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Trick or treat!
 元は輝くような白さだったのだが、文字が細かく並んでいるためか灰色に見える。

 そんな報告書、一枚見るだけでも目が痛くなるが、それが仕事なのだから仕方ない。いくら俺様だの唯我独尊だの言われようと、仕事はしっかりとこなすのが俺の信条だった。

 だが、いくらなんでもこの報告書は疲れる。しかもそれが複数あるのだから、手に負えない。

 優秀な手駒の成果を確認しながら、俺は小さくため息を吐いた。


「またつまらないモノを殺っちまってんな」


 そう思わず溢すのは、リキルジェード――通称リキの報告書。

 リィヤルリィセ――通称リィヤのように、まるでビジネスマンの手本のような簡素で詳しい報告書でもない。あれは本当にこんな組織の報告書にしておくには勿体ないくらい、一枚一枚の完成度が高い。あれでもう少し殺しに積極的だったら文句は無いのだが、本当に色々な面で勿体ないやつだ。

 かといってヴァルフォート――通称ヴァルのように、几帳面で細かすぎる報告書でもない。ヴァルの性格は重々承知しているが、あいつの場合細かく書きすぎて逆に分かりにくいものになっている。確かに部下の統制はほとんど任せているから情報が出来るだけ多く欲しいとはいえ、恋愛沙汰の話まで書かれても仕事には全く関係ないといつも言っているのに。

 ましてやキーサディア――通称キサのように、最後に俺への労いの言葉と耳が痛くなるような小言を長々と書き連ねているわけでもない。「最近風邪気味のようですが頑張って下さいね」とかいう殊勝な言葉の下に、「酒は控えろ」だの「寝る前にアルコールやつまみは止せ」だの延々と小言が書いてある。むしろそれがメインではないかと疑いたくなる程に。毎回問いただしたい、お前は俺の母親か。

 どちらかといえば、シェルローゼ――通称シェルロのような、メモ書きや走り書きに近い報告書に似ている。どうでも良いが、シェルロの報告書によく使われている記号やハートマークの意味合いがいまだに分からない。とりあえず、殺した相手の名前の下にたまにハートマークが付くのはどういう意味なのか一度きちんと説明しろ。

 リキの報告書には、始末したヤツの名前と通り名、殺した期日と場所と方法しか書いていない。その時得られた情報など有益な情報も書いてなければ、蛇足もない。小言も変なマークも付いていない。ある意味、リィヤの次に読みやすい報告書と言えるだろう。

 だが内容の薄さに比べ、量だけはかなりある。


「退屈してやがんな」


 リキがキサを監禁しているのは知っているが、それだけでは物足りないのだろうか。

 リキのキサに対する執着は、並外れている。狂愛、と言ってもおかしくない程に。

 何にしても、八つ当たりで殺されている奴らにはいい迷惑だろう。まぁ、仕方ない事だが。

 この世界は全て弱肉強食だ。いくら綺麗事を並べても、それは世界の真理として存在する。

 そんな世界であっさりと殺されるような不要物に、同情する価値も無い。

 だが、このまま放っておくわけにもいかない理由があった。

 リキは基本的にキサ以外の人間を必要としない。つまり、このままいくと内部抗争に発展する可能性もある。

 不要物が何人死のうと関係ないが、内部抗争になるとヴァルやキサが煩い。

 あっさりと殺されるような人間が何人騒ごうと構わないが、唯一自分と対等に位置する友人のヴァルが怒り、自分に懐いているあの子猫のようなキサが泣くような事はしがたかった。


「…………馬鹿者共が」


 手のかかる部下を持つと、上は大変だ。

 俺は深いため息をつき、何気なく部屋の壁に吊されっぱなしのカレンダーを見た。

 今日の日付のところには、赤い小さな文字で何か書かれている。Hから始まるその行事名に、そういえばそんな行事もあったなと思った。


「…………そうだな」


 ふと妙案を思いついて、俺はナンバーズ全員に配っている通信機を開いた。そして短縮ダイヤルから、あの女の番号にかける。

 数回コール音が鳴り、そして――――





「ボス? 何かご用でしょうか?」

「何なわけ? キサは暫く休みだって言ったじゃん」

「リキ、キサに何してたの?」

「放っておきなさいよ、リィヤ。キチガイの考えてる事なんて、ワケ分かんないに決まってるじゃない」

「…………で、ローディオ。本当に何のようなんだ?」


 声をあげた順番に、キサ、リキ、リィヤ、シェルロ、ヴァル。俺を頂点とする機関の主要メンバー達、通称ナンバーズと呼ばれている者達だ。

 とりあえず一番俺に忠実なキサに連絡し、メンバーを全員集めさせたが、随分と早く集めたものだ。

 特に当のキサはリキから解放されるにはかなりの時間がかかるだろうと思っていたが、俺からの命令ともあって、リキもキサを部屋に縛る事を強要し続ける事は出来なかったのだろう。ただし、キサの右手とリキの左手には、細く長い鎖が巻き付いている。

 縛り付けとかなきゃ安心できないなんて、ガキだな。まぁ実際、まだ十代前半くらいのガキなんだが。

 俺は苦笑ではなく嘲笑をもらして、改めてメンバーの顔を一人ずつじっくりと見た。

 やっぱり、思った通り――――


「お前ら、退屈しているんだろう?」


 リキの報告書を軽く上げながらそう言えば、途端にリキの顔が輝いた。それとは正反対にリィヤとシェルロの顔は曇り、キサとヴァルの顔は少し真面目なものになる。

 俺が何が言いてぇか、分かってるみたいだな。


「何、ちょっとした退屈しのぎだ」


 少し肩を下ろして、おどけるようにぼやかす。

 そう、これは退屈しのぎ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 愉悦に思わずにやける唇を隠そうともせず、俺は椅子に深く腰掛けなおした。


「キサ、今日が何の日か知っているか?」

「十月の最後の日ですよね」

「合ってはいるがな……」

「ハロウィンでしょ?」


 毎日見てるのも飽きる程お菓子を食べているキサは知っているかと思っていたが、どうやら思い違いだったらしい。その代わり、隣でにまにま笑ってるリキが答える。

 まぁ、こいつも甘い物が結構好きだしな。知っていてもおかしくないか。


「今日は休みだ。たまには息抜きさせてやる」


 今の俺は、おそらくかなり歪んだ笑みを浮かべているだろう。


「全員で上に行く」


 全員の顔が驚きに、そしてややあって意地の悪い笑みに代わった。

 リィヤとヴァルのそういう顔はなかなか見れないから、面白い。思わず吹き出してしまう。

 ――――なぁ、お菓子を貰いに行かないか?

 俺達を飼っていると錯覚している馬鹿共に、自分達が至高の存在だと思い込んでる不要物に。

 鮮血という名の、甘い甘いお菓子を。


「Trick or Treat――――だ」





 さぁ、狂乱の宴を始めよう。










Trick or treat!










狂った世界に
六人の悪魔

トリック・オア・トリート

さぁ、生か死か選んで頂戴!

[* bACk][NexT #]

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