番外編――六条
旭くんと『寝たふりごっこ』をしていた時のことだった。
ルールは簡単かつ単純、二人同じ部屋で寝たふりをするだけ。
誰か(メイドさんとか遼くんとか、六条のおばあさまとか)が入ってくるまでそれを続けて、どちらかが『寝たふり』を見抜かれてしまうか、本当に寝てしまえば負けという、子供がするような本当に、他愛ないゲーム。
春の、うららかな日曜日の午後。
その頃私たちはそのゲームにはまっていて、一週間に一度くらいの割合かな、人を騙して遊ぶのをささやかーに楽しんでいた。
私はベッドに凭れて床に座り、旭くんはベッドの上で横になった。
二人とも目を閉じて、耳を澄ませている。聞こえるのは微かな息遣いだけ。
ずっと目を閉じていると、本当に眠たくなってしまう。そのせいで、私は旭くんに常に連戦連敗だった。
だって仕方ないじゃない。
六条本邸の部屋はどれも日当たりが良くて南向きで、今日みたいな日には何もしなくても眠くなってくるんだから。
そうして十五分位だったかな、僅かにドアの開く音がして、私は薄目を開けた。
お年を召した、楚々とした雰囲気の和服姿の女性だった。
黒髪を首の後ろで一つに束ねて、背中の半ばまで流している。
(六条のおばあさまだ)
その頃十になったばかりの私には、本家で遊んでくれる人と言えば一に旭くん、二に遼くん、三に六条のおばあさまと六条のお母さま(お母さんには京子さま、桜さまと呼びなさい、と言われていたけど)だった。
おばあさまは厳しいけど優しくて、よく分家の私にも、遼くんと旭くんと一緒に茶道のお稽古をつけてくれていた。
お母さまも隣に住む私のことを「女の子がいないから」って可愛がってくれた。
すすっと足音を立てずに近付いてきたおばあさまは、私たちが寝ていると思ってくれたのか一度部屋から出て、それからまた部屋に戻ってきた。
ブランケットか毛布か。
ふわり、何かが被せられる。胸から下にかかる、微かで暖かい重みだった。
それだけじゃなくて。
とん、とん。一定のリズムで柔らかく叩かれる膝。
美しく、涼やかな声で紡がれる子守歌。
――六条の子供に生まれたからにゃ、逃れることなど出来ませぬ。
定めの道はいばら道、逃れることなど出来ませぬ。
――六条の女子に生まれたからにゃ、逃れることなど出来ませぬ。
好いた相手がおろうとも、契ることなど出来ませぬ。
旋律は軽快だけど、どこか悲しげに耳の奥で響く。
その歌を、私は今まで聞いたことがなかった。
いつの間に寝てしまったんだろう。
誰かに揺り動かされて、私は目を覚ました。
傍らには旭くんが座っている。眉間に皺を寄せて、険しい表情。
「……旭くん?」
「晴乃。あの歌のことは今すぐ忘れて」
唐突でストレートで、でも分かりやすい言葉だった。
今思えば、多分あれは六条本家への子守歌だったんだと思う。おそらく、代々歌い継がれてきたようなもの。
旭くんはその意味を正しく知っていたから、私に口止めをしたんだと思う。
年月が経つにつれ、私も少しずつ理解していった。
本家の人々は目に見えない全てが手に入りにくいかわりに、目に見える全てのワガママが許される。
――十九歳の今でも、私はその歌をはっきりと覚えている。
END
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