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 ▽
「……我の願いはただ一つ。人間と共にありたかった」

「じゃあ何でこんな事……」


 麗夜の言葉は、最後まで続かなかった。

 顔を怒りに染めた影が、急に間合いを詰めてくる。


「『我ら』は共にありたかった!!」


 途端、影の動きが加速した。まるでビデオを早回ししたかのように、ただスピードだけが上がっている。

 技術も何もない力任せの動きといえば、単純に聞こえるかもしれない。

 だが、逆に言えば、小細工が通用しないという事だ。

 このまま速くなれば、ついていけるかさえかなり不安である。

 それに、スピードはともかく、体力的には向こうの方が有利だ。

 長期戦になれば、普通の人間よりも、根本的に身体能力の高い神の方が遥かに有利である。


「人間は愚かだ! 神を捨て、都合の悪い時だけ崇める! 貴様も知っているだろう? 神は『人間の持つ信仰心の力』が必要なのだ! そしてそれに我々は縛られる!」


 神は人間によって作られた仮想の物。その神が現に存在し介入するには、神にとっての創造主である人間に存在を確定してもらわなければならない。例えば石碑を立てて名前を知って貰ったり、宗教として自分の名前を広く知れ渡らせるなどして。

 もし全ての人間がその名前を忘れてしまったら、神は存在出来なくなってしまう。『存在しない物は世界に関与できなくなる』というこの世の理に従って。

 だが、もし反対に――――人間が神に存在を確定される事になったら、今の立場は逆転する。

 神はもう『人間の持つ信仰心の力』を必要としなくていい。

 ――――神は、自由になれる。


「あっ……」


 剣を弾き飛ばされ、麗夜は体制を崩した。

 その無様に床を転がった麗夜の頭を、影は無慈悲に踏みつける。

 力強く睨みつける麗夜の視線と、見下したような影の視線が絡んだ。


「だから……人間の感情や心を奪ったの?」

「神は『名前』で存在を縛られている。だが、人間は『心』で存在を縛られている。心なき操り人形共は、最早人間――――創造主ではない。貴様らを殺し、人間達の存在を消し、我ら神こそが創造主となる!!」


 激昂した神の声が、静かな夜の町に響いた。そしてそれを、麗夜は静かに聞いている。


(…………十六夜の、予測通りだ)


 実を言うと麗夜は、夕方、腹立つくらい頭の良い十六夜に頭を下げて、神が人間の心を奪った理由を聞いていた。

 もし人間に喧嘩を売るつもりならば、何故ここまで回りくどい事をしたのか。天変地異を起こした方が楽なのではないか。

 そう尋ねる麗夜に、十六夜は呆れたようなため息をついた後、長々と説明してくれた。

 曰く――――

 『名前』で存在を縛られている神に対し、人間は『心』で存在を縛られている。怒りでも喜びでも虚無でも、『心』が存在するからこそ人間は人間として存在出来る。『心』がある人間として存在すれば、どんな人間でも創造主であれる。

 例え天変地異を起こそうと、『心』がある人間を消すという事は創造主が消えるという事。創造主が存在を確定しなければ消えてしまう神共々、共倒れになるだろう。

 だから影は、人間が存在するために必要な『心』その物を奪った。

 存在しない物は世界に関与できなくなる、これは絶対のルール。『心』を奪われてしまった人間達は、ルールに従って存在を消し、瞬く間に消滅するだろう。

 だが『心』を持たない人間は、創造主である資格を有していない。なのでそれらが何人消えようと、神が消える事はないだろう。

 そして全ての人間が消滅すれば、最早神を縛る創造主はいない。

 自分を縛る創造主がいなくなれば、今度は神が、空いた創造主の席を座る事が出来る。

 それが十六夜の見解だった。

 しかし――――


「…………そして、貴方は失敗した」


 影の計画は一見完璧に見えたが、一つ誤算があった。

 神である緒里に存在を認められた麗夜や十六夜のように、影の力の影響を受けなかった人間が居たのだ。

 麗夜達のように『心』を奪われなかった人間が存在すれば、『心』を持った麗夜達が創造主だ。神は麗夜達に縛られる。

 全ての『心』を持った者達を消さなければ、人間と神の立場は逆転しない。

 そう麗夜は冷たく指摘したが、影は不敵に笑んだ。

 そして麗夜を踏む足の力を、若干強める。


「関係ない。貴様らを殺して『心』を奪いさえすれば、次に存在を造る物は神だ。『神』が『人間』を創る。…………次に支配する者が我々で何が悪い? 我は作り物以外の物になりたいのだ」


 その影の言葉に、麗夜の唇が笑みの形を作った。

 その笑みを疑問に思ったのか、一瞬影は呆気にとられる――――その隙を逃さない。

 影の足に剣を刺すと、怯んだ隙に体を素早く起こした。

 そして麗夜は、未だ体勢の整っていない影の方に跳躍し、着地する寸前に左足の着地位置をずらすと、軽く力を入れる。

 そのまま九十度に体をねじりつつ、すらりと伸びた右足を突き出した。

 渾身の力で蹴りあげた影は、まるで紐の切れたサンドバックのように彼方へ飛んでいく。


「貴方の気持ちは分からないでもないけど…………生憎ね、あたしはそれが嫌なのよ」


 景気よく飛んでいった影に満足したのか、麗夜はにやりとした笑顔でそう言い放った。

 ついでに、顔についた血混じりの泥を払い除けると、大変良い笑顔で「それにね……」と続ける。

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