[携帯モード] [URL送信]
光のない家
 今横にいる不機嫌な男、認めたかねーけど俺の兄貴。

「晴乃がいない?」

 ようやっと仕事を片付け、家に帰ってくるまでは楽しそうだったのにここに来て急降下。あからさまに眉を顰めた後、視線は玄関の靴、腕時計、メイドの顔と一巡。
 晴乃の靴は幾つかあるけど、遼の様子からするに朝履いていたものはないんだろう。現在夜十時、遅いったって限度がある。

「はい。夕食のお電話もまだですし、今どこにいらっしゃるのかも……」
「携帯には電話しなかったの」

 明らか棘のある声で、返事を聞く前に鞄からケータイを取り出そうとしてる。仕事用のには晴乃の電話番号入れてないだろうから、完全に暗記済みなんだろう。その頭を別の所に回せ、と時々言いたくなるけど教えない。

「電源を切ってらっしゃるようなんです。早苗さまにも繋がりません」

 素早く番号を入力して、ケータイを耳元に近付ける。自分で確かめてようやく納得出来たらしく、遼は「そう」と小さく呟いて靴を脱いだ。いつもならちゃんと揃えるのに今日は脱ぎっ放しだ。

 すたすたリビングへ向かう遼の後ろを、小走りでメイドがついて行く。
「あの、遼さまにも連絡が……?」 
「プライベート用の携帯はまだ確認してないけど。旭の所は?」

 だから、そんな怖い顔で睨むなっつーの。せっかくの良い男が台無し……あ、俺と遼ってほぼ同じ顔だったなそう言えば。とにかく、遼はリビングのソファの上に鞄を放り投げて階段に向かった。

 早歩きとはいえギリギリ歩く速度でいるのは無駄な王子様根性か、それとも俺の返事を待っているのか。

「遼を差し置いて俺に来てる訳ねーじゃん。早く上行って、携帯確認してくれば?」
 後姿に声をかけると、階段の真ん中から見下して遼は言う。
「そうするよ」

 連絡がないのを悲しいのか嬉しがっているのか、無機質な声からは何も読み取れない。

 それから十分以上経っても、遼は二階から下りて来なかった。そのまま書斎で仕事を始めたのかもしれないけど、何か嫌な予感がして階段を上る。遼の部屋は、晴乃の部屋の隣だった。

 ノック無しに扉を開けると、遼は……いない。っていや違う、いるにはいるんだ。部屋の端に置かれたベッドの向こう側、小さなテーブルの近くにうずくまっている。単に、一見いないように見えてただけか。

 クリーム色のベッドには、遼のプライベート用の携帯が放られていた。無造作に置かれている、とも言えるかもしれない。二つ折りの携帯は開きっぱなし、近付いて覗き込んでみれば受信メールの表示画面で暗くなっている。
 遼はベッドの端に両腕を乗せ、顔を埋めるようにして伏せていた。

 俺の存在に気付いて緩慢な動作で顔を上げ、「ノックくらいしなよ」と言って力なく笑う。明らか、言動がおかしかった。……何があったんだよ、まったく。
 そう思いながらケータイを拾い上げ、勝手に晴乃からのメールを見ると――。

『暫く留守にします、早苗の家にいます。心配しないで下さいね』

 絵文字も顔文字もない、本当に用件だけのメールだった。
 その割には突っ込み所が多すぎて、暫くっていつまでだよとか心配するなって無理だし、とか色々考えが浮かぶ。少なくとも俺の知ってる晴乃は、無駄に人を心配させるコじゃなかったはずだ。

 誤解させたくないなら長ったらしいメールを寄越すし、相手が納得するまで電話でもきちんと説明する。
 これじゃあまるで、心配して欲しいみたいだ。

 そこまで考えて気付いた。
 基本的に真面目で良い子の晴乃が、何の理由もなしにこんな行動をするとは考えられない。
 昨日の夜の会話、もしあれを中途半端に聞かれていたのだとすれば……。

「……ねえ旭。僕はどうすれば良いと思う?」

 気持ちを言葉に出した次の日にこの展開。慰めるべきか自業自得だと罵るべきか、はたまた冷静になれと諭してみるか。どれもが正解なようで正解でないように思えた。
 流石の俺も、何も言えない。

 日付が変わった頃、遼のケータイに電話がかかってきた。
 メイド達は明日の仕事がある。心配してくれる気持ちだけを有り難く受け取って無理やり休んで貰い、今リビングに残っているのは遼と俺、友美と名乗るメイドだけだった。

 さっき出迎えてくれたこのメイドはいくら遼が寝るように言っても頑として譲ろうとせず、粘り勝ちで今に至る。
 非通知。
 俺も遼も、もちろんメイドも知らない番号。プライベート用だから取引先や会社の人間は知っている訳がなく、ごく一部に限られている。

「……はい」

 当然ながら、俺には相手が誰なのかも何を言っているのかも分からない。判断材料は遼の言葉遣いと表情、弟の俺だから分かる小さな仕草。
 遼はソファに座る俺をちら見して、ハッキリと言う。

「六条遼です。晴乃がお世話になっているそうで」

 空気が張り詰めた。メイドだけは一瞬明るくなったけど、俺と遼の間に流れる空気を察してか口を閉ざしている。
 電話の相手は晴乃と共にいる、遼の番号を知っている奴。でもそいつは晴乃じゃない。

「今すぐ迎えに行きます。……は?」
 さっと車のキーを手にした遼の動きが止まる。
「これは僕と晴乃の問題だ。貴女が口を挟むことではないでしょう」

 怒りが滲んだ攻撃的な声音。電話で聞いてるからダメージは少ないと思うけど、この状態の遼に慣れてない気弱なコだったら号泣ものだ。
 現にメイドは目を潤ませて胸の前で両手を組み、まるで祈るような格好で事態を見守っている。

 俺に助けを求めてんの? ……無理無理。
「どうやって誠意を示せと」
 そう考えれば、電話の相手はそれなりに気が強い奴らしい。

 遼と喧嘩する威勢の良さは安沢と張るな。そんなことを呑気に思っていると、ふいに遼がこっちに向けて顎をそらした。出てけ、という意味らしい。
 それから先の会話を、俺は知らない。


 翌日。
 会社から帰ってきてから、遼はずっと外にいる。

 雨の中、門の前で傘を差して、帰ってくるかも分からない晴乃を待ってるんだ。交代しようかと申し出たけど聞く耳持たない。
 どうやら徹夜で外に立ってるつもりみたいだ。……昨夜もそうだった。それが遼の『誠意』なのか? 場所が分かったならとっとと迎えに行っちまえば良いのに。

 二日目。
 仕事の休み休みに寝ているらしい。

 一月に入ってから不規則な生活ばっか送ってたせいか、どことなく遼はフラフラしてる。冷たい雨に打たれてたんだから絶対熱が出てるぞ。
 深夜三時、コートを羽織って外に出る。まだ立ってる遼に「バカじゃねえの」って言ったら小さく笑って返された。

 三日目。


 遼が倒れた。



目次

[*前へ][次へ#]

11/21ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!