リトルデビル・クリスマス 「どうしても欲しいんです」 だから下さい、と潤んだ上目遣いで少女は言った。うっと男は一瞬、言葉に詰まる。 「ダメだよ」 「嫌です。クリスマスプレゼントなんでしょう」 少女が胸の前で両手を組み、こう言う時は絶対に男は断れないのだ。 幼い頃から周りの人々に蝶よ花よと育てられた少女は押しが強く、また甘え上手なのである。 男も、その『周りの人々』の例外ではなく。年下の少女にとても甘かった。しかし、こればかりはそうもいかない。 男は少女から視線を外した。 その先にはつい数分前に少女から貰った、紺色の手編みのマフラーが無造作に置いてある。 受験生だというのに何やってたんだか、と男は現実逃避も兼ねて思った。 そして、問題のそれを見ながらぼそりと呟く。 「……君が飲むもんじゃないし」 テーブルの上にはずらりと並べられたディナー。 ケーキは駅前の『トレゾァ』から個数限定のチョコレートのものを、その他ミモザサラダやローストチキン、オードブル。 全て少女が揃えたものだ。 クリスマスの今日、両親が二人とも出張だからと男も少女の来訪を許可していたのに。何でこんなことになるのだろうか。 「私のものです、何しても良いはずです。二十歳になるまで取っておくなんて出来ません」 少女は強い口調で言い張った。床に膝をついたままにじり寄り、良いですよね、と至近距離で囁く。 男は危うく頭を縦に振りそうになった……が、寸前で留まった。 耐えろ自分。クリスマスだからとは言え、こればかりは絶対に許せない。 少女の両親にも怒られるに決まっている、長年築き上げてきた信頼もぶち壊しじゃないか。 「訴えられるのは僕だよ」 「私の両親はそんなことしません」 「他のじゃダメなの」 「くれるって言ったのは貴方じゃないですか」 押し問答だと男は思った。 このままだと確実に説得されてしまいそうな気がする。いや、きっとそうなる。 「間違えたんだって。それに不味いよ」 「貴方が言っても説得力ないです。普段飲んでるのに」 それもそうだ。 「下さい」とトドメを刺すかのごとくもう一度言われて、男は仕方なさそうに溜息をついた。 シャンパンを持ち上げ、グラスにとくとくと注いでいく。 波打つ黄金色の輝きを見て、少女はひどく満足げに微笑んだ。 オレンジではない、いつもと違う色。香り。グラスを持ち上げて軽く揺らす。 「――今日だけだよ」 「往生際が悪いです。それでは、メリークリスマス」 テーブルの端に置かれた小さなクリスマスツリーの明りが、手元を照らし出す中で。 カチン。 男と少女はグラスを合わせ、二人きりの食事を始めた。 「メリークリスマス。……苦しみます」 「大丈夫です、家系上お酒は強い方ですから」 【終】 [*前へ][次へ#] [戻る] |