恋愛カウンセリング
「同級生がガキに見えて仕方ないんですよ」
そう話を切り出した。
少女のために買い与えられた、一人用で小さな折り畳みテーブルの真ん前を陣取り、並々と注がれたオレンジジュースのコップを手にとって。
隣の猫が発情期でうるさいんですよ。その声音の軽さと言ったら、そう、このくらいに。
男はパソコンから目を離し、椅子ごとくるりと振り向いた。明らかに迷惑そうな顔、いかに鈍感な少女にも分かるだろう。
「……あのさ」
「はい」
「僕の職業、知ってるよね?」
はい、と少女は真摯に頷く。
ちらりとパソコンの画面を見やった。今もめまぐるしく変わっていく数字。明らかにオンラインゲームやチャットの類ではない。
そして少女は知ってもいる。これが男の本職ではないことも。
「カウンセラーさんですよね。今は株の取引を中心に活動しているようですが。っていうか、そっちの方が向いているみたいですね」
男は頭を抱えた。どこをどう、どんな風に育てたらこういう娘さんになるのだか。
「……よく見てるね」
ぐさぐさぐさ。もう一つおまけに、グサっと。
オブラートという言葉を知らない少女の言葉は、とりあえず男の心を傷つけ脱力させるのには充分だった。
男ははあっと大きく溜息をつき、真正面から少女と向き直る。と言っても、椅子に座っている男が上から見下ろす形ではあったが。
「なんかあったの?」
男は諦め、パソコンの電源を落とした。キュルルルル……と音を立て、画面は真っ暗になっていく。
「いえ、何も」
少女は静かに頭を左右に振っている。ジュースを口に含み、嚥下。こくりと白い喉が鳴った。
そして、ゆるやかに目を伏せ。
「ただ、思っただけです。好きな人が一人もいないまま、中学時代を終わらせてしまうのは如何なものかと」
少女が身に纏うのは、まごうことなきセーラー服。紺のカラーに同色のリボン、今時なさそうなオーソドックスな白と紺のコントラスト。
男は小さく笑みを浮かべる。
「同級生とは限らないんじゃない?」
「私、三年生ですよ。部活にも入ってませんでしたから、先輩もいません」
貴方が一番よく知っているはずです、と少女はぼそぼそと呟いた。
まあ確かにそうだ、と男は思う。
お茶、遊び、宿題、何となく。
様々な理由をぶら提げて、少女は常日頃から隣家に入り浸っている。
もはや家庭教師兼遊び相手のようなもの。少女の両親もあっさり了承済みで、男は寧ろ感謝されてもいた。
もし部活や委員会があったのならば、こんなにも単調で、男にとっては穏やかな毎日を過ごすことはなかっただろう。
「下級生は?」
「すみませんが、眼中にも」
一年生なんて去年は小学生ですよ。それもそうか、と男は考え直す。ならば。
「……来年に期待したら」
「ですから、中学時代でないと意味がないのです」
「だよね」
少女はぐっと拳を握り締め、テーブルの上に置いた。お世辞にも新しく頑丈とはいえないテーブルは、カタカタとコップを乗せて揺れていた。
しかし、オレンジジュースは零れる様子でない。既に半分以上が少女の胃の中へと消えている。
「かといって、同級生もダメなんでしょ?」
「はい」
至極真面目な顔つきで、少女は大きく頷く。男の溜息はそれと比例するかのように、ますます大きくなった。
「どこが嫌なの」
「少なくとも、授業中に紙飛行機とばして遊んでる子供は嫌です」
きっぱりと言い切った。男は返す言葉が見つからず、思いっきり視線を彷徨わせる。
「……勉強に集中するとか」
「私、もうほぼ決まってますよ。私立の推薦です」
そういえばそうだった。この少女は十二月に出た成績表も両親より先に、まずこの男に見せていた。
良い所の推薦を取れるまでに、随分と宜しい成績だったことは言うまでもない。
男は困ったように視線をめぐらせ、そして少女の顔で止まった。
「年上の男は」
「先生ですか? それはちょっと」
少女は眉を顰め、ずずずと音を立ててジュースを飲み終える。ガラスのコップを持って立ち上がり、台所へ向かおうとした時に手首をつかまれた。
誰って、男に。
「じゃなくて」
「二十五歳花の独身、健康体で資産はそれなりの目の前にいる年上の男は」
早口でぼそぼそと言った男は俯き、耳朶まで真っ赤になっている。少女は目を見開き、それからにこりと微笑んだ。
「とても、良いと思います」
【終】
参加中→ヨミキリ!
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