篝火 それは、お正月を間近に控えた冬のある日のこと。 仁科家次期当主であらせられる一成(かずなり)さま、並びに手の空いた侍女達はみな従妹君の夏夜(かや)さまの捜索に乗り出しておりました。 それというのも今日は新年のお茶会で和楽器を披露なさる際の衣装合わせを行うこととなっており、私達は朝からてんやわんやの大騒ぎ。 当日に琴を弾かれるご予定の夏夜さまもその例外ではなく、簡略化した女房装束を身に纏ってらっしゃったのですが、ふと目を離している隙にいなくなってしまわれたのです。 離れまで含めれば膨大な数であるお部屋を一つ一つ探していくのはとても骨が折れること。 私達が探す場所を分けている間に、夏夜さまの行き先に心当たりがあるのか、一成さまはふっと姿を消されました。 迷わぬ足取りで歩を進め、和室の襖を開けると、予想通り、夏夜さまは畳の上に伏せっていらっしゃいます。 中学一年生の時に潔く切ってしまった肩までの黒髪は扇のように広がり、せめて胸の辺りまでの長さがあればさぞ美しく見えたことでしょう。 部屋の明りが煌々と照らしていることから、夏夜さまが寝るつもりでここに入った訳ではないことは窺い知れました。 それに夏夜さまの枕もとには練習用の琴がおありなのです。 「おい」 一成さまは室内の暖かさに眉を顰めると、まず襖を全開にして外の庭園から直接入ってくる冷たい空気を通しました。 琴がある部屋、本番用の衣装を着た夏夜さまと関連付けて考えれば答えは明白です。 おそらく夏夜さまは空き時間に衣装を着て練習してみなければとお思いになられたのでしょう。 一成さまもそう思われたのか、仕方なさそうに溜息を一つ吐くと夏夜さまの横に腰を下ろしました。 「琴を枕に寝るって……どこの姫君だお前は」 けれど本当に、一成さまさえ束帯姿であれば平安の世に戻ってしまわれたかのようです。 実際には「男が衣装を着たって面白くも何ともない」との当主様の鶴の一声で男性陣の正装は廃止になっているのですが。 夏夜さまは起きる様子もなく、ただ突然の寒さに僅かに身を丸めてすうすうお眠りになっています。 一成さまは暫くその横顔を眺め、やがて夏夜さまの肩に手を乗せて揺す振り始めました。 「夏夜、起きろ」 「……ん」 「起きろって。時間だ」 「も…ちょっと……エル、く」 『エルくん』とは学園の高等部にて出会った、夏夜さまが仲良くしている男友達のお名前です。 意識が曖昧な夏夜さまは一成さまの憎々しげな表情にも気付かずそう呟くと、一成さまの服の袖を握ってお放しになりませんでした。 そこで困ったのは一成さまです。 無理に夏夜さまから距離を取っても年の割に小さめの手は――大きさに似合わず、強い力が込められていて布地が伸びるばかり。 その場で服を脱ぐ訳にもいかず、また基本的に従妹君に甘い一成さまは力任せに夏夜さまの指を引き離すのもお可哀想で、「……ま、良いか」と結局諦めてしまわれました。 電話をして誰かを呼ぼうにも、肝心な携帯は屋敷内では滅多に使わないため自室に置いてあります。 みっともなく大声を出すのはどうも性に合わず、また動くことも出来ないので、一成さまは寝ながら侍女達が自分を見つけるのを待つことに致しました。 侍女の一人が仲良く横に並んで眠るお二方を見つけたのは、それから二時間ほど経ってからのことです。 何故そこまで時間がかかったのかと申しますと、途中で偶然に通りかかった奥さま……一成さまのお母君で夏夜さまの伯母君である方、がもう少し寝かせてあげようと気を利かせ、部屋の明りを消し、襖を閉めてしまわれたからでした。 その頃にはすっかり日が落ちていて、庭園の所々に配置されたライトが室内を照らしておりました。 夏夜さまの女房装束が薄暗い中でぼんやりと浮かび上がり、それはまるで物語の一節のように美しい光景であったと聞いております。 行方なき 空に消ちてよ 篝火の たよりにたぐふ 煙とならば (出典/源氏物語【篝火】) 記録者――姓なき侍女。通り名をミケ [次へ#] [戻る] |