疑いの芽
気晴らしに買い物にでも行こうよ、と早苗が言って。
特に異議もなかったから、というか私の意識を逸らそうとしてくれたんだろうな、私は笑って頷いた。
それから二人で電車に乗って都心まで出る。
早苗と二人、デパートやら百貨店やら、流行りのお店を歩いて。新しく出来たアイスクリーム屋さんに寄ってぶらぶら歩く。高校時代に戻ったみたいだった。
頭の中から、面倒な考えなければいけないごちゃごちゃは消えていた。一時だけでも何もかもを忘れて、ただ、純粋に楽しい。
それは、帰り道の駅。プラットホームでのことだった。
線路をはさんで、向こう側。
格好良く着こなした黒いスーツ、シャツは薄いピンクで可愛らしさを強調している。パンプスは赤、ほんのりと薄く色付く頬に、自然な色の唇。
理知的な、またそれでいて明るい光を点すぱっちりとした二重の目。内側にシャギーがかかった、黒髪ストレート。長さは胸の辺りまでで、遠めに見るだけでも凄くさらさらそうだった。
全体的にすんなりとしていて、華奢な印象。
そんな美人の彼女と、その隣にはまた美男の彼氏。傍目でも関心を引くカップル。
あの人にしか見えない。でも認めたくない。
「……」
「あれ、六条さん」
早苗が思わず漏らした、その言葉が決定打だった。
――何で、そこにいるの?
彼の隣に立つその女性を、私は知っていた。
あの人の親戚とかそういうのではない。今彼が関連している仕事で、何でも一緒のプロジェクトに関わっているらしい。
何でらしいなのかって、それを私が直接彼から聞いたのではないからだ。
『私、貴女から六条さんを奪ってみせる』
面と向かってそれを言われたのは、そうだ、一月になってすぐのこと。
あれから五日も経っていないはずだ。いきなり家に来られて宣戦布告されて、しどろもどろになりながらも答えたんだっけ。
旭くんが傍にいたから、ヘタなこと言えなくて。慎重に慎重に言葉を選び、どうにか納得して退出してもらった――はずだ、確かその時は。
「晴乃、大丈夫?」
「……う、うん。でもあんまり、見たくない、な」
ぼうっと考えにふけっていて、紫に引き戻されてようやく現実に戻る。
今も楽しげに喋っているあっちは、私と紫に気付いていないみたいだった。
私がそれとなく紫の後ろに隠れていたせいもあるだろうけど。それ以上に二人は周りからの注目を集めていた。
向こう側のホーム、遠くて全体が見えるからこそよく分かる。
ある人は隣に立つ人に何ごとか耳打ちして、ある人は二人をじっと見つめて。どこからどう見てもお似合いの二人。
仕事で共に行動してるだけなのかもしれない――なら、なぜ車を使わないの。運転手さんに聞かれたら、そこから私に情報が回ったら困ることでもあるの?
他にも考えれば色々と出てきたと思う。
もっとよく冷静に見ていれば、疑いの芽を、小さな二枚の子葉そのままにしておくことも出来たと思う。
あの人を信じていることも、出来たと思う。
その日の夜、彼は帰ってきた。
約二週間振りのことだった。
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