一人きりの受検
第一志望校は、この地域での公立トップ校だ。
両親は私の受検に一切口出ししなかった。
学校説明会への出席と三者面談、十二月に志望校と併願校が決定してからは、受検は全て私一人のものとなった。
週五日の塾に学校、疲れ果てていた私は家で全く勉強をしていなかった。
眠るか、本を読むか。家は私にとって勉強する場所ではなく、休憩をする場所となっていた。
母は、何も言わなかった。
何度か模擬テストも受けた。塾を介して返ってきた答案と、志望校の合格率が書かれてある合格シートのようなもの。
両親は私が「見て」と言わない限り、結果を聞こうともしなかった。
志望校への合格率は常に80%以上の安全圏をキープしていたが、私以外の誰もそれを知らない。
自己推薦文も一人で書き、私立校の願書も一人で書き、一度も親に面接の練習などして貰わなかった。
残す親の役目は、もし公立の推薦試験が落ちていた時に銀行へ私立の受験料を支払いに行く。それだけだった。
推薦試験が間近に迫った頃、塾の先生から生徒全員に小さなダルマが配られた。
向かい合わせで見た時に左に目を書き、合格したら右目も書き入れるのだ。
後ろには金箔の字で塾の名前が書かれており、志望校をマジックで書いておくように、と言われていた。
私は第一志望の公立、一校の名前しか書かなかった。
母も、それを見ていた。
推薦試験が終わり、後は筆記試験への勉強をしながら結果を待つのみとなった。倍率は五人に二人。
塾の先生からは「お前の内申なら絶対に合格だ」と言われていた。
完璧に近い数値だが、それは私の学校での優等生らしい振る舞いが影響している。
それほど天才的に頭が良いわけではなかった。
一般試験になったら受かるかどうかは微妙だと、自分でも思っていた。
一般試験に向けて勉強しなければいけない。
ここに来て、志願変更なんて許してくれないだろう。
そう分かっていた。
だが、結局推薦試験の発表日前日まで、私はろくに勉強をしていなかった。
塾ばかりの生活に、休憩したい甘えが出ていたのかもしれない。
両親も、そんな私を知っていた。
合格の喜びに気を取られて、家に電話するのも忘れていた。
そもそも携帯電話は持っていってはいけないのだから仕方ない。
学校に報告し終わった後、私は軽い足取りで帰路についた。母は何でもない顔をして、普段通りに新聞を開いていた。
「どうだった」
「合格した」
「そう」
短い言葉のやり取りを交わして、二人して黙り込んだ。
もう少し、喜んでくれても良かったのに。
そう思い、私は母の顔を見つめた。
すると、母の目尻に薄っすらと涙が浮かんでいた。
滅多に開かない棚の奥に、大量のキットカットやらカールやらを見つけたのは、そのすぐ後のことだった。
【終】
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