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グループ企画
眠り姫――ぷらむ
 柔らかそうな雪がひらひらと舞い落ちてくる。
 真っ白でいつ見ても美しい結晶が、この世界をふわりと包んでいく。

 花や木々、はたまた路上に転がる空き缶すら白に染めあげる。
 そう、何もかも。
 私以外の何もかもを。

 ガチャガチャガ―カチッ!
 パタン……トタドタドタバタン!

「たっだいまー兄貴!」

「おかえりなさい、志保」

 ふわり―――兄貴は今日見た雪の様な柔らかな笑顔で、私を迎えてくれた。

 本人の肌が病的に白いのもそう見える理由なんだろうけど、中性的な顔立ちで肌が白いなんて、妹的には羨ましい限りだと思う。

「……神様は人に不平等だなぁ……」

「ん?どうかしました?」

「あ、ううん!? 何でもないよ」

「そう……今日はどうでした?」

「ん、楽しかったよー! 深森とユキとファミレスで喋ってたんだけどさー……! そうそう白雪姫の夫が死体愛好家で眠り姫の夫が強姦魔って話をしたら深森にツッコまれちゃったの。『ココ ファミレス!』って。近くの席見たら男の人二人居て、顔真っ赤にされて!
も―――あたしが真っ赤にしたい気分だってのッ! ああ、そういえばさっき雪降ったよね〜兄貴気付いた? 超綺麗!」

「あははっ、いつ聞いても志保は快活に喋りますね」

 からっ―――今度は太陽の様に明るく笑う。
 やっぱり綺麗な顔してるなぁ……。

「じゃなかった! そこ笑うとこじゃないしっ! かかいかつ? よく分からんけど、面白いとこ無くない!?」

「はははっ、いや、全部面白ぃっあははっぁ……! 嗚呼、そうそう遊んでる途中、眠くなったりしませんでしたか?」

「んーちょっと寝かけちゃった、かな!」

 ファミレスでのこと。
 私は死んじゃうんじゃないかって程の眠気に襲われた。

『まーまー。あ! 雪が降ってる!』

『ユキ?』

『違う違う、外。ほら』

『綺麗だね〜!』

♪♪♪〜

『メール?』

『うん。ちょっとごめんね』

『ユキー何で、笑ってるの? 気になるじゃない?』

『何でもないよ……あれ? 志保?』

 ガタンッ!

『志、保……?』

『志保! 大丈夫!?』

『ぁ、れユキ?』

『志保、ねぇ大丈夫? どこか痛いところとか無い?』

『や、うん、大丈夫! ちょっと眠くなっただけ……』


「……って感じかな。でもいつもより、眠る時間は短かったよ」

 そう、最近ずっとこう。
 夜になっても、朝になっても、昼になっても、ずっとずっとずーっと眠い。

「そう……か」

 ほんの一瞬の沈黙。
 兄貴の悲しそうな顔。
 お願いだから、笑ってほしい。

「……あ! あのね、最近よく倒れかけるから、深森が『まるで眠り姫ね!』とか言うの! 有り得ないよねー」

「……志保」

 にこっ。
 ふわっ。
 やった! 笑った! ……けど、ぁれ?

「えっ!? あ兄、貴っ?」

 視線が強制的に天井へと向く。
 お姫、様だっこ…かーっ!?

「今日はもう寝た方が良い。……たくさん寝とけば、眠くならないかもしれないですしね。よいっしょっ、と」

 ふわぁっ。

「わっ!……でもお姫様だっこはやりすぎな気がするよ」

「まぁ、そこはお気にせず。それに志保は眠り姫でしょう? 嗚呼なら……私は強姦魔かな」

 …………………………。

「っぁはははははは! 冗談っ! あたしがお姫様の時点でありないって」

「ふふっ、そうかな? さぁ、おやすみなさい志保」

「え、う……ぁ……」

 瞬間、目の前が暗闇に包まれる。
 自分の意思は関係ないらしい―――あたしはまたしても、深い眠りについた。



「寝ちゃった……か」

『誰が寝たって?』

 むくりと、ベッドから起きあがる志保。
 しかしその体から出ている雰囲気は、先刻の志保とは打って変わったものだった。

「志保が……だよ。お前は志保じゃない」

「志保だよーっだ。もう一人の、ね?」

 もう一人の志保。
 それは志保が産まれる前から、起きていた事件だった。
 元はと言えば、志保は双子だった。

 ただ母親のお腹の中で、片割れは死んでしまったのだ。
 そして志保は産まれた。
 長女として、私のただ一人の妹として。

 けれど、志保はただ一人の妹ではなかった。
 中学二年のある日、私の前で志保は倒れた。

 バタンッ!

「志…保! 志保っ!」

『ぉ、お兄ちゃん? お兄ちゃん!』

「……志保、じゃない? 君は、誰、なん、だ?」

『ぁはははははは! 変なおにぃーちゃん。ぁあ、兄貴 か?』

 そしてもう一人の"志保"が目を覚ました――。

 それからずっとコイツは、志保が眠るたび、志保の体から、幾度となく現れる様になった。

「今度は志保の友人の前に出ようとしたみたいじゃないか」

『それがー? だってボク志保だしー』

「お前は志保じゃないっ! 志保は俺の大切な妹だ……お前みたいな愚弟とは違う」

『やーん怖い怖い、お兄ちゃんったらぁーん』

 ダンッ!
 ギシィ……ベッドの軋む音。

『何? 志保には出来ないことしてみたくなった? お兄ちゃん。こーゆうの"きんしんそーかん"って言うんだよ』

「――残念だったね、義兄妹ならそう言わないし、結婚も出来る」

 だって俺は本当のお兄ちゃんじゃないから…知らなかっただろ?
 にこっ。
 今までに無い程の満面の笑み。

 そして、耳元で囁く――志保にも言った事のない――衝撃的事実を。

『っ!? そう……か、っふふ、ぁははははははっあはあははははははははっっ! ダァーメ、志保はボクの物。いつか教えてあげるんだから、志保の中にボクが居ること。それまで壊すも生かすもボクの自由。ずーっとボクのお・も・ちゃ』

「駄目ですよ。志保は私の妻、大切な妹。愛して愛して、壊すのは私だけです。ずっと私の事しか考えられない様にしてあげるのですから」

『志保はボクの』

「志保は私の」


「ん……あれ朝……?」

「おはようございます、志保」

「あっ! おはよー兄貴。ぁれ……っ痛!? 何か体中痛いなぁ……」

「きっと寝過ぎですよ。体動かしついでに、一緒に出掛ける?」

「うん!やったーお出掛けっお出掛け! 大好きだよーっ兄貴!」

「ぇえ、私……もね?」


第二話――眠り姫【完】


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