初詣デート
年が明けて、一日が過ぎた。
元旦の昨日はぼーっとお正月番組を見たり、友達からの年賀状を見たり、食べる人のいなくなったおせちをちょこちょこ、摘んでいたりしていた。
冬休み後提出の大学のレポートもあらかた完成していて、正直やることがない。
遼くんはかなり忙しいみたいだ。連絡はあの日から一度だけしか来ていない。
元旦の朝に来た年賀メール。しかも私が送ったやつへの返信で。嬉しかったけど、少し空しい。
忙しいってのは分かってる。ワガママだってことも充分よく分かってる。でも、あけましておめでとうをメールでやり取りする夫婦ってどうなんだろう。
本当なら遼くんと行くはずだった初詣にも行かず。ようするに私は今、軽く引きこもり状態になっていた。
着メロが鳴る。遼くん用のそれではなく、サブ画面を見ると『六条 旭』と表示してある。
携帯がピカピカと赤く点滅しているのをぼんやりと見やって、それから気がついて。私はすぐに電話に出た。ほんと、何やってるんだろう。
「もしもし?」
『あ、晴乃?』
切なく胸がうずいた。
だってあまりにも、遼くんの声と似ているから。
「あけましておめでとうございます、と。今日はどうしたの?」
『うーん、晴乃の声が聞きたくなったから?』
上がり調子の語尾にくすりと笑みが漏れる。
そうだ、旭くんはこういう気遣いをする人だっけ。前も「望むなら何度でも」って、冗談みたいに言ってくれたことあったな。
時計を見ると午前十時過ぎ。どうやら、遼くんの仕事は六条本家関連ではなかったみたいだ。……もしそっちなら、次男の旭くんも例外なく今頃忙殺されているはずで。
『こっから本題なんだけどさ。晴乃、初詣行ったー?』
「ううん? まだ」
『じゃ、俺と行かない? 遼まだ仕事が終わんないみたいだし、このままじゃ正月も終わるよ?』
「え、でも」
流石にそれは、って思った。忙しい遼くんをおいて一人だけ初詣に行く、っていうのはもちろん、いくら義弟とはいえ、男の子と二人だけで出かけちゃいけないんじゃないかって。
私だって、組み合わせが変だけど、例えば友人の早苗と遼くんが二人きりで出かけてたらショックだし。――遼くんがショックに思ってくれるかどうかは別にして。
でも、電話越しに聞く声はどこまでも明るい。
『かーわい、遼に気兼ねしてるんだ。でも晴乃、毎年の習慣じゃなかったっけ。今年はいいの?』
旭くんは何でそんなこと覚えてるんだろう。
確かに、旭くんと遼くんとお隣さんだった頃は、毎年のようにみんなで初詣に行っていた記憶がある。おみくじを引いたのを見せ合ったりして。……懐かしいな。
「うーん、やっぱりね。遼くんの許可がないと無理かな」
私にとって精一杯の、遠まわしな断りの方法だった。
だって遼くんは仕事に忙しい、メールも電話もする暇なんてないはず。もしあったとしても、(少しでも嫉妬してくれるなら)許可なんてしてくれない……と、甘い考えを持っていた。
「あ、じゃあ許可あれば良いんだ。遼ー、良いよな?」
最悪……。
墓穴を掘った。
ぷつり、音が切り替わる。カタカタと凄まじいスピードでキーボードを打つ音、けたたましく鳴り続ける電話、旭、と怒りを込めた声。おそらく、スピーカー機能がオンになったんだろうな。
前にもこんなことがあったけど、状況はその時より壮絶だってことが伝わってくる。今だって。
「旭さま、いつまで電話をしているのですか!」
見知らぬ女の人の……多分秘書さんの大きな声に、私は思わず受話器から耳を離してしまった。じんじんと耳が悲鳴をあげてるような気がする。
電話越しの旭くんは「ほら」と言った。遠くに、音量を抑えた小声で女の人が旭くんを叱る声が聞こえてくる。
次いで、遼くんの声が。旭くんとよく似てるけど違う声。
『晴乃?』
心臓が跳ねた。声が震えているのが、自分でも分かる。
「うん」
『初詣、行きたいの?』
「……うん」
でも、本当は遼くんと行きたかったんだよ?
喉のここまで、本当にあと少しの所までせり上がってきているのに、言葉だけが出てこない。数秒置いた後に返事をすると、そう、と落ち着いた声が耳に入ってきた。
キーボードの音が鳴り止む。
『じゃあ、行ってきなよ。楽しんでおいで』
「……そうする」
『ごめん、そろそろ切るよ? まだ帰れなさそうだから、メイド達に連絡しておいて』
うん、と蚊の鳴くような返事をすると、電話が切れた。きゅっと唇を噛み締める。
私、ずるい。
心のどこかで引き止めて欲しいと思ってた。ハロウィンの時みたいに、当てて欲しいと思ってた。
私が言ってってねだったり頼むんじゃなくて、遼くんからの言葉が欲しかった。もうしないって決めてたはずなのに、間接的に遼くんからの愛を推し量ってる。
行くか行かないかも自分で決めないで、人の判断に従って。そのくせ、今みたいに「行け」って言われたら悲しく思ってしまうんだ。
……最悪。
もう一度、心の中で呟いた。
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