新年会の知らせ
六条の分家は八つある。
その中でも筆頭が七瀬、安沢。七瀬は代々、六条本家の影武者を務める家。
そして安沢は、八つの家の人間がその立場に相応しいかどうか、査定する家……平たく言えば、『判定』の役割を担っていた。
戸籍上、法律上では何であっても、家の中でその立場の扱いを受けなくなる。
つまり遼くんであれば六条の後継ぎから、私であれば後継ぎの妻という立場から外される、ということ。
そうすれば立場は名前だけのものとなり、もし離婚しなかったとしても。
他の誰かが正妻として扱われる。
……耐えられない、な。
本家は分家からの信頼、また分家への責任の上に成立する。どこかの議院と内閣のような関係だけど、まさしくそれだった。
相手の年齢に関わらず「八つの家の人間であること」を条件に判定は実施される。
安沢がその立場にある者として相応しくないと判断したら、それが六条当主であっても覆せない。
八つの分家の中で、唯一本家をリコールをすることもが出来る一族。中立で公正なる判定者。
そして、その安沢が『判定』を下す日は。
『拝啓 六条晴乃さま
時候の挨拶を省略させて頂きます、ご了承下さい。
この度、新年総会の日程が決まりましたのでご連絡いたします。
一月三十日、六条別邸「紅の間」にて、午後六時より始まります。遼とご一緒にお越し下さい。
かしこ 六条桜』
六条のお母さまからだ。
薄いピンクの紙に、黒々とした墨で美しく綴られた文字が並ぶ。ごく簡素に書かれた手紙を私が受け取ったのは、一月十日のことだった。
「六条総会。面倒なものがあるね」
「うん。どうしよう……」
さらりと落ちた長い黒髪が私の手の甲に触れて、少しくすぐったい。一切結ばれていないストレートの髪を耳にかけて、彼女は深刻そうに呟いた。
ソファを軋ませて、私の手元を覗き込んだのは高校時代の友人、早苗だ。
読み始めるまで隣の一人がけ用ソファに座っていたはずなのに、いつの間にか私の隣に移動している。
それだけ、多分私が気付かなかったんだろうな。集中していたのか、それとも意識が別のところに行っていたのか。
今日は早苗が遊びに来ていて、お茶を飲みながら(どこかのご婦人の集まりみたい、と早苗は言っていた)リビングで喋っていた。
その時に、メイドの友美さんからそっと手渡されたのがこれ。
一人の時じゃなかったから、早苗に見られても大丈夫な内容だと思って封を開けたんだけど……そうでもなかった。新年総会は、凄く重要な知らせだ。
確かに、この文面だけなら。
誰かに見られても大丈夫な中身ではあったものの。
「正直行きたくない、って顔してるね? 何言われるか怖いんだ」
やっぱり、見抜かれた。
早苗は頭の回転が速い。つまり気が利くし頭が良いし、理解も早い。
多分嫌そうな顔していたんだろうな、私の表情と手紙の文面をちらと見ただけで大体を予測してしまっていた。
もう一度、膝の上の手紙に視線を落とす。
毎年恒例の新年総会の知らせ。
外見上は本家分家が一同揃って新年を祝おうじゃないか、って趣旨なんだけど本当はそうでもない。
安沢が『判定』を報告する、半年に一度の裏イベントであったりする。
小さい頃は単に、良いお洋服を着てちょっとお化粧をして美味しいご馳走が食べられて、でもずっと畳に座っていなきゃいけない日だったけど、今年は違う。
判定の結果、立場から外される訳にはいかない。
……迷ってるけど、不安はあるけど、私はまだ遼くんの奥さんでいたい。
自分でもずるいって分かってる。
でもそれが、答えを出せない私の精一杯。
「まぁ、まだ時間はあるでしょ。それまでにどうするか、晴乃が決めたら良い」
何も言っていないのに、どうして分かってしまうのか。
「伝えることは大事だよ。何にしたって、ね」
どうしてそんなに、実感を込めて早苗が言えるのか。
ずばずばと物を言う彼女に、昔どんなことがあったかは分からないんだけど。
「迷っても傷ついても、自分にとって一番大事なもの。最後に選べれば良いんじゃない?」
どうしてそんなに、私に必要な言葉を、甘い言葉をかけてくれるんだろう。
「……そうだね」
早苗の言葉で、まだもう少し時間はあるんだって。
その時希望が持てたのは確かに事実だった。
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