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グループ企画
スノーホワイト【2】――フラ
 あの『野原』に着いた。私の一番大切なところ。一番大好きなところ。
 苦しくて、辛くなって、何度も来た。鳥が鳴いて、木が揺れて、風が吹く。

 春にはキレイな花とサクラの木が咲き誇る。
 夏には緑の木々が生茂る。
 秋には紅葉と銀杏が秋の色をつける。
 冬には銀の世界になり、いつもと違う姿を見せる。

 そんな様子が大好きで。昔からここに来た。何度も何度も。だって辛いことだらけなんだもの。この世界は。

 ツライ、クルシイ。

 最初は泣いた。でもだんだんその涙はカレタ。
 泣いて泣いて泣きすぎて、そのうちに涙すら枯れたんだ。その時に思ったんだ。

 ――これが人の行きつく果てなんだ――。

 その度にこの野原に慰められた。優しい風に、優しい音に、この世界は優しいのだと幻覚させる、辛くないと感じさせる、そんなここが大好き『だった』。

 辛くなって、そんな事も辛いと思えなくなって、乾ききって、そんな時に出会ったんだ。
 雪が降った幻想的な夜に。ユキと。

 最初は妖精かと思った。
 あまりにも降る雪と合っていて。思わず話しかけた。

 驚いた、そのあどけない表情が今まで考えていた『神秘的な存在』とかけ離れていて、つい笑ってしまった。
 その時、自分でも驚いてしまったことがある。

 ジブンが素で笑ったんだ。ずっとずっと素になる事なんてなかったのに。
 自然に笑う事なんてなかったのに。

 そのことに驚いていると、そのことに驚いている私に驚いているユキがいた。
 だからまた笑ってしまったんだ。二人で。

 他愛もない会話をしたんだ。その後にも。

『わたし、もういかなくちゃ』

 ユキが不意に言った。

『どこに?』

 さっきメルヘンなことを考えた。「妖精」とかね。だから気になってしまったんだ。どこから来て、どこに帰るのか。

『……い、え?』

 確かにそうだろうな、なんて質問してるんだ。
 私は。なのに、そんな質問に疑問系で返すユキもユキだとその時思ったんだ。

『最近、引っ越してきたの』

『この町に』

『良い町だね』

 ユキがそう言った。
 私はただ漠然とこの町は良い町……の方には入るんだろうか、と考えていた。

『あなたみたいな人もいるし』

 耳を疑った。
 私を?
 私のことを?

『それって……どういう意味?』
 
 いつの間にか聞いていた。今まで一度も『ソンナコト』を言われたことがなかったから。

『……あなたは、とても良い人みたい。話していて心が温かくなるのを感じたのは初めてだよ』

 ユキがそう言った。上辺だけの付き合いしかしてこなかった私は、そんなことを言われたことがなかった。
 良い人だ。優しいね。は何度も言われた。

 でも、心の底から本心で言ってくれたんだ。この子は。
 初めて。

『ありがとう……』

 自然にコトバが漏れた。ユキは少し笑ってじゃあね、と手を振ったんだ。

『待って。あなたの名前。何?』

『……ユキ』

『ユキ……また……会いたい。会いましょう?』

 言いたいことをありのまま伝えた。本当の自分で。ありのままの言葉で。
 また少し驚いた顔をしたユキは、ほんの少し微笑んで言った。

『うん』

 初めて会った人に、初めて心を許したんだ。
 ほんの少しだけど。それが私とユキの出会いだった。時間も空けずに会うことが出来るようになった。

 2回目会った時はお互いメールを教えあって。
 また、他愛もない会話をして。ある時、ふとユキが言った。

『どうして、深森は時々悲しそうに笑うの?』

 純粋な質問だったのだろう。
 でも、私の頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。

 ――今まで……今まで一度だってばれた事がなかったのに――。

 精一杯の笑顔を作ってユキに聞いた。

『どうして? そんなことないよ』

 ユキはじっと私の顔を見たあと、視線をそらした。

『どうしても……どうしても聞かれたくないことってあるよね』

 静かな口調でユキが言った。ユキは分かっているんだ。

 辛い事があること。苦しい事があること。
 世界はそう『優しくない』ってこと。

 もしかしたらユキにもあったのかもしれない。
 だからユキは私の『イタミ』に気付いたのかもしれない。思わずユキに聞いてしまった。

『ユキ……もしね、もしだよ。「あなたをころしたい」って言われたら、どうする?』

 しまった……と思った。言ってしまったと。ユキと視線を合わせたくなかった。

 今重なってしまったら、私が作ったものが、作り上げたものが、積み重ねたものが全て消えてなくなってしまう気がした。

 崩れていってしまう気がした。泣いてしまう気がした。

『……昔はね。どうでも良かった』

 ユキが不意に言った。
 ただでさえ泣きそうになっている自分に、畳み掛けるように語りかけている気がした。

 泣きそう?
 この私が?
 涙さえ枯れてしまった私が?
 なぜ今更?
 枯れたはずなのに。
 なくなってしまったはずなのに。

 それってどういうこと? と口にしようとしているのに、うまく動かなかった。

『死んだって、生きたって、そうかわりがないでしょう。だから、そんなこと言われたって「好きにして」って思ってた』

 私は思わず立ち上がって言った。

『ユキが死ぬなんていや。絶対にいやっ』

 ユキは驚いた顔をして私を見た。さっき合わすことの出来なかった視線が、自然とぶつかった。
 ユキは静かに微笑んで言った。

『私も。深森に死んでほしくない。深森もそう思ってくれていると思ってた。だからね。「ころしたい」なんて言われても死んでほしくない。生きててほしい。死にたくないって言ってほしい』

 それが私の答えだよと付け足して言った。
 今度こそ泣きそうになった。

 ユキが私を大切に思ってくれたことが嬉しくて。
 ユキが真剣に考えてくれて。
 ユキが……分かっていてくれて。

 その時思った。『この人だ』と。私がずっと探していたのは『この人』なんだと。私を見つけてくれたのは『この人』だと。

『ユキ、ありがと。大好き』

 友達のユキにギュッと抱きついた。普段そんなことする人間じゃないから、ユキには少し驚かれた。
 でも、黙っていてくれた。その沈黙すら心地よかった。

『私もだよ。深森』

『え?』

『さっき、深森私のこと大好きって言ってくれた。だから私も、大好きだよ』

 今日は帰ろうと切り出そうとした時、ユキがそう言ってくれた。
 言ってくれた時、胸の真ん中が温かくなった。そんな気持ちは初めてで、少しとまどった。

 そんな気持ちが気付かれないように、ユキに言った。

『ねえ、ユキ。この場所、二人の秘密の場所にしよう。この野原、ユキと出会って知り合って約束した場所だから。時々二人で来て、「あの時こんなこともあったね」って話せる場所にしよう』

 ユキは快く頷いた。

『でも、約束って何?』

 今度は私が微笑んで言ったんだ。素のジブンで。

『二人が一生仲良く付き合えるようにって』

 ユキと出会った場所だから好きなのかもしれない。

 今はそう思う。もし会わないで終わっていたら、そんなにこの『野原』は重要じゃなかったと思う。
 本当に大好きだった。約束の場所。

 今ではほとんど二人で来なくなってしまったけれど。

 『アノオトコ』のせいで。違う。
 ここが『ユキ』と『アノオトコ』の出会った場所になったんだ。

 あの二人を運命のいたずらで合わせてしまった、その原因を作ったのは私なんだ。

 あの時の前日に書いたメールはこう。

『明日の朝、あの『野原』で一緒にお話しない? できればその後、一緒にご飯に行けると良いな』


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あきゅろす。
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