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「麗夜。アレ取って来いよ、今の内に。天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)。多分必要だろ?」


 その申し出に、思わず麗夜は十六夜の顔をまじまじと凝視する。

 そして何度か彼の言葉を反芻し、理解が出来た所で叫んだ。


「バッカじゃないの?!」


 第一声はこれしか出ない。

 麗夜と自分のタイムラグがそんなに面白いのか、十六夜はバカと言われても何も言わなかった。ただそんな麗夜の反応に、口の端を釣り上げるようにして笑うだけ。

 だが麗夜はそんな十六夜に今度は反応する事が出来ず、とにかく早口で抗議した。


「天叢雲剣はねぇ、三種の神器の一つで、家から出すこと禁止…………つーか見ることすら禁止のものなのよ! そんなの借りれるはずないじゃない!!」


 天叢雲剣は何があったは知らないが麗夜の家、如月家の家宝である。ちなみに、別称は『草薙(くさなぎ)の剣』。こういえば大抵の人は何となく分かるほど有名な霊剣だ。

 記紀神話で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が出雲国の簸川(ひのかわ)の川上で、八岐大蛇(やまたのおろち)を退治した時に、大蛇の尾から得たと言われている。熱田神宮に祀られているはずなのに、どうして如月家の宝具殿に封印されているかは不明だ。

 もちろん家は封印が何百重にも有って、持ち出すことは不可能。

 だが十六夜はさらりと流す――――と言うより、初めから麗夜の泣き言など聞いていない。


「仮にも神童なんて呼ばれているなら、やって見せろ。今夜までだ」

「出来るか馬鹿! 大体……」


 麗夜の次の言葉が出る前に、十六夜がすっと手を出した。その白く長い指に、思わず圧倒される。


(見た目は良いのよね、十六夜って…………いや! 見た目しか良くないんだけどっ!)


 赤くなったり怒ったりと忙しい麗夜など全く見てない様子で、彼の人差し指が空を切る。

 麗夜の前、そして右斜めの方にスライド。

 十六夜の指の先には、活発そうな顔をしていたであろう少女がいた。ただ今は表情は冷たく、生気もない。虚ろな目が虚空をじっと見つめている。

 その変わり果てた姿は痛々しく、麗夜はその少女の姿に胸が詰まった。


「……やるんだろう?」


 試すような響き。思わずズルイと思ってしまうが、今は女の子の方が気がかりだった。


 ――――

 この『力』は弱き者のために。

 この『身』は愛しき者のために。

 この『想い』は我が信念のために。

 ――――


 麗夜はゆっくりと目を閉じた。

 幼い頃から片時も忘れる事は無かった、あの人の言葉が蘇る。


「…………やるわよ。やってやろうじゃない!」


 結局どうしようもないお人好しなんだよお前は、と十六夜が小さく笑うのを、視界の片隅で見た。

[* bACk][NexT #]
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あきゅろす。
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