グループ企画
第二話――トーコ
「ケチャップよりマヨネーズが好きなの! 変えてきてよ」
「イヤ、普通フランクフルトはケチャップだし……」
あたしの顔から視線を逸らしつつ、ぶつくさ文句を言う澪がたまらなく面白い。
何気なぁくコンビニのビニール袋をくるくるって捩れさせている所も、何と言うかS心が刺激されるんだ。
あたしのオモチャ、澪がバイトを始めてから一ヶ月が経とうとしている。
澪は、初め野菜切りだの皿洗いだのやってたけど、今では(困る顔が見たくて)レジ打ちもさせるようになった。
あれ、あたしって究極の意地悪?
現在、午後八時。
夜がメインの料理屋もちょっと人が引いてきて、あたし&澪&たまきちゃんは休憩時間となっていた。
澪が代表して、近くのコンビニまで買出しに行っていたんだ。
もちろん澪に行かせたのはうち。
イヤがる澪も面白かったー。
「……あの、えっと。澪さんはおにぎり二つだけ、で?」
フランクフルト、ワンタンスープ、おにぎり二つ(梅と鮭)、フルーツサンドと卵サンド、期間限定ポッキー。
計、澪が買ってきたものだ。
おつりはたったの三円。
たまきちゃんは袋から出てきたそれらを見て、きょとんとした感じで首を傾げている。
「だってお金、ギリギリしか渡さなかったし。うちが作る気ないしー」
「その割にはポッキー買って来いって言ってたなぁ!?」
言うまでもなく、さっき挙げた中で一番高いのはうち所望のポッキー。
ミルクと高級ストロベリーチョコレートがかかっていて、品の良い甘さなんだよね。
え、おやつだけど?
「――二人、仲良いんですね」
たまきちゃんがうちらを見ながら、ぽつり、一言。
「いや仲良いとかそういうんじゃないから!」
「だって澪はうちのオ……やっぱ止め」
「何言おうとしてたか簡単に分かる俺ってどうよ……」
澪は額に手をやって、がっくりって感じ。
対するたまきちゃんは口許に手を当ててくすくす笑ってる。
あれ、この二人何だか良い雰囲気だったり?
「澪ー、ティッシュ。ついでに冷蔵庫からマヨネーズ出して」
「はいはい。つかお前の方が近いだろーが」
呟きながら立ち上がって、あたしにティッシュの箱とマヨネーズをひゅんって投げる。
たまきちゃんの頭の上を通過し、綺麗なカーブを描いて着地。
当然両手でキャッチした。
「ありがと」
「今日は槍が降るかもな」
「何か言った?」
何気ないやり取りが、少し嬉しい。
「いらっしゃいませ」
「もっと愛想良くっ」
「いらっしゃいませー」
「もっと可愛くっ。あのお笑いのコみたく!」
指差した先、テレビ。ついでに言うとあの、101の店員のギャグで売れてる芸人。
最近は、お昼のいいかもにも出てる気がする。
で、澪はいらっしゃいませの練習をしてるんだ。
これが中々面白い。
そもそも澪は、こーいう接客っていうのが得意じゃない。
愛想もないから、知らない人に対してニコニコずっと笑って、ってことも出来ない。
イコール、絶対ホストには向いてない。
ないないづくしだねホント。
でも、うちでバイトしてる限りはやんなきゃいけなくてさ。
仕方なくたまきちゃんとうちが、監督で練習してるってわけ。
「何で出来ないんだろーね。知ってる人の前なら笑えるくせに」
「さぁ」
「人間ぜぇんぶ野菜だと思ってみたら? あたしは喋らないリンゴ、みたいな勢いで」
澪は即答した。
頭を左右に振ってきっぱりと言い切る。
ひっどいなぁもう。
「いやそれムリだし」
「春樹さんが喋らないっていうのは、あの、確かに」
分かってるってば、ジョーダンだよ。
人間を野菜に思えって、それ舞台の上だけの話だし。
澪とたまきちゃんはねぇ、って顔を見合わせた。……微妙に、何か声をかけにくい。
あ、舞台といえば。
「人って三回書いて食べたら? 作ってあげるよ、ジンジャークッキーみたいな形の激辛パン。ハバネロペースト付きだから人って書けるし!」
「この殺人娘!」
ぱんと両手を合わせて言ったら、澪はめちゃくちゃ嫌そうな顔をして一歩、後ずさった。
このあたしが折角考えてあげたのに失礼な。
「あの、澪さん。もしそうなったら、私が代わりに食べますから」
「ホント? ありがとーたまきちゃん……敬語は直そうね」
「は……いえ、うん」
おずおずと言い出したたまきちゃんの手を、澪はがしっと(そう正にがしっととしか表現できない感じで)掴む。
たまきちゃんは耳まで赤くなっていた。
澪ってばあからさまにほっとして……当てつけ?
何というか最近、たまきちゃんと澪が仲良くしてると微妙な気持ちになる。
何というか、お気に入りのオモチャを取られた子供みたいな。
……っていうか、澪は知らないのかな。
知らないんだろうな。
見ちゃった。
あたしは家の壁に凭れて座り込んだ。
何だか顔が熱いような気がする。
試しに冷たい手の平を頬に当てると、予想以上に熱くなっていてあたしは小さく息を吐いた。
買い物を終え、料理屋に戻ってきた所だった。
お店用の出入り口ではなく、家の裏手にある勝手口から。
荷物を置いて、業務用の大きな冷蔵庫に入れて……一通りの作業を終えたあたしは、ドアを開けて店の方に回った。
それを見たのは偶然。
わざとじゃない。
夕暮れの、オレンジ色の光が差していた。
店の天井から吊り下げられていたテレビには、たいして面白くもない番組が映し出されている。
たまきちゃんと澪が、向かい合わせて立っていた。
「……澪さん、あの、私。澪さんに言わなきゃいけないことがあるんです」
正しく、告白だった。
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