神様 -epilogue-
影は歌う。
世界の全てを。
影は歌う。
この世の始まりを。
影は歌う。
終わりを望む神の歌を。
神様 -epilogue-
「やっぱり私の思った通りになったわね」
時は、麗夜が十六夜ごと神を切った時まで戻る。
二人がいる公園から少し離れた山の頂上で、一組の男女が街を見下ろしていた。まとう雰囲気は対照ながらも、どちらも街中で目を引くような美形だ。
夜の闇に覆われた街は、暗く冷たい。
だが明日になれば、ここもまた賑やかに華やぐだろう。明日――――人間が自我を取り戻した日の夜には。
「結局黒幕が誰なのか知らず、あの神も哀れだな」
そう呆れたようにため息を吐いたのは、ぐりぐりと自身の眉間の皺を揉み解そうとしている男。
黒く長い髪を無造作に垂らし、髪と同じ漆黒のシャツと細身のズボンを優雅に着こなしている。秀麗な顔を歪めているにも関わらず、彼の持った美しさは変わる事が無かった。
そんな彼の美貌に見惚れる事無く対等に隣に立つ美女は、その不満そうな態度が面白いのか、ふありと目を山形に細める。細められた奥にある瞳には、十六夜と同じ青の輝き。
バランスのとれた華奢な体を白いワンピースで愛らしく飾っている彼女は、風にひらひらと舞うスカートを抑えながら、もう片方の手でくすくすと笑みをこぼす口元を覆った。
「あら、黒幕だなんて失礼ね。ただ彼を消したのが、私の弟と弟子って言うだけじゃない」
「それを促したのはお前だろう? まったく……まさか本当に神を倒すとは思わなかった。人間外れの神童にしても、あのとんでもない力を持った憑坐にしても、よくもまぁあそこまで育て上げたものだな。皐月緒里」
男が皮肉気にそう言っても、緒里と呼ばれた美女はにこにこと笑っている。邪気の全くない、人間とは思えない笑顔。何が面白いのか、何が嬉しいのか、彼女は理由もなく微笑んでいるように見える。
それがひどくひどく、不思議だった。
「私は何もしてないわ。ただあの子達の才能を引き出し、最善だと思う方向に導いただけ」
「最善、か。お前はあの子らをどこに導こうとしているんだ?」
「あら、やだ。貴方なら知ってるでしょう?」
そう念を押すように問いに問いを重ねるが、男は押し黙って緒里を見るだけだった。頭の良い彼の事だから、理解していないはずはないだろう。どうやら、予想出来無くも無いが緒里の口から直接真意を聞きたい――――そういう事らしい。
それならばこのままでは話が進まないと思い直したのか、仕方なく緒里は正直に口を開く。くすり、と小さく笑い声を漏らして。
「私はね、この世に終わりを告げたいの」
「どういう意味だ?」
「始まりはあの神が告げたわ。だから私が終わりを告げる」
消え損なった羽を一枚掴んで、緒里は笑みを深くした。
「あの神の存在は、ここで終わり。そして私は新しい『始まり』を告げる」
そう言って緒里は羽をくしゃりと潰す。そのまま少し力を込めれば、羽は砂が空を舞うように消えていった。
自然消滅を待つのではなく、緒里の力によって、羽は消滅した。
力も、存在も。今回の事に関わった者以外からは、もう誰からも思い出される事はないだろう。あの神は墓もなければ語りべもなく、ただただ忘却の彼方に去っていくのみ。
なんて悲しい、なんて虚しい存在なのだろう。神というものは…………
「神は人間を作り、人間は神を作った。創造主、神、人間――――本当に、つまらない話ね。そう言うのは、この世という物語が終わってから考えるものでしょ?」
緒里は手に微かに残った砂を握り締めると、街に向かって投げた。
人間に憧れ、人間を愛し、最後には裏切られ、裏切った愚かな神を。少しでも存在があった者として、残せるように。
「神なんてつまらないわ。自分一人で何も出来ない…………ある意味、人間よりも愚かで無知で無力な生命体……」
その自虐を含んだ呟きは、誰にも聞かれることなく風と共に消えた…………
――――――――
またいつもの朝が始まる。
「おはよ、十六夜。今日は美喜と知子とカラオケだから、特訓なし!」
「馬鹿言ってんな。今日も天叢雲剣の特訓だ!」
呆れるほど平和な日々。
どこかで緒里の呟きが、風からこぼれ落ちた。
「存在を確定させるのは、誰でもない自分」
「その物語を紡ぐのも自分」
「人間はたくさんの可能性を持っているわ」
「存在を確定させる力――――神が唯一、人間に劣る力」
「人間は、現であり、夢であり、未来なのよ…………」
風は、こぼれたのに気づかなかったかのように過ぎ去っていく。
呟きが白い羽を震わした。
風は気づかない。
…………羽は震え続ける。
そしてこの『羽事件』と名付けられた物語は、
一人の神によって始まりが告げられ、
もう一人の神によって終わりが告げられた。
Everything turned out all right.
何モカモ上手クイッタネ