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皇女は国に帰らない(紅い月・改)
―U―〜術士〜


「――それで、夢で僕を《視》たジルさんは、このラントゥに来たんだね?」
 少年の確認に、ジルは黙って頷いた。

 道で出会った術士の少年に導かれ、今、六人は“巫女の社”と呼ばれる神殿の、少年の使う部屋に来ていた。
 聞くところによると、彼はこの蘭東国特有の神に仕える《巫女姫》の、護衛を勤める幼なじみの術士らしい。
 ジルは少年への説明を求めるにあたり、まずは自分達がここに来るまでの経緯を話した。
 下手に自らの立場を偽装すると、後々露見した時に厄介なことになるので、夢のことや姉のこと、仲間達との間柄は、包み隠さず全て話した。……レイのことはとりあえず放置した。
「ふぅん。」
 少年は、ジルの言葉に一つ一つ頷いた。
「……で、あのバケモノは何なんだ?」
 話に一区切りついたのを見計らって、ルイは少年に質問した。
「僕等術士は、アレを《妖(アヤカシ)》と呼んでいる。人を襲い、喰らう《妖》達は、《巫女》に対する誰かの《呪詛》が、《巫女》の力に跳ね返って、人々に及んでいる、ということにしてある。」
「じゅそ……?」
 チャリィが聞き慣れない言葉にきょとんとして呟いた。少年は苦笑した。
「呪いだよ。僕みたいな術士とかが、特殊な術で人を呪うことなんだ。
 ――同じ術士として、この統一されたご時世にそんなことする人がいたら、許せないけどね。」
「……“ということにしてある”というのは?」
「そのまんまの意味だよ。“表向きは”そうなってる。混乱を生まないために、人々にウソをついてるんだ。」
 少年は自嘲気味な笑みを漏らした。それに含まれる意味は、人々に対する罪悪感と。
「……なんか強そうだし、皆が信用できそうだから言うけどさ……。」
「根拠は?俺たちが強そうだとか思う……。」
「勘。僕の勘は当たるんだよ。」
 少年は笑った。今度の笑みは、イタズラを思いついたような年相応のものだった。
「アレは、ホントは《呪詛》なんかじゃないんだ。――まぁ、似たようなものかも知れないけど。」
「じゃあ……」
 ルイが身を乗り出す。
 少年は、声を小さくして話した。
「この国に昔いた人々は、ある日大陸から別の神様を迎え入れた。そこまでは良かったんだ。この国の神々は寛大だったから。
 ――でも、人々はこの国に元々いた神様たちを放棄した。それが、神々の怒りをかったんだ。
 この国の人々を悪い物から守護していたのに、その人々に捨てられて怒った神様達は、都の人々を怨んでどんどん悪意に染まり、大半が悪神になってしまった。
 ――で、そんな可哀想な神様達を、代々“うちの家”が祀って、厄災が起こる度に鎮めてきたんだ。あの《妖》は、神々が起こす大厄災の前兆なんだ。」
 少年は一息に話しきり、息を吐き出した。
「僕に隠さずに身の上話をしてくれたから、僕も隠さずに話したけど、この話、実は鈴華――《巫女》も知らない部分が入ってるから、誰にも言わないでよ?」
 少年は目付きを鋭くして、ジルを真っ直ぐ見つめた。―――ジルには、大きな重圧を小さな肩に独りで背負い込む少年が、姉と重なって見えた。
「解りました、約束しましょう。―――あの、《妖》は出てこないようにはならないんですか?」
「うん。方法は探してるけど、解らない。悪神を善神に戻すことが出来れば、って思ってるけど、たぶん無理。―――ねぇ、お願いがあるんだけど……。」
「はい?」
 少年はジルを見つめた。下を向くことなく、自分より目線の高いジルを真っ直ぐに見上げて。それは、とても大人びた表情だった。
「今、《妖》の討伐に人手が足りてなくて、手伝って欲しいんだ。《妖》の出現をを封じる方法も探したいし、最強巫女の警護も最近手薄だし。
 ――まぁ、鈴華に警護が必要だなんて、僕は全っ然思ってないけどね。」
 最後の呟きで、警護のいらない(逆に警護兵の身が危ない)“皇女”を思い出したのは、ルイだけだったろうか――?
「いいですよ。」
「もちろん食事と宿は提供す―――え、いいの!?」
 少年は目を丸くした。ジルは優しく微笑む。
「はい。私もそれをお願いしようと思ってたんですよ。」
「ありがとう!早速部屋を用意させてくるから、ちょっとここで待ってて!」
 少年は勢いよく立ち上がり、扉を開けた。
「あ、ねぇあなた、名前は?」
 アンが思い出したように(本当に今思い出したようだが)少年に名前を聞いた。
 少年は扉を閉めようとしたして立ち止まり、振り返った。
「……あきら。彰だよ。名字は、鈴華にも秘密なんだ。誰も知らないよ。」
 少年……彰は、ニヤリと笑って扉を閉めた。


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