ただ一つだけ願うもの がらんがらん。 二度手を打って音を鳴らし、男は静かに目を閉じた。男の前に参拝をしていた男女の三人組は真ん中の女の子を巡って随分とぎゃあぎゃあ騒いでいたが、今はもう気にならない。 男は祈り、それから傍らにいる少女へ目をやった。 少女もちょうど祈り終えたようだ。 近所の神社とはいえ、元旦の昼となれば人もそれなりにいる。いつまでも祈っている訳にはいかない。 男と少女は無言で視線を交わし、石段を下りた。 ふと受付を見ると、先ほどの三人組はおみくじを引いていた。髪の長い女の子は凶を引いたらしく、恨めしげに少年を見ている。 男も同行している少女に聞いてみたが、少女は頭を左右に振って「いいです」と言うばかり。 代わりとばかりに配られていたお菓子を受け取り、適当なベンチに隣り合って座った。 「何をお願いしたの?」 膝に肘をつき、手の上に頭を乗せて男は聞いた。少女は笑顔で頷き、あっさりと言い切る。 「もちろん恋愛成就です。残念ながら、私の好きな人は私に手を出してくれないので」 がくっと頭がずり落ちた。 男は姿勢を元に戻し、深くベンチに座る。 例え少女の志望校は私立、十二月の打診で入学がほぼ確定しているとあっても、こういう場合は普通、勉学について願うものではないのか。 湯島天神に行けとまでは言わないが、合格を祈願しても罰は当たらないだろうに。 「……学業じゃないのかな、受験生」 「良いじゃないですか。ところで随分長かったようですが、貴方はお祈りしていたんですか?」 男は視線を逸らし伝えるかどうか迷ったが、マフラーを掴み、言わねば許さないといった風の少女の態度に負けた。下手に誤魔化したりなどすれば、途端に絞められそうな気もするのだ。 少女の肩口に顔を埋め、ぼそりと呟く。 「――君の、高校合格」 「ありがとうございます」 少女は満足げに微笑んで、こくりと頷いているかのような浅い会釈をする。 おみくじなど引かなくても分かる。少女にとって今年は大吉に違いなかった。 【終】 [*前へ][次へ#] [戻る] |