天使と悪魔の境界線【2】
ふと横を見やると、梓も後ろめたそうな表情です。
普段何ごとにも冷静沈着、しっかり者で鉄面皮だといわれている梓ですが、付き合いが長いのです、私には分かります。
後悔、その二文字が浮かんでいました。
先生相手だと、不思議と本来ならば相手側に失礼に当たるだろう言動に、なぜか怒りは湧かないのです。
何か、私達の行動が不快にさせてしまったのでしょうか。
いえ、理由として思い当たるとしたら先ほどの名前の由来でしかありません。
――出すぎた真似、だったのでしょうか。
梓と私は、まるでそう打ち合わせしていたかのように同時に立ち上がりました。
「すみません」
二人の声が重なります。こういうところだけ、私達は似たもの同士のようです。
先生は一瞬戸惑いの色を浮かべた後、ふわりと笑って首を傾げました。
今言うことではないかもしれませんが、少しでも気を抜いたら見とれてしまいそうな笑顔です。
「どうして謝るんです。勝手に出て行くのは私ですのに。本当に、この後用事があるからなんですよ?」
「でも……」
言いかけた梓の口を塞いだのは、ほんのわずかな仕草でした。
人差し指を重ね合わせて、口の前で×を作ります。
黙って、と無言で伝えられた梓は、まるで催眠術をかけられたかのように口を閉ざしました。
「次も宜しくお願いします。発売、楽しみにしていますね」
先生はずるいです。
そんなこと言われたら、何も言えなくなってしまうではないですか。
私達ははい、と力なく答えました。
……本当に不思議な物です。
私とは十以上も離れているのに、この美貌の少女に圧倒されるばかりです。
反論する気力さえも、鮮やかなやり方でなくならせていくような。
椿さんはとても美しい方です。
この世の物とは思えない、神々が必要以上に偏愛、もしくは溺愛し十人分の美女を掛け合わせたような美貌をお持ちです。
ですが、一つ言い切れます。
きっと彼女は一度も誘拐なんてされたことがないでしょう。
誘拐する手も引いてしまうほどの秀麗さ、との見方もあります。
椿さんが時折見せる、黒い天使のような笑みに私は感じるのです。
――あぁ。
この人は天使や神だけならず、悪魔の加護さえも受けておられる、と。
目的の為にはある程度手段を選ばない、ずるさも持ち合わせておられる、と。
私は、そう思うのです。
【終】
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