いや、破壊ってだけでも相当非常識だってーのに!
俺が更なる説明を求める、間も無く戦闘は続く。人類最終の豪腕(ほっそい腕してんのは見た通りだが、こう表現する以外にどう表現しろってんだ)を後ろに跳んでギリギリかわした石丸小唄だったが、しかし想影真心は攻撃の手を休めはしない。

「俺様相手に速さで勝てるとか思っちゃいないよなあ! 俺様はどのスペックをとっても人類最終だっつの!!」

まただ。忽然と消えて、そして現れた先はバックステップから着地した大泥棒の、その背後。

「もう一回、ってなあ! 一喰い!!」

想影真心の右腕が振るわれる。石丸小唄は振り返りながら、右腕を振り翳していた。その腕が俺の視線の先で「掻き消える」。

「いただきますわ」

……それはさっき見たばかりの、いや見えなかったが解説されたばかり。におうなんとかの伝家の宝刀。
大泥棒の右腕の挙動は人類最終の右腕と同じ、一喰いのそれだった。
二人の間の空気が引き裂かれて……違う。「分解」されて悲鳴を挙げる!
二重の破裂音の後、想影真心と石丸小唄は距離を取って対峙していた。なんだなんだ? 何が起こってやがるってんだ? いつもならこんな時、解説役を買って出るはずの超能力者はぶっ倒れたまんまだし、ああ、意味が分からんぞ。

「小唄さんが一喰いに一喰いをぶつけようとして、咄嗟の判断で真心が激突を避けた、って所だろうね」

隣の戯言遣いは落ち着き払った声音でそう言う。

「見えてんのかよ、いーさん?」

見えてるだけでもびっくり人間としてテレビに出れそうな攻防だ。実際、俺には二人の間で何が行われてるのか皆目検討も付かん。なんか見た目だけで「普通っぽい」とか評価しちまったが、しかし戯言遣いはそんな訳でもないらしい。

「いや、見えないよ。ただ、推察は出来るってだけさ。」

「推察?」

「ああ。さっき言ったけど。一喰いって言うのは分解する技なんだ。ぶつけ合えば、例えば刀同士なら鍔迫り合いになるだろうけど、一喰いの場合は両方が肘から上を失う結果にしかならないだろうね」

「なるほどな。石丸さんが一喰いを使ったのはなんとなく俺にも分かった」

「うん。それであのタイミングなら相打ち覚悟しか小唄さんに選択肢は無かったとぼくは思う。けど、二人とも腕はちゃんと付いているし、なら真心が軌道をずらしたんだろう」

睨み合う二人を見ながら呆気に取られる。……腕一本を無くす行動を躊躇なく行うとか、どんな世界だよ、オイ。

「小唄さんが怖いのはそこだけじゃない。彼女、一度見ただけで一喰いの技術を『盗んだ』んだよ。ぼくの知る限り、そんな真似が出来るのは真心くらいだ。もしかしたら真心のコピースキルを『盗んで』いたのかも知れない」

「なんだ、そりゃ。『盗む』って付けばなんだって有りかよ、大泥棒ってのは?」

そんなん手の付けようがないだろう。こっちが何をしても一見で「盗み見」して、全く同じもので逆襲されるんだろ?
それに「盗む」って言葉がどんだけ汎用性高いと思ってやがる。腕を盗むやら眼を盗むやら、俺でさえちょっと頭を捻っただけで四つや五つ慣用句が浮かぶ始末だ。
オールマイティな単語だよなあ。

「それが出来るから石丸小唄は『大泥棒』なんだろうさ。彼女が戦う所はそう滅多に見れないけれど、自称『哀川潤に並び立つ存在』っていうのは誇張じゃないと思い知らされる次第」

殆ど手詰まりみたいな事を口走りながらも、しかし戯言遣いは決して焦燥しちゃいなかった。どうしてだろうか。想影さんへの信頼? そう言や友達って言っていたしそういう事も有るかも知れん。だが、それだけでは無いような気が、漠然とした。

「やるじゃん、小唄」

「思っていたよりも楽勝そうですわね、真心の相手は。十全ですわ」

「げらげら! そんな事言ってられんのは今だけだっつーの!」

吼えて、想影真心の姿が消える。今度はどこかから現れるという事も無い。路地裏から全く、存在を消した、そんな言葉がしっくりと当て嵌まる。

「……今度は闇口の『隠身』ですか。多芸ですわね」

「見えてたら盗まれるってんなら、見えなくなりゃいいだけの事だろ。なあ、小唄。見えないものは、盗めないだろ?」

どこからかオレンジ色の声が聞こえるも、それがどの方向からだって聞かれたら俺には答えられない。反響してやがる訳でもないだろうが、しかし、それはつまり「隠身」とやらが音の発生源までカバーしてるって事なんだろう。

「愛し子(ディアチャイルド)。成長しましたね」

「褒めるなよ、気色悪い」

「ですが……まだまだですわ」

呟いた石丸小唄の姿は俺の視界の中でゆっくりと、息を吐く。そして、眼を閉じた。

「泥棒相手にかくれんぼなど相手が悪いと言うものです。そして私は大泥棒」

石丸さんが身構える。俺は知らず同調して身構えていた。別に石丸さんの標的に今現在俺がされている訳じゃない。けれどそれでも、周りの人間に危機感とか覚悟とかそういった類のものを促して余りあるだけの空気を彼女が放ったからだった。
そういえば。この感覚は哀川さん(だったか?)と同種だな。プレッシャで、雰囲気で相手の行動を束縛する。身と行動を固定させるこの感じ。
身構えたはいいが何かをされようものなら、何の反応も出来ずただ俺の体が崩れ落ちるのは目に見えている。
その人がそこに居る。ただそれだけで周囲の方向性を決めてしまうこれは、スター性っつーヤツだろうか。俺には一生縁の無い言葉だな。
だが。そんな空気の中であっても、動ける人間ってのは少なからず居るらしい。この時はいーさんがそれだった。

「行こう」

二の腕を捕まれて移動を強要させられる。自分の内からは動こうとする意志がネコソギ持って行かれちまっていたが、それでも人間の体ってのは面白いモンで、外から重心を動かされれば転ばないようにと自然、足が出る。
でもって、一度動き出しちまえばまるで金縛りが解けたように口の方もすんなり開くようになるらしい。

「いや、行こう、っていーさん。アンタは友達が心配じゃないのか?」

「心配じゃないよ。ぼくは心配される側であって、心配する側じゃないし。心配、って心を配るって書くんだけどね。心を他に砕けるような人間は得てして自分に余裕の有る人間なのさ。そして、自分に余裕が有るとは言い換えれば強いと、そういうことだよ」

俺が歩き出した事を確認してか、戯言遣いは腕を放す。歩き出すソイツに追従するように足は動いたがしかし、俺は大泥棒と人類最終の戦いに後ろ髪を引かれる思いでいっぱいだった。
だって、想影さんはいーさんの要請とは言え、俺の為に戦ってくれてんだぜ?

「人類最弱に、強さなんて求めちゃいけない」

「で……でも! そりゃあ、俺だってここに居たって何の助けにもならないし、ともすれば足手纏いになるのも分かってるけど!」

背後から怒号が轟く。また激突がはじまったのだろう。それは断続的に路地裏で響き、そして俺の心に響く。だが……だが、戯言遣いの心にはまるで響いちゃいないようだった。

「分かっているなら、実行しろ」

唇を噛み締める事も無く、本当に想影真心の安否になど興味がないかのように、戯言遣いは俺に告げる。

「頭で理解しているなら、心で受け入れるんだ。何を為すべきか気付いたのなら、為すように動かなきゃ何も為らない」

それは「戯言遣い」の口から出ているとは思えないくらいに、的を射た「真言」だった。

「なるようにならないとボヤくのは、何もしていない人だけだよ」

言って、戯言遣いは古泉の元へと歩く。俺は何も言い返せなかった。確かに、いーさんの言う通り。ここに居ても何も、俺には出来ない。黙って見ていても、世界は何も変わらないなんてそんなん俺だって分かっていたからな。
ただ……ただ、なんか言葉にならないモヤモヤは確かに俺の心に巣食っていた。とは言え、それを言葉に出来ないからこそ俺には何も言い返す事は出来なくて。

「……分かったよ」

結局、言いくるめられる格好になるしかない。これが「戯言を遣われる」って事なのだろうかなどと俺が思案している間に、いーさんは古泉の隣でしゃがみ込んでいた。立ったままでは無いと言う事は蹴り起こすとかそういう暴力的な事はしなさそうだ。
なら、揺り起こすのだろうか? いや、石丸さんが古泉に何をやったかなんてーのは検討もつかないが、大方「意識を盗んだ」ってな所だろう。何にしろ気絶してんだからそう簡単には目覚めないだろうな。これは赤神オデットがそうだった事から言える経験則。
なら、担いでいくのかと。俺が見ている前で戯言遣いはだが、ただ一言呟いただけだった。

「起きるんだ、古泉くん。君が気絶したフリをしている事なんて『鍵』以外みな気付いてる」

は? え?

「おや、バレていましたか」

いや、古泉。お前も何、何事も無かったかのように立ち上がっちゃってんの?

「どこで気付かれましたか?」

「いや、最初からだよ。小唄さんは確かに規格外のプレーヤだけど、それでも『弐栞の鬼札』を相手取って文字通り『お話にもならない』早さで昏倒させるなんて芸当は多分、出来ないだろうな、って」

それに、君は演技派だろう、と。いーさんはなんとはなしにそんな事を言う。そう言や古泉のヤツ、「優しい嘘」とかなんとか呼ばれていたか。だったら、素人の俺なんざその演技に騙されちまって当然だな。
……赤神オデットの一件では怪我をしている振りの一環で額から汗まで噴いてやがったし。

「これはこれは。嘘吐きでは流石に戯言遣いに一日の長が有りますか」

「ぼくが遣うのは嘘じゃないよ。ぼくのは、戯言。嘘吐きはね」

戯言遣いはチラリと背後を見た。その視線は俺の更に背後、石丸小唄VS想影真心の戦場へと向けられている。

「どろぼうの始まりなのさ」


俺たちは並んで路地裏を歩く。まだ断続的に爆発音が聞こえてきちゃいるが、しっかしこれでご近所さんが野次馬に出て来ないってのは一体何がどうなっていやがるのか。
空間製作技術……ねえ。なんでもアリは大泥棒だけってワケでもなさそうだ。

「いえ、そもそもこの一帯から人の気配がまるでしません。一日ゴーストタウンとでも言いましょうか……」

古泉の意見にはまったくもって同意だ。どうやればこんな事が出来るのかね。町内の人間全員に二泊三日の温泉宿泊券でも配って回ったんじゃないだろうな。

「ああ、それで思い出した。実はウチの両親と妹も今、ちょうど温泉に……あれ?」

ちょっと待てよ、俺。おかしいだろ。根拠なんざまるで無いが、因果関係なんざ有りゃしないがそれでも。
こんな事態になる事を事前に「見透かしたように」両親が温泉に「偶然にも」年越し旅行に向かうなんて間が良すぎる事が有り得るのか?

「それは間違い無く空間製作の一端だね」

いーさんが断言する。ああ、やっぱりそうだよなあ。だが、待てよ。それってーのは人質を取られてるのと大差無いんじゃないのかよ!?
身勝手な話だが、家族だけは俺の置かれている不思議空間トワイライトゾーン(怪人の能力はこの空間の中では三倍になる!)とは無縁の存在であって、またその事が心の拠り所で有るというのは実際否めない訳で。

「機関の方でそのような動きは聞いていない以上、敵の仕業と、そう考えるのが妥当でしょう。しかし、ご安心下さい。貴方の家族が温泉旅行へ招待された事、それ自体に関しては不審な点は見受けられませんでした。もし、何か有れば僕の携帯に連絡も入るでしょう」

便りが無いのは元気な証拠、ってか。いや、携帯はジャミングのせいで繋がらないんじゃなかったのかよ。

「大丈夫だと思うけどね。狐さんの標的はあくまでも君たちであって、その家族じゃあない。ぼくが狐さんなら……しまったな」

いーさんが唐突に立ち止まる。おい、なんだってんだよ。何に思い当たったってんだ? その顔から察するに、余り良いニュースではないんだろう事が分かっちまって出来れば聞かせないで貰いたいんだが、そうもいかないんだよな。分かってる。

「最悪のケースだよ。そして、最悪って事はあの人なら間違い無く行っているって事だ」

そう前置きして戯言遣いは言葉を続ける。

「恐らく、涼宮ハルヒの身柄は既に狐さんの手の中に落ちている」

ハルヒが敵の手に囚われてる……だと!? 俺が激昂する……よりも早く、戯言遣いに噛み付いたのは古泉だった。

「そんな筈は有りません」

断言する少年。しかし、なぜだろうな。戯言遣いに比べると、断言されてもそこに疑念を抱いちまう。いーさんの口振りには何か否応無く納得させられる力みたいなのが働いているような、そんな印象を俺は抱いていた訳だが。
そこに来て古泉はどうかと問われたなら、残念ながら「本当にそうか?」と口を挟んでしまう、そういった余地を残しているのだった。

「涼宮さんの警護はSOS団の中でも一番厳重に行われています。プロのプレーヤが相手であっても、それでも一筋縄ではいかない事は保障出来ますし、実際に何度と無く僕たちはそういった輩を撃退しています」

古泉は言う。しかし、俺としてはそれを疑わざるを得ない。
なぜなら。
なぜなら、今夜。ハルヒほど厳重ではないにせよ、機関によって警護されている男の前にちょっと出会い頭にばったりってな風を装った戯言遣いが現れた事を知っているからだ。
そして、古泉の言う機関のハルヒ守護隊がどんなモンかは生憎ご存知ないが。しかし、敵がどんなヤツらで構成されているのかは知っている。

「古泉くん。では、聞くけれど」

十三銃士の中には、張り巡らされた警備網を突破して、網の目を掻い潜って……「目を盗んで」行動出来る彼女が居るってコト!!

「大泥棒が本気で身柄を盗もうと行動していたら、それを止める事が出来るような兵隊が弐栞には存在しているのかな? いや、そんな人間が果たしてこの世界に居るのかどうかから、ぼくにはそもそも疑問なんだけどね」

石丸小唄。
大泥棒。
彼女が十三銃士に誘われた理由。人類最悪が大泥棒を必要とした理由。
それは、涼宮ハルヒを手に入れる為だと。そう考えるのが一番合理的な、そして最悪な解であるように俺には思えて仕方が無かった。

「っ! それでは……」

「うん。ハルヒちゃんはもう捕まってる前提で動くべきだ。もしくはそれ以上に、ぼくには思いも付かない方向で事態は最悪かも分からない。何にしろね。狐さんを相手取るっていうのはそういう事なのさ。
最悪の想像で、最善のラインなんだ。
もしかしたらファミレスで談笑していた時点で盗難は終わって……いや、それはないか。凶行が行われたのはジャミングが掛かった後、じゃないと古泉くんに連絡が行っているだろうし。なるほどね。それで一番手に出て来たのが石丸さんじゃなかったのか」

戯言遣いは一人、うんうんと頷く。だが、きっとそれだけじゃない。ファミレスに人類最強が現れた事をあの狐面の男は「時間稼ぎ」だと言い放ちやがったんだ。何の為の時間稼ぎなのか。決まってる。
チェス盤に駒を揃えていたとしか、今から思えば考えられない。
何が「ゲームのルールは追って連絡する」だよ! チクショウ、嘘吐きの最悪野郎! 最初から、それこそ俺の両親が旅行の準備を始めていた頃から既にゲームは始まってやがったんじゃねえか!

「古泉! 今すぐハルヒを助けに行くぞ!」

朝比奈さんを担ぎ直し、走り出す体勢を整える。しかし、それを引き止めたのはまたしても戯言遣いの平坦な声だった。

「どうやって?」

は? 何が、どうやって、だよ?

「前提を忘れてないかな。ぼくたちは今、空間製作者の手によって路地裏の体を取った迷宮に閉じ込められているんだよ? 先ずここから抜け出す方法を聞かせて貰いたいのが一つ目のどうやって?
二つ目はね。上手くやってこの路地裏を脱出したとして、それでどこにハルヒちゃんが居るのかも分からないのに探し出す方法がどうやって?
三つ目はね。そのハルヒちゃんを守っているであろう人類最強と人類最悪を相手にする駒を確保する手段がどうやって?
分かって貰えたかな。ぼくらは完全に後手に回らされているんだ」

現実を直視させられる。ともすれば何も考えずに先走っちまいそうな俺と、まるで正反対の戯言遣い。

「どうにかなる、なんて言葉は何も考えていない人間が口にする。どうにかなる、なんて言葉は本来なら何だって出来る人間しか口にしちゃいけない言葉だよ」

そして、何も考えていない人間には何も報わない。そう続けて、そして戯言遣いは歩き出す。

「君はぼくが薄情にも真心を捨ててきたように思っているかも知れないけれど、ぼくは真心が殺されない確信を持っているから置いてきたんだ。小唄さんは真心の事を愛し子と呼んだ。なら、あれは親子喧嘩でしかない。殺し合いなんかじゃ、ない」

そこまで考えて、彼は友人の傍を離れたって事かよ。この戯言遣いという男は俺ではてんで敵わない、深い思索を持ってやがる。
あんまりにも浅い考えしか出来ない、そんな自分がコイツの傍に居ると嫌になってくる。ああ、くそったれ。
石丸小唄と想影真心の間にどんな因縁が有るのか俺は知らないが、しかしそれでも石丸さんが想影さんをどんな眼で見ていたかは俺だって気付いてる。あれは母親の眼だった。慈悲深い、子供の駄々に嫌々ながら、好き好んで付き合う人の眼を彼女はしていた。
それを戯言遣いは分かっていたんだ。薄情だったらそんな事には気付けない。無感情だったら他人の想いなんて分からない。
他人の感情さえも見透かして、戯言を弄し、状況を自分の思い通りに持っていく。それは「関係製作技術」とでも名付けるべき能力で、それこそが戯言遣いの遣う「戯言」とやらなんだろう。

「……だったら。だったら、俺たちはこれからどうすれば良いんだよ。なあ、教えてくれよ戯言遣い。どうすれば俺はハルヒを助けられる?」

俺の問い掛けに少し、戯言遣いは顔を上げた。背の低い彼の視線は俺の顔に集中して、俺もそれを見つめ返すようになっちまう。

「君」

「ん?」

「君、戯言遣いの素質が有るよ」

それだけを言っていーさんは歩みを再開する。は? 戯言遣い? 俺が? 何言ってやがるんだ、あの人は。
これも戯言か?
その言葉の意味を考えようと立ち止まった俺を追い抜く形で古泉がいーさんの後に続く。すれ違い様に、ソイツは言った。

「褒められているんですよ。その才能を」

才能だって? 俺にそんなモン有る訳ないだろうが。自慢じゃないがその辺、どこにでも居る一般男子高校生だぞ、俺は。比較しても変わるのは模試の成績くらいで、それこそ有象無象を相手取れるような器じゃない事は俺が一番良く分かってる。
……いや、一つだけ誰とも比べらんないものは俺にも有るか。
宇宙人、未来人、超能力者、異世界人。
そして……涼宮ハルヒ。
ソイツらを相手にしてきたのは、その経験だけはきっと他の誰にも無い俺だけのオリジナル。勿論、SOS団の面々を有象無象なんて思っちゃいないさ。けれど、俺にはそれしか他と違うものは有りはしない事にも、気付いた。
才能。
武器。
俺だけの、戦い方。
そういうモンがもしも有るのなら。俺はソイツでハルヒを、助けたい。SOS団を守りたい。
君の力も貸して貰う事になる。そう、戯言遣いは言っていた。
そんなのが俺に、有るのだろうか。


俺が悩みながらも歩いていると、しかしここはモンスター闊歩する街の皮を被ったダンジョンなので勝手にエンカウントしちまう。ああ、いつからRPG風味になっちまったのか、俺の世界は。なんて嘆いていようが出て来た敵は帰っちゃくれないのであり、勘弁してくれ。
路地裏で立っていたのは、二人の男だった。
一人は見覚えが有る。高そうな黒スーツに身を包んだ、会社役員のような風貌なれど異彩を放つのは肩に掛けた金属バット。ファミレスを出たばかりの俺たちを襲撃してくれた野郎だ。ソイツは壁に凭れた姿勢で眼を瞑っていた。

「……『街(バッドカインド)』、式岸軋騎」

いーさんが呟く。そうだ、そんな名前だったか。十三銃士の第九席。
もう一人は恐らく初めて見る顔だろう。こっちは夜の黒に浮かび上がるような、対照的な白スーツ。恐らくは特注だろう、体の線が良く分かるシルエットはソイツの細さをこちらに伝えていた。

「そして、貴方まで出てきますか。『害悪細菌(グリーングリーングリーン)』」

どうやら白スーツの方はいーさんの知り合いらしい。だが、苦々しいその物言いからして余り嬉しくない再会である事は容易に理解出来た。
白スーツが口を開く。

「ああ、久し振りだ、戯言遣い。暴君は元気かな?」

「ええ。変わりはありませんよ。いえ、貴方が崇拝していた頃からしてみれば変わり切ったと言った方がいいでしょうけれど」

「だろうな。全く、やってくれたものだ。いや、恨み言を言うのは後に回そう。先んじて自己紹介をさせて貰おうか」

白スーツは……やっぱり俺に向き直るのかよ。いーさんでも古泉でもなくコイツら十三銃士の敵は、明確な攻撃対象は俺に絞られているって、そういう事かい、くそっ。
俺が何をしたってんだ、ったく。

「俺は兎吊木。兎吊木垓輔という。十三銃士の第十席。二つ名はさっきそこの戯言遣いから聞いただろう。『害悪細菌』と、そう呼ばれている。気軽にさっちゃんと、そう呼ぶのは勘弁して貰えたら助かる」

……心配しなくても呼ばねえよ。初対面の年上を相手に何がどうなったらそこまでフランクに接する事が出来るのか、逆に聞かせて貰いたいくらいだ。

「さて、と。用件は分かってるだろうけど俺たちの目的は」

卯吊木がいーさんに向き直る。黒スーツと違ってその手に武器っぽいものは持っちゃいないが、そんなんで安心しちゃいけないんだろ、どうせ。コイツも腕を超振動させたりしてくると、そう考えておいた方が良いに決まってやがる。
人間離れも大概にしとけっての。俺の中で人間って言葉の枠がどんだけ広がってるか分かってやってやがんのだとしたら、そりゃ大した精神攻撃だと褒め……られるか!

「俺を[ピーーー]事だろ?」

「……いやいや。俺たちは『鍵』に興味なんて無いさ。同様に世界にも神にも等しく関心は無い。どうでもいい、とはそこの戯言遣いの常套句だから余り使いたくはないんだが」

白スーツが言う。ん? どういうこった? コイツらは十三銃士で、そもそも十三銃士ってのは人類最悪の願望、世界の終わりってヤツを叶えるために動いてるって訳じゃないのかよ。
でもって、その実現の為に俺たちSOS団の命を狙ってるって設定じゃなかったのか?

「その認識は間違っているな、『鍵』。俺たちは仲間じゃない。少しだけお互いの望みの実現の過程で重なる部分が有って、それで集まっているってだけに過ぎない。そうだったよな、式岸」

「ああ。狐面は命令を出すが、それに従う必要は無い。そういう約で俺たちは十三銃士に加わったっちゃ。いや、加わった」

……っちゃ? なんだ、今の訛りは。
いやいや、それよりも。
十三銃士はここの目的の為に動いている。この情報はデカい。それはつまり、個々に離反させる余地が有るって事じゃねえか。
哀川潤は自身の力を計る目的で。
石丸小唄はドロボウの職務を果たす目的で。
赤神オデットは赤神イリアを探す目的で。
思い返すまでもない。十三銃士は誰一人として「世界の終わり」を目的として挙げちゃいないんだ。
だったら、例えば哀川さんならばこの事態が終息してからゆっくりと長門と力比べをして貰うであるだとか。そうだ。抜け道は幾らでも存在する!
どうしてこんな簡単な事に今まで気付けなかったんだよ、俺!

「それで、貴方たちの目的はなんです? 元『仲間(チーム)』の人間が二人も雁首を揃えて、世界でも終わらせるつもりですか?」

戯言遣いの言葉に、兎吊木は笑う。式岸の方は面白くなさそうに上を向いた。

「いいや。そんなもの聞かなくても分かっていると思っていたが、戯言遣い、俺の目利き違いか? 俺たち二人の目的は至ってシンプルだ」

卯吊木がスーツの裾から何かを持ち出す。あれは……携帯電話か? それにしちゃちょいと大きい気がするし、だがどっちかと言えばリモコンというよりもパソコンだな。ただし、画面が付いていないものをパソコンと呼べるかと聞かれたら俺は首を捻らざるを得ない。

「というよりも。俺にも式岸にも出来る事はそう多くない。俺たちは『一群(クラスタ)』でもクラックが専門でね。俺は破壊を。式岸は殲滅を。それしか専門が無いのさ。だから、壊す。滅ぼす」

卯吊木が手の中の機械を弄った、瞬間俺たちの後方で爆発音が響いた。

「目的は戯言殺しだ」

兎吊木垓輔の戯言殺し。

驚いて後ろを見る。俺たちがさっきまで通ってきた路地は路地ってだけにほぼ一本道なんだが、それがまるで落盤事故でも有ったかのように塞がっていた。退路を絶たれた、って訳かよ。

「俺たちの目的は分かって貰えたかな? 用が有るのはそこの戯言遣いだけだから、別に『鍵』とその友人は見逃してもいい。勿論、別に見逃さなくても俺たちは何も困らない。巻き込んで殺してしまっても、いい」

兎吊木はそんな事を言う。俺や古泉の同行なんざ問題にすらしていないのは、それだけコイツらが強いって事なんだろう。
人間は人間に、その生き死ににここまで無関心でいられる、らしい。俺にはどうあっても辿り着けない境地ではあるし、そんな心持ちにはどうあってもなりたくは無いけれど。そして、それを強いとは呼びたくないってのに。
だが、目前の白スーツと黒スーツは俺にだって分かるくらい、強い。それを強さと呼ばずして何と呼べば良いのか。
きっとコイツらは俺や古泉が本当に巻き込まれて死んだところで眉一つ動かすだけなんだろう。「おや」とか一言口にして、それで終わりなんだろう。
そんなのは……そんなのは最早、人間なんて呼べやしない。
強くても、いくら強くてもそれは人でなしの強さだ。

「兎吊木。ぼくさえここに残れば彼らには手を出さないんだな、アンタは」

「まるで交換条件のように言うが、戯言だな。俺も式岸もそんな約束をする義理はない。心配しなくとも戯言遣い、君は逃がさない。俺たちがそこの子供たちを逃がすかどうかは、俺たちで決める」

……これじゃあ、まるでじゃなく人質だな。人質そのものだ。いーさんに俺たちを守る義理は無いのかも知れないが、それでも俺たちが死んじまったらハルヒが世界を終わらせるであろう事を考えれば、世界を守ろうとするいーさん的には俺たちを守らなければならんのだろう。
……どうする? どうすればいい?
なるようにならないとボヤくのは、何もしていない人だけ。
なせば、なる。
だったら俺に何が出来る? 俺に出来る事は――ああ、有るじゃねえか。
それに気付いたら、行動するしか、ねえよなあ。

「朝比奈さん!」

背中で眠っているお姫様を揺する。俺に出来る事。それは宇宙人、未来人、超能力者の存在を知っているというアドバンテージ!!
俺の呼び掛けに少女は、しかし目を覚まさない。ええい、ままよ!

「未来から緊急で通信が入っていますよ!」

叫んだ。彼女がビックリして飛び起きるような語句は他に俺は知らない。これでも眼を覚まさなければ、アウト。
だが、未来人少女は職務に忠実だった。どれだけ現代に慣れ親しんでいようとも、その根底は真面目な時間なんとか員である少女は、果たして俺の目論見通りに、俺の戯言に応えてくれた!

「ふぁ、はい! 朝比奈です! ね、寝てませえん。通信状態良好で……あ、あれ? キョン、くん?」

寝ぼけ眼で俺を見る少女は大層愛らしかったし出来ればこのまま彼女が覚醒するまでじっと鑑賞(鑑賞:芸術作品を味わう・観賞:見て楽しむ)しておきたかったが、残念な事にそれはまた今度に回さねばならんようだ。
モノクロブラザーズ(俺命名)がこちらに関心を持っていない、正しく眼中に無い内が勝負!

「起き抜けにすいません。大至急未来に時間遡行の許可を貰って下さい。俺が要請していると、そう言えば通るはずです!」

近い未来、今、この時分に時間遡行の許可が出なければ未来を滅茶苦茶にすると、そんな風に朝比奈さんを脅さなければならない事は少々心苦しかったが、背に腹は換えられないし、現在が崩壊しちまえば未来も連鎖的になくなっちまうんだ。
だったら朝比奈さん(大)も大目に見てくれるだろうと、そう考えての俺の発言はどんぴしゃだった。

「えっと、い、いきなりそんな事を言われても時間遡行の許可ってそんなに簡単に出るものじゃ……え? 嘘? 許可申請、通りました……」

朝比奈さんが眼を丸くする。間違いない。これは、今、この時に俺が時間遡行を要請するのは未来にとっても「規定事項」ってコトだ!!
第一関門クリア。どうやってこの路地裏を脱出するのか、それを俺に質問したよな、戯言遣い。俺なりの、これが答えだ。

「えっと、時間遡行が認められているのは私とキョン君だけ。で、でも制限はそれだけってそんな……こんな時間遡行が認められるなんて前代未聞ですっ!」

未来人少女が困惑しながら俺にそんな事を告げるも、俺にとっちゃそんなのは当然の話であり、別段驚くほどの事じゃないように思える。
とは言え、俺の背中に負ぶわれている事にも気付かないその動転振りは、よく分からんが大変な事態が起こっているのだろう、未来人的に。
まあ、その辺は俺の管轄じゃないしなあ。

「古泉、少し遅刻するかも知れんがそれまでこの場を持たせろ!」

副団長は微笑む。

「お任せ下さい。そして、お気を付けて」

「必ず援軍を連れて来るからな」

そう告げる。古泉は楽しそうに。その眼をチェシャ猫みたいに三日月形に細めた。それはまるで太陽を見るように。

「誇って下さい」

それはまるでヒーローを見るように。

「貴方のそれは誰にも負けない才能ですよ。僕が保証します」

言って、話は終わりと視線を敵へと戻す。そこでは俺の知らない内に話は終わったのか一触即発の雰囲気が見て取れた。
……死ぬんじゃねえぞ、古泉。いーさん。

「時間と場所の指定をお願いします!」

朝比奈さんがようやく俺の背中から降りて俺の手を掴む。俺は眼を閉じた。

「時間は今夜。えっと、ファミレスに着いた辺りだから……およそ三時間前か。だから今からきっかり三時間半前にして下さい。でもって、場所は」

俺が援軍に呼んでくる、って言ったらもうこれは一人しか居ない訳で。でもって今までお前が出て来なかったって事はこういう展開で良いんだよな? そうだろ?

「長門のマンションの前でお願いします」

SOS団の万能選手。俺の持っている中でも抜群の切れ味を持つ鬼札(ジョーカー)。
頼らせて貰うぜ、長門!


頭がぐらぐらする。何度目かのこの感覚。普通に普通の人生を歩んでいては一生縁の無いこの吐き気は恐らく現代において該当する表現は無い筈だ。
時間移動に伴う時間酔い。飛行機を使っての旅行で現地との時間差に体調を崩す、アレのアップデート版だな。生憎、海外旅行の経験は俺には無いから憶測で物を言っている為、多少的外れな推測だったとしてもそこは勘弁して頂きたい次第だ。
ふむ。俺の背中を擦る朝比奈さんはけろりとしていやがる事から、どうも、こういう本来の機能には無い事象にすら人間は慣れてしまえるらしい。人間の環境適応能力ってヤツは立派だねと……うえ、また吐き気が込み上げてきやがった。

「大丈夫ですか、キョン君?」

目に見えて心配そうな顔で女神様が俺の表情を覗き込むも口を開けばリバースカードオープン、ってな具合だ。右手で必死に口元を覆い隠し、上ってくる胃液をやり過ごす。ああ、気持ち悪い。おい、古泉。お前、以前に時間旅行をしてみたいとか夢見る少年のような口調で言ってやがったが、実際はあんまり楽しいモンでもねえぞ、マジで。

「……な、なんとか」

「すいません……今日、この周辺は時間軸が入り組んでいて着地点の固定に時間が掛かってしまいました」

「いえ、ですから朝比奈さんのせいじゃ……」

なくって、俺の身体が弱い事に原因が有るので気にしないで下さい。そう言おうとした口が途中で止まる。なぜか。気付いちまったからだ、朝比奈さんの口にした不穏当な言葉の羅列に。
――今日、この周辺は時間軸が入り組んでいる――だって!?

「すいません、朝比奈さん!」

「は、ハイ!」

「今の所、もう少し詳しく説明して貰えますか!?」

愛らしい先輩は俺の質問に目を丸くする。時間にして三秒ほど、悩んだ後に彼女は口を開く。

「ああ、えっと……時間移動に時間が掛かるっていうのは確かにちょっと変な表現ですね。その、禁則事項……あ、えっと時間移動っていうのはトンネルを潜るような感じなんです」

「いえ、俺が聞きたいのはそこでは無いんです。時間移動の方法なんて聞かされても俺じゃきっと納得なんて出来ないし、ソイツは今度古泉相手にでも話してやって下さい。アイツはそういう方面の話が好きそうで……」

と、そんな話をしてる場合じゃない。話を脱線させてる場合じゃ、まるで無いってのに。

「時間軸が入り組んでいる、ってどういう事ですか?」

「え……えっと、それは」

少女が悩みこむ。恐らく禁則とやらに引っ掛からない語句を利用してどう説明すれば良いのかを考え込んでいるのだろう。助かる。所々擦れて読めないロゼッタストーンじみた説明をされても俺はシャンポリオン先生じゃないから解読はちょいよ専門外だ。
まあ、専門なんて胸を張れるものを只の自堕落高校生である(自分で言ってて悲しくなってきた)俺が持っている訳じゃあないが。

「さっきのトンネルの例えで言うならトンネルが何本も枝分かれしていたと考えて下さい。その分岐点で、どっちかなあ、こっちかなあって迷っている時間が長いほど時間酔いは酷くなります」

「分岐点が多いほど、悩む時間も長くなるんですね?」

「はい、そうです。けど、今日のこれははっきり言って異常です。もともと涼宮さん関連の時間軸は分岐点が多いのですけれど」

そりゃそうだ。アイツ自身が時代の分岐点。それそのものみたいなモンだからな。

「それでも、今日はその分岐点がいつもの倍以上有りました。私も時間移動の教習でしか習った事が無くて、実際に目にしたのは今回が初めてなんですけど……キョン君は禁則事項、あ、うーん……パラレルワールドの概念は分かりますか?」

平行世界(パラレルワールド)。SFに関する教養が有る訳じゃないって言うか、ぶっちゃけまるで無い俺だって知っている単語。

「当てもなくぶらぶらと散歩をしていて、T字路に差し掛かった時に何も考えないで右に曲がったとして――その時にやっぱりさしたる考えもなく左に曲がっていたとしたら、っていうもしも。仮定の世界の事を言うってーのは知っています」

あの説明好きの超能力者にその辺りは去年の十二月、半ばこっちが嫌になるくらい説明されたからな。まあ、大半は右から左に聞き流していたんだが。
アイツの説明はいつもまだるっこしいんだよ……結論から言え、と俺は何度口にしたか分からん。

「はい。凡そその考え方で合っています。ううん、キョン君が今言ったその辺りが、この時間軸でのパラレルワールドに関する考察の限界なんです。実際は……えっと時間遡行の技術が確立した時点で平行世界観に大きなパラダイムシフトが発生するんですけど……」

朝比奈さんは一つ一つの言葉を選ぶようにゆっくりと話を続ける。

「ターニングポイントって言うんです、今日みたいな禁則事項の入り組んだ日の事を。多分、こっちではちょっと違った意味で使われている言葉だったと思うんだけど。私たちの概念では禁則事項における時間分岐点の数で『歴史においてのその時間軸の重要度』を計ります」

なるほどね。分からなくはない話だ、辛うじて。
いくつもの偶然、幸福が重なって予想も付かない奇跡が起きる。それはかの有名な桶狭間の合戦やら何やらを例に出すまでもないだろう。
あれが無ければ。これが有れば。そういった分岐点が幾重にも重なった部分。それってーのは確かに歴史における分岐点と言えるのかも知れん。

「つまり、今日、今晩は……」

「ターニングポイントです。間違い有りません」

未来人は断言した。けどさ、それってのはつまり、あれもこれものプチ奇跡を起こしまくって、後から見たら綱渡りにしか思えない細い糸を繋がなきゃならない、ってそういう意味じゃないのかと気付いた時、俺の口から出たのはただただ溜息ばかりだった。
俺の背に、双肩に世界が乗っているなんて重い考えを振り解く。そんな事は一般高校生の範疇外だ。そう自分に言い聞かせた。
俺が……いや、俺たちがやる事はいつもと何も変わっちゃいない。そうだろ? 別に時代を変えようとか世界を終わらせようとかそんな大層な事を考えたりしちゃいないんだからさ。そういうのは狐のお面を被った変人にでも任せておけばいい。
俺たちSOS団の活動は……クラブ活動は不変で普遍。それは「日常」を存続させるというただ一点。今夜が時代の転換点? そんなの知ったこっちゃないね。こちとら既にハルヒってビッグウェーブに巻き込まれてる真っ最中なんだ。これ以上の不可思議なんて望むものかよ。
世界の終わりなんて以ての外だ。ディスカウントショップの軒先で投売りされていようが見過ごす自信が有るぜ。
俺はこう見えても、今が結構好きなんだ。

「行きましょう、朝比奈さん。時間が……無い」

時計を見る。俺と一緒になって時間を跳躍したこの時計から三時間半を引けば……、丁度俺がコンビニ目指して家を出た時間だ。って事はこっち側の俺はもうすぐ戯言遣いに出会うのだろう。
逆算しろ。時間遡行って必殺技を使ってまで人類最悪も人類最強も人類最弱も、文字通り「出し抜いた」んだ。ここで行動選択をミスる訳にはいかない。慎重に、大胆に動く必要が有るのは分かってる。
「あっち」には「ジョン=スミス」は現れなかった。その事から鑑みるに俺は「あちら側」に時間ギリギリまではノータッチで良いんだろう。となると……いや、暇を持て余して出待ちしていた訳でもない、きっと。
俺がやるべき事は長門を連れての……ああ、そうか。

「目には目を。歯には歯を、ってな」

「あ、歴史の授業で習った事が有ります。ハムラビ法典ですね?」

「ええ。よく知ってますね」

「えっへん。私、歴史が好きだから時間移動員になったんです」

なるほどね。そりゃ納得だ。

「それで、なにが目には目を、なんですか、キョン君?」

朝比奈さんがくりくりとした大きな瞳で俺を見上げる。少女に向かって俺は、まるで歴史に出て来る名軍師のようにニヤリ、笑って見せた。

「各個撃破、です」

やられっぱなしは性に合わない。俺だってあの横柄で我侭な団長様率いるとんちきチームの一員だ。身体に流れるハルヒズム、ってなあ冗談にも何にもなっちゃいないが。それでも右の頬を叩かれたら左の頬を叩き返そうとはするさ。
さあ、反撃開始だ。

マンションの前、来客用のインターホンに部屋ナンバを入力する。程なく接続を告げるランプが光った。居てくれたか、長門。

「……」

ああ、三点リーダで無言ってのもなぜか懐かしく感じちまうのは今夜、あんまりにも色んな事が起こり過ぎたからか。出番が遅くなって悪かったな。だが、こっから先はお前の一人舞台でも構わないから機嫌を直しちゃくれないかい?

「長門か。俺だ」

「……何?」

「緊急事態だよ。お前の手が借りたい」

それだけを告げるとエントランスの自動ドアが開く。打てば響く、ってなきっとこういう事を言うんだろう。話が早くて助かるね。こういう所は古泉に是非とも見習わせたい。
ただ、余り話が早過ぎてもそれはそれでハルヒジェットタイフーンになってしまいそうなのは閉口ものだが。何事もバランスだな、バランス。
世界も。神様も。
バランスってのは大事だ。

「……入って」

「いや、部屋に寄って茶を飲むのはまた別の機会に頼む。時間が無いからな。寒い中悪いが外に出て来てくれるか?」

インターホンにそう告げた、次の瞬間に聞こえた長門の声は俺のすぐ後ろからだった。

「……そう」

「うおっ!?」
「ぴいっ!?」

朝比奈さんと俺の声が重なる。ああ、もう。話が早過ぎて心臓に悪い! テレポートするなら先に一言くらい断りを入れるべきだと今度、この宇宙人には教えておかねば俺の寿命を示すゲージがガリガリ削られていきそうだぜ。
恨み言を言いたい気持ちをぐっと抑え付け、長門を振り返る。不思議に不思議を乗算してひっくり返って常識になってしまいそうに、ともすれば錯覚してしまいそうな今夜であっても少女は、いつも通りに制服で。
余りにもそこだけが日常と代わり映えが無さ過ぎてほっと一息……吐くのは全てが終わってからだよな。うむ。

「悪いな、突然。俺たちが誰か分かるか?」

「異時間同位体」

「結構だ」

時間移動をしてこの時間に帰ってきた事はどうやらきちんと理解されているらしい。これで現状説明のほぼ半分は省略出来そうだと考えて……いや? おかしくないか?
だって、長門だぞ? あの長門が、俺やハルヒを守る事(保全、とか言ってたな)を第一目的としているコイツが今起こっている出来事……違う、これから起こっちまう出来事か。とにかく「それ」を見過ごすとは到底思えない訳で。

「……長門」

「……何?」

「変な質問をしちまうが許してくれ。あのさ……一体お前は今、何をやっていやがるんだ?」

ハルヒが攫われた。いや、攫われる事。俺がこれから命を狙われる事。それを知っているかどうかは知らない。だけど未来予知――異時間同期ってのを失ったとしても、それでも長門ならお得意の情報なんたら、所謂「千里眼」を利用して俺たちを見守っていると考えるのが筋。
それが出張ってこないのはオカしい。
俺は今の今までソイツはこうして未来からやって来た俺たちと行動を共にしているからだと勝手に思い込んでいたが。
しかし、それにしたって今ここで俺が「ハルヒの誘拐を阻止してくれ」なり「事前に十三銃士を壊滅させてくれ」なり頼めばそもそも事態は事態として表に出る事すら無かった筈で……。
いやいや、ああして俺たちが危機に陥っていなきゃそもそも俺は時間遡行をしなかった訳で……くそっ、ごちゃごちゃして頭がこんがらがる! もう少し出来の良い脳みそが俺に搭載されてなかった事を今日ばかりは本気で恨むぞ、ちくしょう。
だが、そんな俺の煩悶は長門による一言で簡単に霧散させられる事となる。

「現在、この個体は敵性勢力による情報攻勢を受けている。私に許されている情報構成能力の八割を利用して防壁を展開中」

長門は長門で、既に静かな戦闘に入っている事。よくよく見ればその額には、街の明かりを照り返す汗が二粒浮かんでいた。

「おい……マジかよ?」

俺の持っている一番の切り札。それがもう場に晒されていてしかも動けなくなっていやがるってのは……まるで毎度毎度長門に頼るしか能の無い俺を嘲笑っていやがるような……最悪の展開。用意周到にも程がある。

「事実。先の移動によって防壁を十四枚犠牲にした為、現在は情報操作能力の九割を再構築に回している」

宇宙人少女は言う。朝比奈さんがその身体に寄っていくと、長門は無言で少女へと寄り掛かった。ハンカチで額を拭かれながら……その呼吸は普段よりも目に見えて早い。
ああ、馬鹿野郎が。藤原が人類最悪に肩入れしている時点でこうなっている可能性は予測出来たんだ……なのに、俺はどこかでその考えを放棄しちまっていた。
長門なら大丈夫。
アイツなら何とかしてくれるさ。
そんな甘い考えで。事実、身体を張って今までに俺たちを散々助けてくれたその前例、慣例を鵜呑みにする形で負担を当然と長門に求めていた節が……無いなんて言えっこない。

「天蓋領域……九曜の仕業か?」

「分からない。広域宇宙存在『天蓋領域』であるのは確実だが、それが個体名『周防九曜』によるものかどうかは未知数」

いや、恐らく間違いない。佐々木団(仮)が人類最悪の側に付いたと、この場合は自然だ。だとしたら……いや、予想は思考を固定化して咄嗟の時の選択肢を狭めるって話だったな。考えられうる全てを疑え、とは偉大な探偵様の言葉だぜ。

「……長門。ハルヒがピンチなんだ。すまんが一つだけ聞かせてくれ。今のお前に何が出来る?」

援軍は、来ない。

「何も」

手持ちの駒、なんてものは無い。

「何も出来ない。……ごめんなさい」

人類最悪の用意したチェス盤は、初めからゲームにすらなっちゃいない一方的な、そして最悪な配置だった。
焦燥する。時間移動の目的が短絡的過ぎた……のか。まさか俺が時間遡行する所まで人類最悪は読んじゃいないだろうが、それでも盤上で猛威を振るうのが目に見えている「女王(クイーン)」を先になんとかしておいてある、そこまで俺は考えておくべきだった。
SOS団ってのについて少しでも聞きかじっているんなら、そりゃ人数と構成くらいは抑えられていて当然の話。
どうする……どうする? 時間は限られている。その間に状況をひっくり返し、ハルヒの誘拐を阻止して古泉といーさんを救援に向かう、そんな逆転の一手。
そんなもの……そんなもの、どこにも転がってや……。

「あらあら、深刻そうじゃない。どうしたの、こんな夜更けに?」

転がって、いた。

「なに? そんな真剣な目で見られると困っちゃうんだけどな。もしかして告白とか始まっちゃったりするの? なんてね、冗談だけど」

ソイツは手に良い匂いを漂わせるコンビニ袋を携えて俺たちの前に現れた。

「あ、これ? 長門さんのバックアップをしてたらお腹減っちゃって。もう、食い意地が張ってるとか今、失礼な事考えたでしょう? 止めてよね、そういうの。貴方には分からないだろうけれど情報操作ってすっごくエネルギを使うんだから」

青いロングコートに白いマフラ。長い髪はゴムバンドで一つに括ってあるのが好印象。ああ、こんな時に俺は何を考えてやがるのか。馬鹿か。馬鹿なんだな。ああ、馬鹿だよ。悪いか。悪いよ。

「いや、別にそんな事は考えてない」

「そう? なら、一緒に食べる? おでんなんだけど、最近のコンビニのおでんって結構美味しいのよね。私、びっくりしちゃった。時間が有ったら自分でも作るんだけど、思わぬライバル出現って感じ」

その手のサバイバルナイフをコンビニおでんに持ち替えて。
救いの女神か事態を更に引っ掻き回すトラブルメイカか。ああ、もうこの際どっちでもいい。事態は既に最悪なんだ。これ以上何をどうされようが、悪化はしねえだろうよ。だったら博打だ。賽を転がすのに何の躊躇いもあるものか。

「それとも……ふふっ。その感じだと、私にもようやく出番みたいね。良いわ、条件付きで助けてあげる」

クラスメイト、帰ってきた委員長。
朝倉涼子はその瞳を爛々と輝かせて、鮮やかに戦線復帰を果たしたのだった。


朝倉と夜の街を並走する。朝比奈さんは長門のマンションに置いてきた。

「誰かが介護してあげないといけないのよ、今の長門さんは。ご飯作ってあげたり汗を拭いてあげたり。仕方ないでしょ?」

息を荒げるのは俺ばかりで、朝倉が汗一つかいてないのはお約束。鈴の音のように軽やかな声音で少女が軽口を続けるも、応答の一言二言を口に上らせるのだってシンドいっつーのによ、こっちは。

「分かってる!」

「もう。さっきから一々声を荒げないでよ。か弱い女の子相手にそういう事してると、その気はなくても嫌われちゃうよ?」

誰がか弱い女の子だ、誰が。

「善処する」

「そう。なら良いけど。えっと、第一目標は涼宮さんの身柄確保で良いのよね? 一応、そのつもりで走ってるけど変更が有ったら今の内に言っておくと良いんじゃないかな」

どういう意味だ? 表情を読もうにも夜中の暗い道をそっぽを向いて走るような器用な真似は出来やしないし、そもそも顔が確認出来そうにもないと気付いて止めた。草木も眠る丑三つ時。街灯すら必要最低限を残して眠りに着いてやがる始末。

「このペースで走れば涼宮さんの現在地まで……そうね、四百二十秒って所かな。でも」

朝倉がそこで一旦言葉を切る。ああ、最後まで喋ってくれ。気になるトコで説明を止めるな。それとも何か? 一々相槌を入れないと進行しないとかそんなんなのか? ロープレで丸ボタン押さないと次の文章に行かないってはい、コレお約束!

「でも?」

「接敵までは二百八十秒。数は……五人ね。多いのか少ないのかは知らないけど」

「なるほどね」

頷く。えーっと、十三銃士ってのが文字通りの十三人だったと仮定すると、多分、ここに残りの全員を持ってきてるってンだろうな。
死守、もしくは総力戦ってヤツか。まあ、いいさ。こっちには朝倉が居る。あの長門と互角に戦える規格外の少女だ。
何が出て来ても……えっと、アレだアレ。「現代の限界」じゃあ「その向こう側」に張り合えるとは、俺にはとてもじゃないが思えなかったしな。
ともあれ、心配事は消しておくに越した事は無い。その中に周防みたいなヒューマノイドインターフェイスがいないとも限らなかったしな。考えは柔軟に。常に最悪の状況を想定しろ。俺が今夜学んだ事の一つだ。

「大丈夫なのか、朝倉?」

「うーん……そうね。多分、大丈夫じゃないのかな?」

簡単に言ってくれるぜ。だが、あっけらかんと言い放つ所を見ると、信用して良いんだな? 信用させて貰うぞ、オイ。

「っていうか。相手に天蓋領域が居た場合は、そのインターフェイスを感知出来ないと思う。えっとね。貴方にも分かるように説明すると天蓋領域と私たちって周波数が根本的に違うのよ。ラジオの電波とテレビの電波を想像して貰えば良いわ。
干渉……つまりノイズを相手に与える事は出来るけど、基本的に別物。貴方たちは一緒くたに『宇宙人』って括っちゃうけど」

「現場に着いてみないと何とも言えない、って事か?」

「そゆことね」

……そりゃまた……予想を立てづらい話だな。……だが。だが、今日今夜に関して言えばそうでもない。
最も俺たちにとって悪い予想がベスト。

「あー、一つ聞かせてくれ、朝倉。その、なんだ。情報コウセイってのに距離は関係有るのか? 例えば長門の近くに居ないと苛む事は出来ない、だとかさ」

「そんな事ある訳ないじゃない。地球の裏側からだって連絡を取り合えるのよ、私たちは。ううん、地球に限定する所から既に大間違いかな」

……そうかい。だったら……あーあ、やれやれだ。神様はやっぱり楽すんのを許しちゃくれないらしいね。

「常に最悪の状況を想定しろ、か。恨むぜ、戯言遣い。俺の性格が捻じ曲がったらどう責任を取ってくれるってんだ?」

空に向けてボヤいた。今頃はファミレスで暢気に正義と悪の停戦交渉をやってる最中だろうよ。はーあ。あの時はまさか、こんな風に走り回る羽目になるなんて思ってもいなかったぜ。

「朝倉。先に言っておく。多分、今から行くその場所に周防……天蓋領域が同席してる可能性は極めて高い」

「ふうん。何? 私の知らない間に貴方、超能力にでも目覚めちゃったりしてたの?」

並走していた朝倉が一歩二歩、抜け出して俺の前を走る。なんだなんだ? 盾にでもなろうとしてんのか、おいおいそんな事頼んじゃいないぜ、などと考えているとソイツは身体をくるりと回し後ろ走りを披露した。
俺は結構頑張って走っている訳だが。
……いやいや。コイツがこれくらい朝飯前なのは分かってるよ? 分かっちゃいるけど、しかしそれにしたって見掛けは同級生の線の細い美少女であるからして……俺の中の男性としての何かが傷付いてるのが手に取るように分かるね。

「いや、そういうんじゃないけどさ」

「だったら、その根拠を知りたいわね。ああ、貴方を疑ってるっていうのじゃないのよ? ただ、ほら私って情報体だから知識欲は何にも勝るの」

「……そうかい。あー、周防が居るだろうな、ってのは言っちまえばただの勘だ」

「勘? ううん、その言葉の意味する所は分かるけど、有機体って不思議ね。根拠も無いのにまるで当然みたいに言い切るじゃない。私には理解出来ないな」

朝倉は言う。例えばこれが長門であったらどうなのだろうか? アイツであってもやっぱり勘、なんて言葉には疑問を抱く……んだろうな。だが、そこで俺の言葉を信じてくれるのかどうかが長門と朝倉の違いだろう。

「説明は難しいな。経験則、ってのが多分一番近いんだが、それにしたってちょっとニュアンスが違う気がするか。まあ、いいさ。で、俺たちが考えなきゃならんのは」

「天蓋領域が出て来た場合、どうするのか、って事ね」

後ろ走りでありながらもそれが何の障害でも無いかのように、朝倉は俺に向かって頷いた。


時間にして三分ちょっと、走った所で朝倉が立ち止まる。そろそろか、ってな具合に予想は付いていたから急停止であっても朝倉とぶつかる事は避ける事が出来た。
駅前大通り。普段ならばタクシーの二、三台が止まっているであろうそこは、しかしソイツらと俺たち二人を残して静まり返っていた。
ソイツ「ら」。お分かりだと思うし朝倉も言っていた通り立ちはだかったのは複数人。数は……こっちも想定通りの五人か。周防の姿は見えないが、しかし出て来てないだけでその辺に潜んでいる可能性も考えられる。
……とは言え。周防の存在を確認しようとする心の余裕なんてモンは俺には最早無かったのであり。

「十三銃士、第六席」

おいおい、何の冗談だ。何の悪夢だ、こりゃあ。

「匂宮雑技団、第十一期イクスパーラメントの贖罪の仔(バイプロダクト)」

最悪を想定したつもりで、これでもまだ楽観視していたって事か? それとも、ソイツらの人間離れが俺の常識なんて飛び越えてはるかかなたまで行っちまってたって……ああ、両方が理由なんだろうさ。

「匂宮亜片(アカタ)」
「匂宮閾値(イキチ)」
「匂宮羽靴(ウクツ)」
「匂宮えけて(エケテ)」
「匂宮緒琴(オコト)」

一番最初に名乗った女が一歩前に出る。コイツは……亜片さん、とか言ったか、多分。
いや、俺だって普通なら見分けが付くんだ、普通なら。ただ……ソイツらが普通じゃないだけで。

「我ら、匂宮五人衆」

全員が全員、揃いの修道服を着てるのも異様だったが、それより何より。

「通称、断片集(フラグメント)」

五人が五人とも、全く同じ顔をしているのに俺は度肝を抜かれちまってた。


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あきゅろす。
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