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序章 -prologue-
神様を信じないから、

神様を想わないから、

こんな事になるんだよ。











序章 -prologue-










 世界を変えてしまうような大事件が起こる前に限って、普段と変わらない穏やかな日常が在る事が多い。

 人間の日常など、非日常といつだって隣り合わせ。誰かの気紛れで他の人間の人生が変わってしまうように、穏やかな日常も些細な事で壊れてしまうものなのだ。

 ――――その日も、そうだった。

 特にこれといった変化の無い街は、普段と何一つ変わらない穏やかな夜を楽しんでいる人々で溢れかえっている。その日はとりわけ暑かったためか、皆一様に少しだるそうだったが、そんな昼間の暑さで消費した気力を取り戻そうとしてか、そこは賑やかな喧騒で満たされていた。

 笑っている人もいる。

 しきりに愚痴をこぼしている人もいる。

 落ち込んでいるかのように視線を上げずとぼとぼと歩く人もいる。

 街はいつもと変わらずそこにあって、その日もいつもと変わらないまま終わりかけていた。

 ――――その、筈だった。


「おい、あれ何だ?!」


 どこからか驚いたように発された声に、人々はふと空を見上げる。そして一様に目を丸くした。

 紺色のビロードのような空には、深紅の満月がぼんやりと懸かっている。それを彩る星々は美しく瞬き、まるでお気に入りの宝石箱をひっくり返したようだ。

 そして、そんな目を見張る程美しい空から、大量の真っ白な物がひらひらと落ちてきている。


「雪……?」

「違う、羽だ! 羽が降ってるぞ!!」


 まるで雪かと見紛う程真っ白なそれは、確かに羽だった。鳩よりもカラスの物よりも大きく美しい、真っ白な羽がはらはらと落ちてきている。

 まるで、映画のワンシーンのようだった。

 しかし、どうしてだろう。人々には何故かその羽が、少し浪漫のない表現になってしまうのだが、戦時中に大量に落とされた『戦争を降伏せよ』と書かれた紙のように見えた。

 確かに美しい。だが、何処か恐ろしい。

 言いようの無い不気味さに、大人も子供も思わず後退った。

 しかし羽は無情だった。


「おい、これ――――」


 誰かが思わず叫んだ言葉は、終わる事なくそのまま空気へと霧散する。その続きは、紡がれなかった。

 羽がふありと地面を覆った瞬間、全てが消え去った。

 人々は感情を浮かべず、何も語らず、ただ落ちてくるそれらを見つめている。動きもなく、もしかしたら息すらしていないのかもしれない。

 大人も若者も子供も、まるで蝋人形のように、先程の人間臭い表情はごっそりと抜け落ちていた。

 その中に、この現象が幻想的すぎるとまだ疑える者が果たしてどのくらいいたというのだろう。

 もしも、その時の状況を覚えている者がいたらこう言うだろう。

 誰もが同じ様に無感動な瞳で空を見上げる中に、そのような者は誰一人としていなかった、と。

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あきゅろす。
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