[携帯モード] [URL送信]
 ▽
「話を戻すぞ。『名前』というモノを一般の人間はないがしろにしてるが、神にとって名前というのはとても大切だ。名前には存在を確定する力があるからな」


 十六夜は近くのテーブルに置いてあったチラシの束から、裏が白いチラシを引き抜き、裏返した。そしてそこに、達筆といっても良い綺麗な字で『あの子』と書く。


「例えば、『あの子』という言葉では、麗夜を定義する事も確定する事もできない。『あの子』だけでは、麗夜かもしれないし違う子を指しているかもしれない。つまり、はっきりと麗夜だと断言出来ない」


 そしてその隣に、麗夜の名を刻んだ。


「だが、『如月麗夜』といえば、その名前が指す者は麗夜しかいない」

「あたしが二人いない限りね…………同姓同名だったらどうなるの?」

「関係ない。『如月麗夜』という名は、麗夜という存在の定義であり、麗夜の存在を確定する」


 麗夜と書かれた文字の横に、存在と書いて丸で括る。

 そして麗夜と存在を、一本の線で結んだ。


「もっと言えば、その『如月麗夜』という名前が存在するためには、麗夜という存在が必要になる。だから、麗夜というモノは存在出来る。麗夜が存在出来るのは、つまりはそういう事だ」

「いや、意味分からないんだけど」

「…………もう一つ、例を挙げておく」


 十六夜は呆れたような溜息の後に、もう一枚チラシを引き抜き、裏返した。

 そしてそこに、次は『神』と書く。


「『神』と一口に言っても、『神』という名は曖昧過ぎるだろう? キリスト教の神でもギリシア神話の神でも、何でも人間は『神』という言葉で指してしまう。逆らう事の出来ない至上の存在、それを全部『神』という言葉で括ってしまう。だから『神』だけでは、その神だと断言する事が出来ない」

「人間を『人間』という言葉で括っても、個を特定する事は出来ない…………ってコト?」

「そうだ。だが、例えば…………『オーディーン』と言う名前は、北欧神話の最高神しかいないだろう?」

「うん」

「つまり『オーディーン』という名は、人間の時と同じく、その名が定義するモノが存在するために、最後の人間がその名を忘れるまで存在し続ける事が出来るんだ。つまりは、そういう事。名前にはそんな力がある」

「…………んー。まぁ、分かった」

「なら続けるぞ。その中でも、冥王から与えられる『名前』は特別だ。冥王から『名前』を与えられた神は、崇めて貰わずとも、人間のように生活する事が出来るからな。もちろん、存在を忘れられる事も恐れなくて良い」

「仕組みはよく分らないんだけどね〜」

「…………冥王は、短命な人間とは違って、永遠の命を有している。おまけに冥王自身の力が加わって、冥王に与えられたというだけで力があるんだ」

「力?」

「力…………筋力じゃなくて、霊力って呼ばれてる物だな。冥王はその力の根源に位置する。まぁ、言うならば神の力の源泉といっても良い。だから冥王から与えられた名前には、それ自体に力が宿っている」

「へぇ〜……」

「信仰という枷がなくなった神は、神にとっても人間にとっても、絶対的な力を持った存在となる。だから姉さんは今回、俺達人間側の味方として戦力に加わる事が出来ないんだ。俺達側に付いたら、他の神と対立する事になるからな…………名を与えた冥王まで敵に回す事になったら、流石にジ・エンドだ」

「…………」

「分かったか?」


 長々と説明した十六夜に、麗夜は曖昧な微笑みを浮かべて、一言。


「長すぎて分からない」


 十六夜の端正な顔に、青筋が生まれた。


「神は存在を忘れられると消える! だが冥王から与えられた『名前』を持つ神は、例え誰からも忘れ去られようとも、消える事はない! そして冥王に名前を与えられた神が、無闇矢鱈に神が関与している争いに加わる事は出来ない! とにかくそこだけ丸暗記しておけ!」


 十六夜の怒声に、庭の樫の木が揺れたとか何とか。

[* bACk][NexT #]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!