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これは裏切り?
 賽銭を入れ、ガラガラと無心に鐘を鳴らす。
 隣の旭くんは綱を両手で握り締めて、子供みたいに思いっきり鐘を鳴らしていた。
 それから二礼二拍手、目を閉じて静かにお祈り。

 ――今年も、遼くんの奥さんでいられますように。
 出来れば両思いになれますように。

 作法の先生に教わった通りの四十五度。丁寧に腰から折るような一礼をした。ふと横を見ると、そこにはもうお祈りをしていたはずの旭くんはいない。慌てて左右を見る。
「晴乃ー、ここ」
「……あ」
 旭くんはとっくに石段から下りてしまっていた。

 それどころか、いつの間に引いてきたんだろう、いそいそとおみくじを開いている。暫く観察していると、明りが点されたように表情が明るくなった。
 あぁ、良いのが出たのかな。
「見てみて晴乃、俺大吉ー」
「良かったね、いいことあるよ」

 待ち人は来る、失せ物は出てくる、商業引越し共に吉。差し出されたおみくじは良いことばかりだ、って大吉なんだから当然といえば当然なんだけど。
 でも、良かったねと。心からそう思えない自分に嫌気が差す。

 一月三日となれば、そう初詣に行く人も少なくなる。
 毎年、元旦の朝には人込みでごった返し、連れと離れることはもちろん、まともに歩くことさえ出来なくなるほどの大きな神社であったとしても、それは同じだった。
 どちらからともなく、二人並んで歩き出す。
 私は今年はおみくじは引かないことにした。もし大凶とか凶とか、悲惨なのが出たら怖すぎる。

 話の口火を切ったのは、またしても旭くんだった。
「遼の、仕事のことなんだけど」
「旭くんも、関わってるの?」
 昨日の電話から、不思議には思ってた。

 年末からの仕事が六条関連なら旭くんも忙しくなるはずだし、こうやって初詣に行く暇もないと思う。でも旭くんは今こうやって私の隣にいて、秘書さんに怒られながら電話をする位の余裕はある。

 けど、仕事が全く旭くんに関係ないとも言えないはず。

 そうでなきゃ、仕事嫌いの自由人で有名な旭くんが、好きで会社に近付く訳ないんだ。特に仕事ばかりの遼くんの所になんか。

 びゅうと冷たい風が頬を撫でて、白い息が漏れ出る。
 空は西から曇ってきていて、今にも雪が降り出しそうだった。寒そうに旭くんは身を竦め、
「それなりには。本家、しかも遼関連のごたごたなんだよね」
 と言った。それで納得するもしないも、それを言われたらもう私は、何も言えない。
「……そっ、か。それなら仕方ないか」

 呟くように言ったそれの、返事は即答だった。歩いたまま両腕を組んで、横目で私を見る。旭くんの眉は吊りあがっていた。
「なんでそこで、納得するわけ?」
「……だって」
「だってじゃない。あのさ晴乃、本当に『遼』を好きなの?」

 その言葉が的を射すぎていて、すぐに「好きだよ」と言えなかった。
 本当に好きか、そう聞かれればうんと言える。
 子供の頃は近所のお兄ちゃんとして慕って、少し成長してからは本家の遠縁として見ていて、引越ししてからご無沙汰になっていたけど、好きだった。

 心に引っかかるのはその前、何でそこで納得するの、という発言。
 仕事だから仕方ない、遼くんは本家の人だから仕方ない。そう思うのがいけないのだと、旭くんは続ける。

「今のままじゃいけないんじゃね?
晴乃は昔から本家の子としての遼を知ってる。もちろん俺もだけど、遠縁で分家の晴乃はだからこそ、遼を上に見る癖がついてる」
 違うなんて、言えない。
「遼はどう思ってるか分からない。でも俺は、晴乃の心の隅には主従関係に近いものが出来てると思う。雛鳥の刷り込みに近いよな、無意識の内にそうなってる」
 否定出来ない。

「だからこそ、本家だから、仕事だから。そーいう言葉で納得する。仕方ないと思う。妻としての対等な位置に、晴乃は立ってないんだよ」
 否定することが、出来たら良いのに。

 私を思ってくれるからこそ優しく、私を思ってくれるからこそ厳しい言葉の雨が降り注ぐ。決して槍のように痛みを伴うものではないけど、しんしんと少しずつ心を冷やしていく雨が。

 ひらり、空から降ってきた白いものが、私の頬を濡らす。

 そしてその、一月の最初の週。私が遼くんに会うことはなかった。


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あきゅろす。
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