あなたを守る力があれば
肩に顔を埋め、怒りを抑えてぼそりと呟かれた言葉はそっくりそのまま、私が遼くんに訊きたいことだった。
今日は控え室になっている六条本家のお部屋で、ドアを開けるなり――まるで引き合う磁石みたいに、強く抱きしめられるってどういうことだろう。
今回は怒られるような理由はないのにな。
「勝手にいなくなった理由は?」
少なくとも私の考えではアレは勝手じゃない。遼くんの頭から離れる方向へ首を捻ると、行かせまいとするように二つ結びの髪が軽く引っ張られた。
正装用に着替えてないし髪もいつも通りの私と違って、スーツは皺になるんじゃないかな。
……身じろぐと更に拘束がきつくなりそうだから、言わないけど。
「ええと、言ってなかったっけ。今日は早めに来てお義母さまのお手伝いをするからって」
昨日会社で会った時にお願いしたから、お義父さま伝手でも話してもらったと思う。
それに自分でも昨夜、遼くんの部屋にお邪魔してすぐに話して、渋々ながらも頷いてもらったんだもの。忘れてるはずない。
「それは知ってる。訊いてるのは僕を起こさなかった理由」
隅に備え付けられている時計の時刻、およそ十一時。
総会が始まるのは一時間後でも、早めに来たお客様をお持て成しする役目のお義母さまが動き出すのはもっと早く。
それに合わせて本家に到着できるように起きて、心配しないでって置手紙もサイドテーブルに残して、こっそりベッドを抜け出した。
それがいけないことだったとはどうしても思えなくて、言い訳めいた言葉を呟く。
「だって、本当に朝早くだったし……。起こしちゃ悪いかなと思っただけだよ」
「知らない間に置いていかれるほうが余程辛い。……あれが夢だったんじゃないかと思って、気が狂いそうになった」
背中に回る腕と微かに震える声。抱きしめられているんじゃなくて、縋りつかれているんだとようやく分かった。
それなら責任は私にあって、怒られても仕方ない、んだよね。
存在感の希薄さ、あるいは危うさか一種の決意か。そんな雰囲気が滲み出てるのかもしれない。……ポーカーフェイス下手だなあ、私。
遼くんの背中に腕を回して、こっちからもぎゅっと抱きしめた。
「これが現実だよ」
「ちょーっとその辺で止めようか二人とも。そんな間近でイチャイチャされたら俺、遼と兄弟の縁をうっかり叩き切りたくなるからさ」
飛んできた、兄に似た声の持ち主はもちろん旭くんで。頭を回すと旭くんは我関せずといった風にお部屋のソファに座り、優雅に紅茶を飲んでいた。
おそらく、簡易キッチンのティーバッグとポットを使って淹れたんだろう。立ち昇る紅茶の香りに包まれ、遼くんとデザインが左右逆のスーツを着ているとどことなく貴族めいて見える。
いつもなら秘書さんがその横で目立たないように控えているんだけど、さっきまで立っていた受付の前半ではまだお会いしていない。
今頃どこかでドレスに着替えているのかな、この日に限って遼くんがお休みを出すとは思えないもの。
ふっと抱きしめる腕が緩んだのをチャンスにして力いっぱい体を引き抜き、後ろに下がって距離を取る。
俯いて反応をわざと見ないようにした私に、遼くんは短く嘆息した。
でも何も言ってはくれなくて、次に向き合ったのは旭くんがいる方だった。
「お前が出て行けば良い話だろう」
ばっかじゃねぇの、と旭くんは目を細めて吐き捨てた。行動こそ違うものの不機嫌なのは同じみたい。
「そうしたら暴走を止めてあげられる奴が誰もいなくなるじゃん。……白石も今日は忙しいみてぇだし。準備は全部終わってるはずなのに、今日になってもまだバタバタしてやんの」
「何かあったの?」
ニュアンスからして、どうも秘書さんの仕事や服の話だけではなさそうで。
それにしては遼くんが納得したように頷くものだから、私はますます分からなくなって首を傾げた。
同じ会社の人達でしか分からない何かがあるんだろうか。
「そんなとこ、後で分かるよ。一番目立つ格好してるから」
「それってどういう格好……?」
その格好だから後で見つけられる、そうしたら『何か』が何なのか分かる。
どんな格好なのかな。単純にドレスのデザインや宝飾品が派手で目立つのか、選んだものが似合いすぎているのか。秘書さんなら後者が有力な気がする。
口の端についた紅茶をぎゅっと親指の先で拭き取り、小さく音を立ててティーカップを置く。
旭くんの仕草は一つ一つが丁寧で育ちの良さを感じさせるのに、いつになく乱暴だった。
「とんでもなく似合ってるさ、良い意味でも悪い意味でも。晴乃、あいつ何を着てきたと思う?」
「……分からない」
訊いてくるってことは、私が想像出来るようなありきたりなものじゃない。
「黒だよ。引き込まれそうな漆黒の、飾りが一切ないロングドレス」
昼に行われる総会で黒を着るのは、入場を却下されたりはしないけどご法度。秘書さんは知っていてわざとそれを着てきたんだろう。
――多分、旭くんの不機嫌の理由は秘書さんが着るドレスにあるんだ。
旭くんはソファから腰を上げて足早に歩み寄り、促すように遼くんの手首を掴んで引っ張る。
「さ、そろそろ行こーよ遼。この時間になってもまだ晴乃が着替えてないってことは、絶対俺達が邪魔してるんだぜ」
半分だけ正解。声に出さずに言えば、遼くんは一瞬だけ名残惜しそうに目をやって。
……まさか気付かれたのかって、どきっとしてしまった。バレるわけないのに。
「また後で」
うんとは言わずに、いってらっしゃいと手を振った。
開始十五分前というのは、主催者側の人間として会場にいないことが不審に思われる一歩前だと思う。
その時間の控え室で、コンコン、と規則正しいノックが二セット続けて聞こえたらそれが合図。
もしソファから立ち上がり、外開きのドアを開けて来往者を迎え入れた場合は――。
「お迎えに上がりました、晴乃さま」
太腿の前で緩く手を重ね合わせた、九十度に近いお辞儀は家でよく見ていた所作だった。名前を呼ぶこの声も知ってる。
ただ仕事着であるメイド服や、この前見た私服とのギャップが激しすぎて、私は友美さんが顔を上げてくれるまでそうとは信じられなかった。
友美さんの格好もまた黒いロングドレス。
アクセサリーも髪飾りもなく、まるで闇で染めたかのように黒一色の。
お義父さまからはただ、一番相応しい人物を寄こすと聞いていた。それが友美さんなの?
「どうして友美さんが……」
「ご説明する前に一つ、お聞きしたいことがあるのです」
みんな会場に移動したらしく、左右を交互に見ても廊下を通っている人はいなくて。
友美さんは外に出た私の代わりにきっちりとドアを閉め、横について滑るように歩き出した。
目的地は、打ち合わせと変わってないならお義父さまのお部屋になる。
「私について、安沢瞳さまについて、あるいは旦那さまの現状について。どの程度までご存知ですか?」
――思い出した、どうしてあの時、秘書さんを見て胸がざわめいていたのか。
旭くんが前に一回だけ、私のいるところで秘書さんを本当の苗字で呼んだことがある。
カモフラージュ用に使っているらしい白石じゃなく、中立と真実を何よりも愛する判定者の苗字。安沢。
「遼くんのことは、お義父さまから聞いたよ。……多分、ほぼ全部。瞳さんについては今言われて分かった」
それが頭に残っていたから、白石と聞いて不思議な気持ちになっていたんだ。
総会でリコールを行うためには相応の情報が必要で、それを手に入れるために最も確実なのは安沢という素性を隠してターゲットに近付くことで。
瞳さんが秘書として傍にいたなら、判定される側は遼くんか旭くんのどっちか。
頭の中を整理するためにぼそぼそ呟いて歩いていると、友美さんは「そうです」と誇らしげに頷いた。
「私についてはいかがですか」
……どうだろう。片手を口元に、もう片手を友美さんの方に押し出してタイムの合図をしながら考える。
私が覚えてる友美さんといえば、まずはハロウィンのジャック・オ・ランタン作りで見た手先の器用さ。
プチ家出から戻ってきたあの雨の夜は、皆がお休みしてるのに家に一人残ってくれて、後は秘書さんと一緒にいたんだっけ。
そう、あの時の友美さんは秘書さんを『瞳さま』って呼んでたね。
旭くんが指摘していたような黒いロングドレスも、秘書さんとおそろいって考えれば答えは出る。
友美さんも安沢家の人だってこと。
「友美さんは私の判定者なの? それとも遼くんの?」
「両方ですわ」
気付かなかった、と漏らせば優秀な殺し屋を例に挙げて説明してくれた。
優秀な殺し屋ほど、死因も自分が殺したことも相手に気付かせないから無名なんだって。
じゃあ旭くんに身元がバレてた秘書さんはって言うと、安沢家の当主さまの一人娘で名前も知られてて、広報担当に近い立場だから大丈夫なんだそうだ。
どうしてこんなに裏話を教えてくれるのかなんて、訊かなくても分かってる。
お義父さまの部屋のドアを四回ノックしながら、傍らに立つ友美さんにこっそり耳打ちした。
「友美さんのこと、もし次に会えたら何て呼べば良い?」
私は六条を離れるから、いつになるかは分からないけど――。
そう言うと、友美さんは一瞬息を呑み、目元を潤ませて微笑んだ。
結婚後、遼くん抜きでお義父さまとお会いするのは三度目になる。
一度目はスパゲッティー事件があってから数日後で、二度目はつい昨日、仕事終わりのあおいさんと六条の本社で待ち合わせしたその前に。三度目が今。
お義父さまの私室は二度足を運んだオフィスと対照的で、木製の家具や背の低い本棚が程良く配置された温かみがあるお部屋だった。
書斎や仕事場とは完全に区別したプライベートスペースなのだと、やんわり伝えてくるような。
きっとここでは仕事や取引の話は似合わない。私がそう思うのを目論んでるんじゃないかとも邪推した。
「いらっしゃい、晴乃さん。友美さんはお疲れさま。来てしまったんだね……止めなさいと言ったのに」
中央のソファに座るお義父さまはため息をついて、おそらく私の分の紅茶を注いだ。
六条家当主に手ずから入れて頂くなんて恐れ多いけど、ここで断る方が失礼に当たる。
お礼を言ってから真向かいに座り、こく、と一つ頷いた。
「はい、ちゃんと来ました」
こうして何度もお会いしているのには理由があって、もちろん最初はお義父さまからお誘いを受けたのがきっかけだった。
あの雨の日、お義父さまが下した『私に遼の居場所を教えてはならない』という命令の謝罪と、状況説明。
もしかしたら病院近くに記者や安沢の者が張っているかもしれない、だから私を守るために一時的に二人を引き離した――その理由は、前に秘書さんから話を聞いていた私にはすごく納得出来た。
二度目と今日は、一度目にお会いした時に私が持ちかけた取引……いや、お願いについての話がメイン。
ただ、お義父さまはどうしてもその気になれないみたいだった。
さんざん止めろと忠告されて、ようやく昨日了承がもらえたんだもの。
大きな茶封筒から取り出された書類を両手で受け取り、ボールペンと判子をポケットから出して。
契約書の文章よりも、下にある住所と氏名を書くところに目が行った。
胸を占めるのは緊張でも高揚感でもなく静かな覚悟。
――私が払う代償は、遼くんの妻の座から降りること。
「引き換えに次期当主に対してのリコールを今回のみ却下、だったね。言っておくけれど、これは安沢家の力添えあっての特例中の特例だよ? 本来ならば使って良い手ではない」
住所の欄にペンを走らせながら聞いていると、安沢家の単語にぴたりと手が止まった。
お義父さまは何でもない風に自然に言っていても耳が反応してしまう。今日、多分一番よく聞いている言葉じゃないかな。
「力添え、ですか」
リコールには本家である六条の当主すらも口を挟めない――そのルールをひっくり返すと分かってて駄目元でお願いしたのに、即座に断られなかったのはそれが背景にあったからだろうか。
でも、どうして。
間髪入れずに告げられた答えは、まるで私の疑問をそのまま見透かしたようだった。
「当主の娘さんが、その地位と引き換えに君と遼、二人に対してのリコールを撤回させて欲しいと申し出ている。安沢瞳という名に聞き覚えはないかな」
思わず後ろを振り向いた。ドアに隔てられている外は見えなくて、友美さんの気配も離れた今はあるかどうか分からない。
私は固く目を瞑り、それから体勢を元に戻してペンを手に取った。
手に力が入らなくても、書くしかない。
「知ってます。何度も、お世話になりました……」
そう、とお義父さまは頷く。
「瞳さんは、どうやら一月の後半になってから考えを変えたようだね。十二月の終わりに提出していた届けを撤回しようと何度か働きかけていた」
認めてもらえたと思えば嬉しいけど、取引を成立出来るのも秘書さんのお陰なんだけど、それでも素直に喜べないよ。
「……それだと秘書さんは」
「私は寧ろ、これで良かったと思うんだよ。安沢の仕事を心労なく務められるのは変態でサドしか不可能だからね。家業とはいえ、あの子には辛かったろうに」
諜報活動の英才教育を受けてきた秘書さんは小さな頃から優秀で、悪事を裁きリコールを成立させた経験も何回か。
誰に対しても冷酷なほど平等なことから、雪の女王という異名がある。
けれど実際は真面目で、傷つきやすいくせにプライドが高い、自分のせいで誰かが泣くのを良しと出来ない子なんだ、と。
お義父さまは過去を回想するように、柔らかく目を細めながら話してくれた。
秘書さんもお隣さんだった私と同じように、昔からお義父さまと面識があったんだね。
ペンごとぎゅっと手に力を入れて、用紙に震える先をつける。
後は判子を押すだけの段階まで書き終えると、次は紅茶の入ったティーカップを両手で包みこんだ。
判子を押すのは、もう少し後にしたくて。
「お義父さま」
「ん?」
「ずっと、私と遼くんには足りないものがあると思ってました。時間だったり、愛だったり。純粋に相手の幸福だけを願う気持ちも。でも、それらは全部当たっていて、かつ外れていて。一番の理由じゃありませんでした」
紅茶を一口、唇を湿らせる程度に含む。
時間は距離を縮めてくれても思いは伝えてくれなくて、愛は一方的に求めているだけじゃあダメで。
相手の幸福だけを願うのと、相手の立場になって気持ちを思いやることは全然違うとあおいさんが教えてくれた。
「それで?」
「私は一度も、遼くんと話し合おうとしなかった。……仕方ないって諦めちゃうから、逃げてばっかりでケンカもしませんでした。本当はしなきゃいけなかったのに。真正面から、遼くんに何でって聞いていればこんな事態にならなかったのに」
そして、答えは初詣の日に戻ってくるんだ。 旭くんに指摘されてから一度棚上げにしていた、『共に生きる者としての対等』に今度は自分でたどり着いた。
今の状態ではいつまでも対等になれない真実にも、同時に。
「ふむ、要するに遼から離れるのはあれの将来を守るためだけではないと」
はい、ときっぱりとした態度で頷く。
元々、私はそこまで自己犠牲に溢れていた訳じゃない。
自分の幸せに必要なのは遼くんの幸せ、じゃあ遼くんの幸せに必要なのは、って突き詰めて考えて出た結論なだけ。
そうしたら最低限、何がありさえすれば良いのかも見えてきたの。
「私、大人になりたいんです」
子供のままで六条家に嫁ぎ仕来たりを教えられた結果、妻として相応しいように見えても、それは人形を着飾らせたのと何も変わりはなく。
自力で成長したいのに遼くんは――そう、ダイエット中の女の子にお菓子を差し出すように邪魔をする。甘やかされてしまう。ならばそれまで、離れるのが最良の手段だから。
きっと使うのはこれが最後になる、六条と彫られた判子を手に取った。
「遼くんと対等でいられる精神的な大人に。手慰みのおもちゃや、一方的に言うことを聞くだけのペットにはなりたくない。
自信が欲しいんです。その自信は今の状態では手に入らないと思っています。話し合いをしないで勝手に結論を出したのは矛盾してるし、遼くんへの侮辱だし、許せないだろうけど。逃げるのはこれを最後にします。……だから」
外されたキャップがテーブルを滑り、じゅうたんに落ちるのも気にせずに。しっかりと朱色が紙につくように、何かの間違いだとこれを見た遼くんに言わせないように、力を込めて押しつけた。
そうっと外せば六条の文字が色鮮やかに姿を現す。
「自信がついたところでどうするんだい? 例え籍をそのままにしておいたとしても、周りは君を遼の妻と認めないよ」
自分なりの考えをまとめながら乾くのを待って、裏返しにした用紙をお義父さまに渡した。
受け取ってもらえるとほっとする。とっくに覚悟はしていても、目に見えて後戻り出来ないと実感するから。
……後戻り出来ないといえば、昨日の夜に窓から落としてきた部屋の鍵もそう。全てを知った遼くんが、私の机に残された離婚届を見るのはいつになるのかな。
傾げた首を元に戻し、心配そうに言うお義父さまに「大丈夫です」と笑みを返した。
「離婚するかどうかは遼くんに任せますから、よく分かりません。戻って来て、遼くんが再婚していたり他に好きな人がいたら諦めます。そうでなければ猛アタックして、頑張って恋人の座に収まります。私のすることは変わりません」
二人の心だけを真ん中に据える。なくても良いものを少しずつ削り落としていく。
削り落としたそれらと遼くんが次期当主でいられなくなるのを天秤に乗せたら、遼くんの方が大切だって、上回っただけなんだ。
時間の経過に従い、だんだん温くなってきた紅茶を一気に半分ほど口にした。
昔はフレーバーティーにしても砂糖やミルクを入れないと飲めなかったのに、今はストレートでも普通に飲めている。
ガスが抜けて捨てられるのが可哀想で、もらうのが嫌だった風船だっていつのまにか克服してた。
……そんな風に人は変われるんだって、今は信じているんだもの。
沈黙の中でお義父さまの表情を覗うと、何故か額に手を添えて俯いている。あれって、普通は悩んでいる時にするポーズだよね。
「……それと晴乃さん、先ほど指摘するべきか迷ったんだがね。あれが君を愛してないのは天地がひっくり返ってもありえない」
え、と声が出た。
「私、前に妹みたいな存在だって言われたことあるんですよ……?」
旭くんと遼くんとの会話を盗み聞きしてしまったのがプチ家出の前夜で、告白、って言うのかな、愛してるって口に出して言ってもらえたのが実家に戻った時。
だからその間に好きになってくれたんだろうなって勝手に思ってたんだけど……。
天地がどうこうってほどじゃないと思う。うん、お義父さまは言いすぎだよ。
そんなことを言っても良さそうなところだけ、後は婉曲的に言うとお義父さまは重くため息をついた。肘をテーブルに、手の平を額に押し付ける仕草はまだ外されてない。
「本当に、面と向かってそう言われたのかい」
「……それは」
違うけれど。
確かに、お義父さまが言おうとしていることは一理ある。でも本人の前じゃないからこそ本音を言える、ってケースだってあるんじゃないかな。
それきり言葉を濁して、煮え切らない態度の私に「ま、良いさ」と、お義父さまは無理をさせなかった。カップに残った紅茶を一気に飲み干すと心を和らげる類の笑みを向けてくれる。
「その場をしのぐための嘘や、最後まで聞いていない可能性だってある。誤解でないとは言い切れないよ」
「そうですね」
時計を見ればあっという間に十五分が経っていて、大広間ではとっくに総会が始まっている時間だった。参加するお義父さまをこれ以上引き留めないためにも、私も残りの紅茶を飲み干して席を立つ。
――妹発言については、誤解だったら良いなって思っておこう。
「第一、 あれが見合いを決めたのは――止めておこうか。告白は本人から聞かないと意味がないものだしね」
そう言ったお義父さまは、何故か天井の隅にあるスピーカーを見つめていた。
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