[携帯モード] [URL送信]
番外編――鷹爪
仮面を被り、他人を欺く役者であれ。

凡庸であれ。
中立であれ。

正しい感覚を持ち、正しい目を持ち、正しい真実を見抜く判定者であれ。

上記、安沢家家訓より一部抜粋。



 白石瞳(偽名)、今日も叫んでます。

「旭さま、仕事をして下さい!」

 わんわんと耳に残る大絶叫。隣に座る遼さまは準備万端、耳栓をつけて知らぬ振り。
 対してお茶を出しに来た女性社員はびくりと体を震わせている。

(あ、ごめん)

 流石にやりすぎた。けど顔の前で両手を合わせ、ごめんのポーズをしてもダメだった。
 避難がましい、つめたーい視線が送られてくるだけ。あぁ寒い寒い、お願いだから止めてよ。

 ……でもホント、何でこんな奴の査定なんかしなきゃいけないんだろう。
 
 新年も迫り先生も走る、当然廊下を走っちゃいけません……な十二月。
 ここ、六条の跡取りであらせられる遼さまが務めてらっしゃる会社ももちろんそうで。

 実を言うとハロウィンよりも少し前くらいから、旭さま(遼さまの弟)も遼さまのアシスタントとしてバイトをしてらっしゃった。大学のキャンパスライフと両立、ああ素晴らしいですこと! けっ。

 話がずれた。
 何で私がこんな所にいるかだっけ。

 私こと白石瞳――もちろん偽名だけど、の実家『安沢』は六条の本家と分家である人々を査定し、判定するのを裏の家業としている。

 一言で言えばそうで、私がここにいるのも六条旭が、六条の一員として相応しいかどうかを判定するため。
 判定者の一族、安沢の人間としての仕事。

 書いて二十文字足らずで構成できるその理由は、くわしーく話すとそれなりに長くなる。

「今度のお前の仕事は六条旭さまの査定だ。宜しく頼む、」
「イヤ」

 途端、父さまの顔が歪んだ。してやったり、ざまあみろ。
 いやー、単に一回言ってみたかったんだよね。出席でいるのに「いません」って答えたくなっちゃう微妙な乙女ゴコロ、っていうか。
 ま、別に乙女な年齢でもないけど。

 仕事内容は父さまから告げられた。
 かと言って本人の希望が通るのではなく、一方的に言われるだけ。 
「……なんて、冗談。どうせなら遼さまのが良かったなー」

 理由、査定するのが簡単だから。

 品行方正頭脳明晰、性格温厚眉目秀麗、その他もろもろを地でいくかの方は楽だ。
 これといって否定すべきポイントは無いし、仕事をしているから行動パターンが確立されている。

 逆に、遼さまの弟の旭さま。こいつは面倒。
 ちゃらんぽらんで自由人、何を考えているのか分からないと専らの評判。
 けなすべきポイントは洗い出せば沢山、の癖に証拠を掴ませないとのこと。

 っていうか何で、こんな新人にやらせるのさ。これって新手のイジメ? ねぇ。
「あっちからリクエストが来たんだ。若い女性、というと適任なのはお前しかいなかった」
「はあっ?」
 だそうで。ていうか誰だよ、リクエスト出した奴。

 確かに小さい時から英検漢検、数検は当たり前として秘書検定に簿記から税理士の真似事、こんなものまで使うか? というものまでやらされた。

 多分、影武者の家の七瀬と同じくらいハードだったと思う。でもだからって、年と性別で決められるなんて。
「宜しくな、瞳」
 私の肩をポンと叩いて、父さまは出て行く。気分はリストラされた会社員。
 なったことないから想像だけど。

 そして残ったのは安沢(本当は六条のだけど小難しい説明は割愛!)の別邸、紅の間に一人取り残された私と、むせ返るような深緑の、新しい畳の香りだけだった。



 正直、出来ることなら今すぐに『不合格』通知を出したい。

 四月から遼さまの近くで仕事をしていた。
 十月より前は大学に潜り込んでそれとなく雑談の範囲で聞き込み調査をしたり、遼さまからバレないように話を聞いたり。

 えらく神経を使ったが、小さな頃から叩き込まれている変な英才教育で何とかなった。スパイの真似事もしたことあるし。
 三日に一度の『誰でも出来る会話術』講座の意味も今なら分かる。

 そして、十月。何の気まぐれだかあいつ(旭さま)がやって来た。まさに天の助け。
 これで一々大学に行って気を使って会話しなくても良くなる。ああ嬉しい。

 二ヶ月。二ヶ月観察(もとい偵察とか視察とか査察? 違いがよく分からない)していたけど、こいつに対して言える言葉はただ一つ。

 今すぐその座から、引きずり落としてやりたい……!

「旭さま、机の上に書類が溜まっていますが」
 あくまでも丁寧な口調で、あくまでも優しげに。でも心の中は炎がめらめら。

 だってこいつ、机の上がひどいことになってるし。今時漫画でも見ないような書類の山。まさしく山。
 積み重なった書類を横から見たら、本当に漢字の山の形が出来ている。
「んー? あぁ、仕分けしておいてよ。後でやるから」

 と言いつつ、こいつはさっきから色々な所に電話をかけては一言二言話して切って、を繰り返している。
 どこからどう見たってムダ、遊んでるとしか思えない。

 出来ないのではない。しないんだ。
 だから余計にむかつくし気に入らないし、私が爆発しそうになる0.5歩手前で上手に、要領よく積み重なった仕事をこなしていく。

 ああ見えて、一切の隙がない。どこにも。
 ……六条旭はとんでもない奴だった。

「で、いつまで隠してるわけ? 安沢瞳」
 この猫かぶりめ!
 ……いやいや、猫を被っていた、というか嘘をついていたのは私だった。

 こいつ程に巨大で私だったら制御し切れなさそうな猫を抱えているのではなく、身分と名前を偽る程度のかるーい物ではあったけれど。

 十二月二十四日、華々しいクリスマスイブ。
 軽く午後十時を越えている。

 何でこいつと二人っきりなのかって、仕事が終わらないから。
 現在の私の仕事はどちらかといえばこいつのサポート、寧ろ世話役になっている節がある。

 今回も遼さまはこいつに仕事をさせろ、と(本当はもっと柔らかい言葉だったけど)私に命じ、自分はとっとと愛妻(と遼さま本人は思ってないみたいだけど実際そうだ)の待つ家に帰ってしまった。

 その残っている仕事。こいつがやらないと終わらない。

 つまり場合によってはこのままオールしなきゃいけない。会社でクリスマスを迎えるなんて絶対嫌。
 ――と思ってたら、こいつ。
 終電まで残り二時間を切った所でやる気を出した。

 とんでもないスピードで仕事を片付けていく。打鍵スピード、私より速い。
 横からちょっとチェックしてみたが、どれも欠点は見当たらない。元々思ってはいたが、なんて奴。
「どうかなさったんですか。私の苗字は白石ですが」

 にっこり笑いながら、しらを切ってみても「嘘言うな」とあっさり一蹴。
 さてどうするべきか。
 バラしちゃいけないことはない。でもそーすると今後やりにくいし。

「安沢、お前ここずっと俺見てただろ。遼の秘書なのに」
 かといって俺に惚れたわけでもねーみてぇだし。仕事の手を休めずに続ける、器用な奴。
 っていうか安沢決定ですか。それって偏見じゃないの?
「大学で聞き込み調査も大変だっただろ。良かったな、俺がこっちに来て?」

 あ、全部バレてた。

 ここまでバレてたらいっそ仕方ないよね。なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け!
「そういうあんたは、何で仕事しないの。不合格の通知出すよ?」
「出来ないよ。証拠すら一つも掴んでないじゃん?」
 そうなんだ。

 こいつ、尻尾は絶対に出さない。
 ギリギリで間に合う行為を繰り返して、決して遼さまの迷惑にならないように取り計らっている。なんていう狸。

 本家でいるからには、それなりの代償が必要となる。これ私と父さまの持論。
 それは時に目に見えない親からの愛情であったり、のびのびと子供らしく振舞えることであったり、恋愛感情そのものであったりする。

 良い暮らししてるんだから仕事するのは当然。仕事をしない、していても手抜きするのは怠慢。
 『安沢』はそういう人を取り締まる為に存在しているのだから。

 何も言えなくなった私に、対するこいつは何だか得意げだ。悔しい、すっごく悔しいーっ!
「私の質問に答えてない。どうして仕事しないのよ?」
「六条という船の、船頭は二人も要らない。この意味分かるよな」

 ――悔しいけど、理解してしまった。
「万が一にも俺を後継ぎにしようって奴が出たら困るんだよ。好きな生活出来なくなるわ、一族はバラバラになるわ、性格的にも俺には絶対合わない」

 なんて我侭。なんて自己中。何も考えずにその言葉を聞けばそうなる。
 でもこいつの言葉は、一々奥が深い。
 能ある鷹は爪を隠すって言うけど、こいつの場合はまたちょっと違う。

「俺は遼の引き立て役でいなきゃいけない。あくまでも、ね」
 最後の一枚の書類を、こいつは片付けた。

 にやりと笑うこいつの、表の顔にどれだけの人が騙されているか。
 否、もしかしたらあの表の顔も、この顔もこいつの……六条本家の人間の、同じ顔なのかもしれない。

『旭さまは遼さまより見えない人物ですわ。頑張って下さいませ、瞳さま』
 ……友美さん、貴女の助言は正しく真実を射抜いていました。

 正しい感覚を持ち、正しい目を持ち、正しい真実を見抜く判定者であれ。


 うちの家訓の一つだ。

 人を会話や外見、振る舞いで判断するのには限界がある。
 それはもしかしたらただの演技かもしれない、私達安沢が、判定対象に近付く時に嘘をつくように。

 ふとした時に人間の本質は現れる。それを見逃さずに正しく判定することこそ、私達の役目。
 そして、一ヵ月後の一月二十日。私は六条旭への判定を出した。


END


目次/第二部へ

[*前へ]

11/11ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!