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 力――俗に言う霊力を持っている人間の殆どは、羽事件によって自我を失ってしまったらしい。

 それも仕方ないだろう。何しろ神が起こした事なのだから。特に羽根が振る場所に居合わせてしまった不幸な犠牲者が、いくら立派な霊力を持っていようと、防ぎきる事は出来なかったのはある意味当然の事である。

 しかし麗夜や十六夜の家族は、誰一人として影響を受けなかった。

 理由なんて考えずとも分かる。最強と呼ばれる皐月緒里がそれを望まなかったからだ。

 冥王によって名を与えられた唯一の神である皐月緒里の親族に手をかけられる神は、恐らくそうそういない。皐月緒里を敵に回す事は神にとって大きな脅威だ。自分が逆に、緒里によって存在ごと消されるだろう。

 緒里は優しいけれど、容赦はしない。

 まぁ、そんな理由で麗夜の家族は、羽事件から身を守れていた。

 ――――そして、本来ならば喜ぶべきそれを麗夜は心の中で呪った。


「爺様〜……いつまでお話しなさるおつもりで?」

「いつまでもじゃ! この馬鹿孫がぁぁ!!」


 帰って早々、麗夜はこってりと叱られていた。

 理由は単純明快。家宝――いやむしろ国宝といっても過言ではない、天叢雲剣を貸して欲しいと言った事だ。

 特に麗夜の祖父は、年に合わぬ程興奮している。入れ歯が唾と共に、今にも飛び出しそうな勢いだ。


「爺様。ちゃっちゃって終わらせてきますから、少しの間貸して下さいって…………」

「ダメに決まっとるだろう! あれは、もぉぉぉぉぉぉぉのぉぉぉぉぉぉ凄ぉぉぉぉくぅぅぅぅぅぅっ大事な物だと、何度言ったら分かるのだ!!」

「何度言われても分かりません! いざという時でさえも使わない剣に、価値なんてありませんから」


 言葉を途中で切られた腹立ちにか、麗夜はバッサリと切り捨てた。

 ちなみに彼らのこの不毛な会話が始まってから、すでに三時間以上経過している。にも関わらず、議題は最初とまるで変わらない。

 その押し問答に飽きたのか、祖父の隣で呑気に林檎を切っていた母が手を止めた。そして慈愛の微笑みで祖父を見つめる。


「お義父さん、麗ちゃんの好きにさせてあげれば良いじゃないですか。ね〜、麗ちゃん?」

「ね〜、母様?」

「結託するな! ゴホゴホ……」


 そう怒鳴るが、麗夜と母は全く聞いていなかった。二人揃って「ね〜?」とか言いながら、人差し指を合わせたりしている。

 人間、年と母娘には勝てない。

 その事にやっと悟った祖父は、「大体……」と別の話題に変えた。


「…………大体だ!! 皐月十六夜はお前に仕える者。何故お前が仕えられている!」


 そう、遙か昔――――とにかく現代っ子の麗夜には、考えるのも嫌になるくらい昔。皐月家は付き物神の血統に悩まされていたところを、如月家に救われた。皐月家の宗主はそのお礼にと、如月家に永遠の忠誠を誓った…………らしい。この主従関係は、平成の世の今も固く守られている。

 だが次世代を担うはずの十六夜も麗夜も、全く古い歴史を重視していない。もししていたら、十六夜と麗夜は喧嘩などしないだろう。


「相変わらずうるさいなぁ、爺様は。良いじゃん、別に。大体、剣にしても、十六夜の事にしても、爺様は細かすぎるんだよ」

「ばかもん! あの剣はだな…………おい!!」


 祖父の言葉を無視して、麗夜は勢いよく立ち上がり、赤い布に包まれている物を突き出した。

 勢いがありすぎたためか、しゅるりと音をたてて、布が畳の上に落ちる。

 朱色の柄に白く光る刃。柄に付けられた赤い紐。

 ――――三種の神器の一つ、天叢雲剣。

 どうせ反対される事は分かっていたので、話をする前に掻っ払っておいたのだ。

 ちなみにコントロール出来ない力を無理矢理行使したので、家の封印はボロボロだ。


「…………?」


 いつまでもリアクションがないので、麗夜は得意げな顔を消してふと家族の方を見た。

 すると、家族全員が真っ青になっている。もしセリフを付けるとするなら、がっちょぉーん。

 特に麗夜の祖父の顔は、何かのギャグマンガのように崩れていた。


「なっ……なっ……れ、れい…………」

「……甘いね、爺様。私があんな封印ごときに負けるはず無いじゃない!」


 言うより速く逃げだし、麗夜はこの街一番の豪勢な寝殿造りの屋敷を駆け抜ける。

 途中女中さんに『走らないで下さい!』と声をかけられた――――いや怒られたが、笑顔でかわす。

 その時の麗夜を満たしていたのは、満足感と高揚感だけだった。

 そうして、麗夜が皐月家の正門に着くのは数分もかからなかっただろう。そこにはあらかじめ待っていた十六夜が立っていた。

 良くやったな、そんな微笑みで。










影の歌はまだ続いていた。

誰に聞かせるわけでもなく、

ただただ歌っていた。





All it takes is a little kindness to others.
必要ナノハ他人ヘノチョットシタ労リ



[* bACk][NexT #]
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あきゅろす。
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