三十四分の一の確率で【前】
これは、賭けだ。
勝ったからって利益があるわけじゃない、極々自己満足なものだけど。
ふとした時に流れる、遊園地の仮装イベントのCM。
時々暇潰しのために行く、スーパーの店先に並んだ季節限定カボチャのお菓子。
デパ地下のハロウィンフェア、の看板とか。……お菓子ばっかりだな、私。
この時期になると、私の世界はオレンジ色に染まる。
十月三十一日、ハロウィン。
元はキリスト教かなにかの、魔よけのお祭りと聞いている。
でもそんなことは現代っ子には通用しない。子供にはお菓子が貰えるラッキーな日、大人にはそんなこともう関係ない、なんて人もいると思う。
だってクリスマスやバレンタインほど、何かをするっていう日じゃないし。
さて、私の場合はっていうと……そのどちらでもなく。
「素晴らしい出来です、晴乃さま。これならきっと旦那さまも喜ばれます」
「……そ、そう? ありがとう」
私のより、私のをベタ誉めしているメイドさんの方がよっぽど上手だと思う。謙遜、主観を抜きにしても。
上機嫌に微笑むメイドさん、友美さんの周りには小さなカボチャで作られたジャック・オ・ランタンがずらりと二重の円を描いてる。その数およそ三十個程度。
一人で三つ作っている人もいたから、正しい数も数えなきゃ分からない。
想像して欲しい。
……これってすごく、シュールな光景なんだよね。
泣いている顔もあればオーソドックスに笑っている顔もあり、怒っている顔もあり。
こういうのが得意らしく、友美さんの持っているランタンの横には天使の羽が彫刻のように刻まれていた。
もう違うでしょ、ってのまで様々なランタンが作られている。一つとして同じものはない。
私はようやく完成した自分のランタンを置いて、広間をざっと見渡した。
「あーあ、ひっどいことになってる」
「ええ、大変ですけれども……例年のことですから、大丈夫です」
一階の大広間、その一角にありったけの新聞紙を敷き、メイドさん(+私)が作ったランタン。
ほぼ無駄にせず、職人芸のように鮮やかな手つきでランタンを作っていくメイドさん達だけど、こちらは量がある。
お世辞にも綺麗とはいえなくなってしまった大広間を見て、私はがっくりと肩を落とした。これから掃除かと思うと気が滅入る。
くりぬいたカボチャは今日の夕食に使われるとか。
私には料理させてくれないから知らないけど。
カボチャサラダ、天ぷら、カボチャジュース。
パンプキンパイとカボチャのシチュー。メニューの少しを聞いただけでくらくらしてきた。ギブアップ。
しかもこれ、例年のことだそうだ。ご近所さんに配れるほどのランタンと(実際配っているとか)、食べ切れないほどの(実際食べきってるみたいだけど)カボチャ尽くしな料理。
テーブルの上にはお菓子のカゴ。
これまた判に押したようなロリポップ、外国のチョコレート。
さすがに仮装まではしてないけど、やろうと企画された年もあったみたい。
「――やろうか。まずはこれを外に運ばなきゃ。玄関先に置くんでしょう?」
私は腕まくりをした。
空調設備は整ってるんだから、最初から半袖にしておけばよかったと後悔。よく見れば、友美さんは半袖のメイド服を着ている。
「はい、あのでも晴乃さまのお手を煩わせるわけにはいきませんわ。私だけでやりますので、どうぞお部屋でお休み下さいませ」
「だって人手はあった方がいいじゃない。ね、手伝わせて?」
胸の前で両手を組み合わせて頼む。多分これで受け入れてくれるはずだ。
結婚して半年近く。
最近分かったことの一つに、『メイドさん達は命令に逆らえない』というのがある。
優先順位は当然遼くんのが上みたいだけど、よっぽどのことじゃない限り、私がお願いすれば仕方ないなぁ、という顔をしつつも叶えてくれた。
今回もそう。
だって、今この大広間にいるのは私と友美さんだけ。他のメイドさん達は皆料理に取りかかってしまって、私のお守と片付けを命じられたのが友美さんらしい。
つまり、友美さんは「メイド長に聞かなくちゃ」と言い逃れ出来ない。
ごめんね、友美さん。
「……旦那さまには秘密にお願いしますね」
やった。作戦第一弾完了。
友美さんに気付かれないようガッツポーズをしながら、私はかごの中にランタンを入れていった。
■
秋の日は釣瓶落としと言うが、午後七時半にはもうすっかり太陽は身を隠し、世界は暗闇が支配していた。
月の光も、今日は厚い雲に覆われて届かない。
仕事から帰ってきて、玄関先で足を止めた。門から家の扉まで続く石畳の両脇に、ずらっと一列に並べるようにしてランタンが置かれている。
毎年恒例の、メイド達が作ったジャック・オ・ランタン。
その中に小さなろうそくが入れられ、闇の中、ぼんやりと柔らかな光を放っていた。
単に凝っているのか例年行事に飽きたのか、ランタンは様々な形になっていた。
中には既にランタンとしての原形を留めていない物もある。馬車の形をしているって何だ。
「晴乃のは……」
つい、彼女が作っただろうものを探してしまう自分に苦笑する。
彼女が作っていないなどということは最初から考えていない。十数年の付き合いの中で彼女の性格は熟知している、つもりだ。
どんな形だろう。
彼女は飛び出て器用ではないから馬車やダルマは違う、おそらくオーソドックスなジャック・オ・ランタンだな。笑っているかな、怒っているやつかな。
じっくりとランタン達を見つめていると、横から彼女の声が聞こえてきた。
長袖の白いドレスシャツ、申し訳程度に裾にフリルがついた黒いロングスカート。茶色がかった髪はいつも通りに、耳の下で二つに結っている。
「……おかえりなさい、遼くん」
「ただいま。これ全部、晴乃達が作ったの?」
オレンジ色の光が優しく彼女を照らした。答える代わりに微笑んで軽く両腕を広げ、くっきりと濃い影が石畳に落ちる。
「ね、私の分かる?」
僕は軽く肩を竦めた。どちらにせよ、今は分からない。ヒントが少なすぎる。
「まだ。でも……そうだね、夕飯を食べ終わったら」
「考えててね。当ててくれたら嬉しい」
ふふ、と口元に人差し指を当てて。彼女は上機嫌に笑い、それから「早く」と幼い仕草でスーツの裾を引っ張った。促されるままに家へと入っていく。
彼女がくれたヒントはまだ一つしかない。
こうなったら、真剣に考えなければいけなくなった。
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