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グループ企画
頭をからっぽにして読むSS
 図書館っていうのは本の牢獄だ。

 一度入ったらほぼ一生出てこれなくて、持ち主によってはびりびりに破かれちゃったりもきちんと返して貰えなかったりもする。

 時々外に行けるけど期間限定だし、判子が押されてて元に戻れない本だってある。
 別に可哀想だって思ってるわけじゃない。

 でも、本好きじゃないとココは無理。
 特にあたしには無理。

 高い本棚は行く手を遮るようにあちこちに存在していてまるで迷路、上からぎゅうぎゅうと押される例えようのない圧迫感。

 要するに、あたしは本が嫌いなんだ。

 小説は最後まで読みきったことないし、中学時代は一度も図書室に行ってない。
 それなのに何でここにいるかって?

「読まないの?」
「読まない、っていうか読めない」

 だって文字の羅列だよ、映像も挿絵もなくてただ文字だけ。
 想像力をフルに使わせて自分の脳内で場面を描かなきゃいけないし、純文学はふかーいふかーいとこまで読み取んなきゃいけない。

 面倒じゃんそんなの。

 キーボードを打つ音が止まる。
 ついでに言えばあたしのページを捲る手も結構前から止まってる。

 あっちはパソコンを弄ってるんだから、別にあたしが本を読む必要ないよね?
 ぼうっと空想してたって『本を読んでない』って意味では同じだし。

「奈美、日本人だろ。……あれ、本好きなんじゃなかったっけ」

「波長の合う話なら大丈夫なんだよ。でも、そーいうのは無理。絶対無理」

 そーいうのって、つまりは高瀬舟とかこころとか。
 今あたし達が二人占めしてるテーブルに積み上げられてるような本なんだけど。

 高瀬舟は短編って言われてるけど無理だね、漢字と妙な時代背景が多すぎて嫌になる。

 あぁでも、我輩は猫であるはそれなりに面白かった。
 エッセイ読んでる気分になったし。

 この図書館に来てから、チョイスされた本を片っ端から読んでは止めて次行って、また合わなくて、ってのを繰り返してる。

 もーいっそ去年と同じ本にしちゃおうか。先生には絶対怒られるだろうけど。
 興味のない本をパラパラ捲っていたら、向かいの席から呆れたような声が飛んでくる。

「現国のテストはどうしてんだよ」

 そうだね、小説も出てくるね。
 好き嫌いとか言ってる場合じゃないよね。

「ん、直感とセンスでどうにか」

「……だから点数にばらつきがありすぎるんだ」

「良いじゃん、君には関係ないし」

 もちろん嘘だ。
 直接的に関係はないかもしれないけど、人生には確実に関係ある。

 あっちは現国の成績だけがめちゃくちゃ悪いあたしを心配した両親がつけた家庭教師で、つまりはあたしに本を好きにさせるのが仕事なんだから。

 ブックアドバイザーもお手上げの筋金入りをどうにかこうにか、最悪でもテストは赤点取らないようにした功労者でもある。

「ある。奈美の成績が下がったら俺が怒られる」

 やっぱりというか何と言うか案の定、即答された。

 平日の早朝で真夏の図書館。
 今はクーラーで冷えてるから良いにしても、帰る頃には外は熱帯地獄になってるはず。

 一昨日から三日連続真夏日が続いてて、光化学スモッグ注意報が連日のように発令されてるそんな時に、わざわざ図書館に来たのもそれの為だ。
 読書感想文。

「読書感想文書き終わんなかったら?」

「当然、クビ」

 だよねぇ。

 下手でも良いからとにかく読んで、書き上げなきゃどうにもならないんだよね。
 今までの家庭教師より断然気が合うしうるさく言わないし、あたしのせいで路頭に迷わせちゃうのは勿体ないか。

「じゃあ書く。何かオススメのないの?」

「俺が書いた小説は」

「うっそ、出版してたんだ。どれ?」

 意外や意外。
 パソコンでカタカタ遊んでるだけかと思いきや、実は小説家だったのか。

 家庭教師のバイトしてるんだから、そう売れてるとも思えないけどさ。

 それでもやっぱ、見るだけ見てみたいのよ。
 どんな話だか興味あるし、それなら最後まで読めるかも。
 この中にあるのかな。

「これ」

 手渡されたのはシックな青い装丁の本だった。

 パッと見何の変哲もない、ごくごく普通の本。

 小学生に色鉛筆手渡して本を描いてって言ったら、多分こんな本が出来上がるんじゃないかって風の。
 でも、問題なのはタイトル。

「……これなら読み終えられるよな?」

 そうだね、これなら読み終えると思うよ嫌でも。

『本が読めない彼女を教えて』、っていうあたしにぴったりの本ならね。


【おーわり】


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あきゅろす。
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