▽
「ねぇ、今日までやってこいって言われてた宿題やってきた?」
「「…………」」
「昨日はさ、『みんなで一日中座っていよう大会』みたいで、激しくつまんなかったじゃない? 今日は楽しいと良いよねー」
「「…………」」
「先生もみんな黙って立ってるだけでさー。給料泥棒だよね〜」
「「…………」」
「ってかみんな黙ってるから、何かお葬式みたいだよ〜? あははっ! お葬式の方がすすり泣きあるだけ、まだ煩いかなー?」
「「…………」」
「あー……え、と…………」
(あぁぁ。視線が冷たい! むしろシカトされてるよ、あたし! 痛すぎるよ、あたし!!)
無言の重圧に、思わずそう心の中で激しくつっこむ。
それをここ数日で、何回繰り返した事だろう。
朝からツッコミ疲れでくたくたの麗夜(れいや)は、全てを諦めたような顔で、彼女達から視線を外した。もうこれ以上ツッコミはできない。したらツッコミ死にするに違いない。
「あー……」
ふと見上げれば、空は抜けるような快晴。一面のスカイブルーには、白い雲などほとんどない。本当に、見事な夏晴れだった。
(うわー……超天気良いなぁ。あーあ。いつもなら、帰りにどこへ行くかで、友達とワイワイ騒ぐ所なのに。あたし、何やってるんだろ)
せっかくの天気が勿体ないなぁと呟いて、麗夜は再び彼女達の方に視線を戻した。
が、その時には、もう誰の姿もない。自分の役目は終了したと言わんばかりに、さっさと教室に戻ったようだ。
(全く、友達がいが無いわね)
そう心の中で愚痴をもらすと、麗夜はため息をついた。
麗夜の立つ玄関の先には、静かな廊下と、それと同じくらい静かな教室が続いている。
いつもと同じ風景だが、いつもと違う。まるで学校映画のセットの中に迷いこんだように、学校全体が静まりかえっていた。
生徒はというと、たまに移動教室の生徒がゾンビのように列を組んで歩くだけ。教師にいたっては、走っても騒いでも、生徒指導の教師がくるような気配はなかった。まぁ、走ったり騒いだりする生徒も皆無だろうから、別に問題はなさそうだが。
とにかく、こんなのは普通ならば考えられない。まるで現実とそっくりな異世界に、一人紛れ込んだかのようである。
(せっかくの天気だけど、こんな状態で遊びに行けるはずないよねー。こんな非常事態に遊びに行けるはずないわよねー。あぁーあ)
麗夜がそう心の中だけで愚痴った時、急に携帯が鳴りだした。
朝から電源は常に入れ、わざわざ着メロも分かりやすい物にしたためか、一瞬で自分の物だと分かる。
もっともここ数日間、他人の携帯が鳴った所など見た事もないのけど。まぁそれは良いとして。
「…………爺様か」
ちらりと背面液晶を見れば、祖父の名前が表示されている。
予定よりも少し早かったな……とぼやいてから、
「はい、麗夜です」
と、先程友人達に向けてた声とはがらりと違う、真面目で固い声を出した。携帯を持つ手に、微かに力が加わる。
「……はい。皐月(さつき)の家からですか? ……えぇ、大丈夫です。帰りに寄ります。……はい、分かりました。爺様もお気を付けて。…………え? 母様から?」
電話の向こうから指示を受け、麗夜は一旦携帯から耳を離した。静かな廊下に、保留用の音楽が流れる。
数分後、誰かの断末魔に似た叫び声をバックに、電話をとる音がした。
「……あ、母様? はい。平気です、皐月の家と協力しますから。……えぇ、はい。…………はぁ? 今は非常事態なんですよ? 婚約者がどうのなんて、そんな事を考えている場合じゃないでしょう? ……て、ちょっと母様? ちょっと! またシカトですか?!」
どうやら電話は、一方的に終了したらしい。
電話がかかってきた時よりも若干怒り気味で、麗夜は携帯を切った。その表情には、九十八パーセントの呆れと、二パーセントの何かを悟りきった諦めが混じっている。
「……勘弁してよ。今の状態だけでも忙しいんだから!」
麗夜の悲愴感漂う声が、静かな静かな廊下に響きわたった。
そもそも、自分がどうしてこんな目に合わなければならないのか。自称美少女は、本日も災難である。
[* bACk][NexT #]
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