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当日、三十分前
 ふわふわと柔らかなシルエット。

 所々に立体的な花びらのモチーフが散りばめられ、中央に縫い付けられたダイヤモンドが光を反射してきらきらと輝く。
 華やかなプリンセスライン、オフホワイトのドレス。装飾を抑えた長めのフェイスアップベール。鮮やかな彩りのウエディングブーケ。

 今の状況を一言で表すと、いつかは夢見たことがあるはずの、女の子の夢。


「綺麗だね」
「……六条さん」
 声に気がついてそちらを見ると、ドアに凭れた男性と視線がぶつかった。
 片付けをしていたメイクさんの方が頬を染めて、そそくさと部屋を出て行ってしまう。

 「絶対に動かないで下さいね」と、私に身動き禁止令を残して。おかげで私は椅子に貼り付け状態、ドレスのせいで背筋をぴんと伸ばしていなければいけない。
 これって結構疲れるんだよね。

「晴乃はご両親に会わなくていいの」
「いいんです、どうせ泣いてなんかくれませんから」
 逆に喜んでのし付けて送ってきそう。それじゃあどう転んでも感動の場にならない。

 そこまで言うと、男性は可笑しそうにくすくすと笑みを漏らし、私の方へ近寄ってきた。

 颯爽とダークスーツを着こなしているこの人は、大学の先輩だ。
 ついでに言えば血が繋がっているのかすら怪しい、遠い遠い親戚。知るひとぞ知る名家の長男。つまりは後継ぎでお金持ち。

 さらについでに四歳年上の幼馴染(昔お隣さんだった)、ちなみに初恋の人。一年前まで、交流は全くといっていいほど無くなっていたものの。

 もっと言えば三十分後には旦那さまになるひと、だ。名前は六条遼。


 こうなるまでのことは長すぎて、どこから説明すればいいんだろう。

 一年前のある日。お見合いが決まって、会ってみたらそれが六条さんだった。こっちから断る要素は何一つ無い。
 だから断らなかったんだけど、何の因果かとんとん拍子に話が進み、気付けば式の日取りまで決まっていた。そんな感じ。

 暫く他愛ない話を交わした後、私は軽い口調で切り出した。
 あくまでも、ふと気になったから聞いてみる、という風に見えるように。
「……あ、そうだ。訊いてみたかったことがあるんですけど、いいでしょうか?」
「もちろんどーぞ。何?」 

 本当は、ふと気になった、どころじゃない。
 婚約が決まってから今日まで、ずっと知りたかった。でも尋ねるチャンスがなかった。

 六条さんには山のようにあっただろう、お見合いの話。
 遠い親戚なだけの私よりずっと条件のいい、それこそ深窓のお嬢さまだっていたと思う。寧ろよりどりみどり、誰でも好きな人を選べたと思う。

 だから、小母さまから「遼が自分で選んだ」と聞いた時、ただ単純に嬉しく思った。
 どうしても聞きたくなった。どうして私を選んだの、私のどこが良かったの、と。

 胸に手を当てて深呼吸した。閉じていた瞼を、ゆっくりと開けていく。

「どうして、私を選んだんですか」
 やった、言えた。
「なんだ、そんなこと」
 六条さんはそうだね、と小さく呟いて人差し指を立てた。良かった、説明してくれる気はあるみたい。
「一つ、身元が確か」
 ごくごく薄いけど、曲がりなりにも親戚だから。ご両親とも知り合いだし。
「二つ、金勘定がしっかりしてる」
 高校時代、生徒会で会計やってた。……って、何で知ってるの。
「三つ、信用できる。晴乃はどれも完璧クリア、周りも口出しできなかったよ」
 にっこり笑いながら言われても。
 

 ……それだけ?


 大きく目を見開いた。
 いつまで待っても立てられない四本目の指と、六条さんの顔を交互に見比べる。
「あの、六条さん。もうないんですか」
「今まで言わなかったけど、昔みたいに呼んで。それに晴乃が敬語使ってると気持ち悪い、それも直して?」

 次々に要求が飛んできた。新郎が上から花嫁を叱ってる図、はたから見たらどう思うかな。
 案の定、この部屋は私と六条さ……遼くんとの二人きりだったけど。

 気を利かせてるのか近寄りにくいだけなのか、突然バタン! とドアが開いて誰かが入ってくる、なんてこともなさそう。

「遼くん、それだけ? 他には」
「それ以外に何があるの。……あ、そろそろ行かなきゃ」
 即答された。ぴしゃり、私の問いを撥ね付けるようではない。厳しくもない。でも静かな声で。

 ちょっとでも私のことを好きでいてくれた、と思っていたのに?

「え、待って」
 そんなのじゃ納得できない。
「ごめん、時間がないんだ。後でね?」
 笑みを浮かべて両手を合わせて、どこまでも表面上は優しげに。まるで、小さな子供に言い聞かせるみたいに遼くんは言った。

 今にもドアを開けて、ここから出て行こうとしてる。
 私はメイクさんの言いつけのせいで、椅子から立ち上がることもできやしない。
 ここで一歩でも動いたら怒られそうだ。それに、追いかけて躓いてドレス踏んで破っちゃったらどうしよう。

 六条家が用意したドレスだもん、一生かけても弁償できないかも。手袋に縫い付けられたダイヤモンド、これだけでも幾らするか。考えるだけで恐ろしい。
 悔しい、せめてローラー付きの椅子だったなら何とかあっちまで移動できたのに!

「ああ、まだあった」
 遼くんが振り返った。四つ、言いながら小指を立てる。
「晴乃ならいいか、って思ったんだよね。見合いの話をされた時」
「えっ……」


 その言葉の、意味はなに。


 一瞬で頭がぐちゃぐちゃになった。
 何て言いたいのか、何て言うべきなのか。素直に喜んでいいのかどうかも、全部わからない。

 何も言えないまま、遼くんは部屋から出て行く。

 まるで言葉を忘れたかのように、私は呆然と後姿を見つめているだけだった。


END


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